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先生は何でも知っている?

 シャント…山藤もうまくやっているようで、心配することもなかったが、面白くもなかった。スマホを見る理由もなくなって、俺はその電源を切った。

 まだ沙羅が男子生徒どもと楽しくやっているだろうと思うと、教室に戻る気にもなれない。どこで時間をつぶそうかと考えながら、図書館の隅を離れようとしたときだった。

「言語学の勉強は進んでいますか、八十島君?」

 ぼんやりしたダウンライトの光を頭から浴びた、鼻から上が影で真っ暗な顔が俺を見下ろしていた。

 眼鏡をかけた、白髪交じりの細長い顔は、うちのクラスの担任だった。

 ……セーフ。

 スマホを学校の構内で使っているのを発見されたら、没収だ。これがまた一晩、手元にないとシャント…山藤が苦境に立ったりやる気をなくしたりした時に、フォローできなくなる。

 ミッションに失敗して「死なれ」たり、沙羅のお膳立てしたご都合主義でいい気になって、異世界に居座るような勘違いをされてはかなわない。

「ええ……」

 たぶん、言葉の問題はクリアできたと思う。方法というよりは、本人のやる気の問題だった。

「そうですか」

 それだけ言い残して、担任は書棚の角を回って姿を消した……と思ったら、本を1冊、わざわざ持ってきて差し出した。

「棒縛り、って知ってますか?」

 そんなの知らなかったし、別に読みたくもなかったが、ここで受け取らないと解放してもらえそうになかった。

「いいえ……読んでみます」

 担任が再び立ち去った後、俺はその辺の書棚をぐるりと回って、どこにもいないのを確認した。

 本なんかさっさと返して図書館を出ようと思ったが、あとで確かめられても面倒臭い。一応「棒縛り」だけは確かめておこうと思った。

 目次を開くと、その言葉はすぐ見つかった。古文で書かれた狂言だったが、何でこんなものを読んでみろと言われたのか分からない。

 本文をざっとナナメ読みしてみたが、それほど難しくはなかった。

 要は、大酒呑みの召使2人が困り果てた主人に縛り上げられるが、悪知恵を巡らしてまた酒を飲むというだけの話だ。

 どういう脈絡でそんな話を持ち出したのか見当もつかなかったが、舞台写真のあるページを見て驚いた。 

 その中の狂言役者が1人、棒を両肩に担いでT字の姿になっている。

 ……どこで見てたんだ?

 偶然の一致でない限り、スマホを使っていたのを見逃してくれたことになる。次はないなと覚悟すると、時間を見るために電源を再び入れようという気は起らなかった。

 本棚の間を通り抜けると、壁に掛かった大きな時計が見える。昼休みが終わるまで、10分くらいしかなかった。

 俺は沙羅目当ての男子生徒が自分たちの教室へ戻ってしまっていることに期待しながら、図書館を後にした。

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