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俺の心は裏番組

 画面に戻ると、ヴォクスの圧倒的なパワーの前にテヒブが吹っばされるところだった。

 ……最悪だ。

 これで、リューナを守る者はシャント…山藤しかいなくなった。戦う方法は、テヒブが床に落とした手斧しかない。だが、それを拾おうにも、すでに膝がガクガク笑っていた。

 さらに、突然の絶叫が最大の危機を告げた。リューナが、黒い影に組み敷かれていたのだ。

 ……さっきの違和感の正体は、これか。

 吸血鬼に襲われた恐怖で喋れなくなっていたはずなのだ。

 それが言葉を取り戻せるまでに少しずつ和らいでいったのはたぶん、シャント……山藤との関わりがあったからだろう。

 昼間、村の男たちの襲撃に「私……上」という言葉を口にしたのは偶然ではない。シャントに告げなければならないという思いがそうさせたのだ。

《やめろ!》

 ガタガタ震えながらも、シャント…山藤がなんとか制止したのはまあ、よくやったほうだ。

《シャント、シャント、助けて!》

 最後の一言が聞こえなくても、そこは男なら黙っていられるものではない。

 もちろん、こいつも手斧を拾おうと屈みはしたが、震える膝はそのまま床に落ちる。それでも手斧を掴んだまま、肘で匍匐前進を始めるとは思わなかった。

 ヴォクスも同じことだったろう。もがくリューナを押さえ込んだまま、にじり寄るシャントの手斧には見向きもしない。

 それでいて、獲物の喉元をいつでも襲うことができるのに、敢えてそうはしないのだ。それは、抵抗する力が失われていくのをじっと待っているようにも見える。

 ……いや、待てよ。

 吸血鬼の影のすぐ傍らで、シャントはよろよろと立ち上がる。手斧が振り上げられたとき、俺は罠だと直感した。

「やめろ!」

 思わず叫んで、いやな視線が四方八方から突き刺さるのを感じた。

 スマホから顔を上げると、バスターミナルの中の人はまばらだった。だが、帰りの時間を待つ人たちは誰もが、奇異の目で俺を見ている。

「……いや、何でも」

 俺は身体をすくめて、スマホの中に見入った。傍目から見れば、俺の方がネトゲ廃人みたいだろう。

 もう一方のネトゲ廃人はというと、渾身の力を振り絞ったかのような勢いで、慣れない武器を吸血鬼に叩きつけていた。

 ……やっちまった。

 ケダモノじゃあるまいし、男爵と呼ばれて城に住むような吸血鬼が、シャント・コウこと山藤ごときの不意打ちに気付かないわけがない。

 次の瞬間、シャント…山藤の身体は壁から滑り落ちた。

 背の高い吸血鬼が、やおら立ち上がって一喝した。

《ナメるな、小僧!》

《お前……吸血鬼か?》

 会話になっていないのは仕方ないとは思ったが、どうやら異世界には異世界の事情があるらしい。ヴォクスには通じているようだった。

 その求めに応じて名乗ったシャント…山藤は、ヴォクスに名前を聞き返した。

 答えずに、圧倒的な力で不意打ちを食らわすこともできる。だが、この吸血鬼はご丁寧に返事をした。

 と、見せかけて!

《死んでゆくものが知ってどうする》

 不意打ちをかけたシャントが返り討ちに遭った。圧倒的なパワーを持つヴォクス男爵にとって、リューナをさらうついでのカウンターなど何でもないだろう。

 だが、その背後で動いていた者がいた。

 いつの間にか立ち上がっていたテヒブはテーブルを蹴って跳び、手にした長柄の武器で吸血鬼の腹を貫いていた。

 断末魔の絶叫の中、テヒブはシャントに答えてつぶやいた。

《ヴォクス男爵……アールイ・マクキアン・クルエマ・ヴォクス!》

 フルネームを呼ばれたヴォクスは、怪訝そうに尋ねた。

《お前は……》

《宮廷衛士、テヒブ・ユムゲマイオロ》

 沙羅の従僕は、名乗りを上げると武器を引き抜いた。リューナの身体は、床に滑り落ちる。吸血鬼の姿は霧になって消えた。

《リューナ!》

 シャント…山藤がその名を叫んで駆け寄った先は、テヒブとは正反対の方向だった。

 リューナを抱き上げたものの、さすがにオッサンひとり戦わせておいてはいけないというモラルは働いたらしい。部屋の隅に立てかけられた長短2つの棒のうち、短い方を取って外に出た。 

 後ろ姿を追う画面を望遠拡大してみたが、夏の宵の残光に影となって浮かぶ家々の窓は、残らず閉まっている。モブを引っ張り出すのはまず無理だった。

 視点を変えると、シャント…山藤が呆然と立ち尽くしているところだった。何もできないのではない。

 ……何もする必要がないな。

 テヒブは、ヴォクス男爵相手に一歩も退かない。むしろ、人間を遥かに凌駕する力を持つはずの吸血鬼を圧倒している。その武器が見えないのはCGが追いつかないからなのか、それとも本当にステルスだからか。

《テヒブさん!》  

 シャント…山藤が叫んだものの、ハッキリ言って、うかつに手を出せば邪魔にしかならない。シャントだけでなく、テヒブも死ぬかもしれなかった。実際、その手足はヴォクスの攻撃が効いているのか、動きを止める時があった。

 一進一退の闘いの中、テヒブがヴォクスの懐に飛び込んだ。その身体を刃と長い柄が貫通すると、テヒブは荒い息の中で囁いた。

《引き抜かねば逃げられまい》

 ヴォクスも苦し気な声で答えた。

《お前も逃げられんということだ》

 その隙にシャント…山藤は、棒を構えて串刺しになった吸血鬼の背後に回り込むや、雄叫びを上げて突進した。

《うおおおおお!》

 無駄だった。パワーの差がありすぎる。ヴォクスはテヒブごと武器を引き剥がした。それをまとめて投げつけられたシャントは、受け止めることもかなわず、もつれ合って転がった。

 霧に包まれて消えるヴォクスが言い残す。

《異界の小僧よ、また相手になってやろう》

 テヒブは投げ飛ばされた拍子にシャントの手から落ちた棒を拾うや、闇の中へと後を追う。

《テヒブさん……》

 シャント…山藤は呼び止めるが、聞こえたのか聞こえていなかったのかは分からない。ただ、その姿があっという間に消えたかと思うと、誰のものとも分からない吹き出しが告げた。

《お前が使え》 

 シャントの足元には、テヒブの武器がほの白くぼんやりと輝いている。拾おうとする手が何度となく止まった。

 ……触ろうとして吹き飛ばされたのを思い出したんだろう。

 やがて腹をくくったのか、シャント…山藤は長柄の武器へと手を伸ばす。それが予想に反して何の障害もなく手に入ったのを見たときには、俺も呆れた。

 ……何で?

 そう思ったとき、シャント・コウは何に気が付いたのか、ふと振り向いた。

 同じ方向へと視点を変えると、その先には涙をこらえて待っているリューナがいた。

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