ちょっとだけ解けた姫君の謎
教室に戻ってみると、他クラスの男子生徒たちはおろか、沙羅もいなかった。
……何やってんだよ。
腹のなかでぼやきながら席に着くと、男どもの代わりに、あまり見たことのない女子たちが俺の席の辺りに集まってきた。
……え、なに、何?
同じクラスの女子との間でさえ、そんなに交流はない。ましてや、他のクラスなんぞは論外だ。そんな俺が、いきなりモテるわけもない。
取り囲む顔をひとつひとつ眺めていると、その中のひとりが面倒臭そうに尋ねてきた。
「ねえ、あの女、アンタの何?」
その視線の先には、沙羅の席がある。
沙羅が俺の何だと聞かれても困る。山藤耕哉の運命を巡って戦うプレイヤー同士、と説明しても理解はされないだろう。
だから、こう答えるしかなかった。
「何でもない」
間髪入れずに答えが返ってきた。
「ムカつくんだけど」
それが俺のことを言っているのか、沙羅のことを言っているのかはわからない。
「いや、そんなこと言われたって」
どっちのことを言われているにしても、答えることは同じだった。
だが、こういうときの女子は、何を言っても聞いてはいないものらしい。圧力は別方向からもかかってくる。
「ちょっと気を付けろって言ってくれない?」
ムカつきは、どうやら沙羅に向けられているようだった。
それだけでも忠告には充分な理由だったが、あの沙羅がそれで納得するとは思えなかった。だいたい、機嫌を損ねている今、話をおとなしく聞いてもらうにはそれ相応の理由が必要だった。
だから俺は、聞き出す手間がムダだと思いながらも、一応は聞いてみた。
「何で」
「何ででも」
即答で、かつ異口同音。
取り囲む女子が頭から浴びせてくる問答無用の絶対要求に、俺はあっさりと屈した。
「……はい」
集団で圧力をかけてきた嫉妬深い女子たちが教室を出ていくのと入れ替わりに、沙羅が戻ってきた。
そこで5時間目が始まったが、沙羅の様子はいつもと違った。転校初日から絶やすのことのなかった、授業中の余裕の笑顔がない。いつになく真剣に、というよりムキになってノートを取っている感じがあった。
授業が終わって、俺は真っ先にこう考えた。
……まあ、ああいう圧力もめんどくさいし、な?
あんな女子連中のやっかみにつきあうのはまっぴらごめんだった。だが、そう自分に言い聞かせないと、沙羅との緊張関係は修復できない。
そうはいっても一応、俺たちは敵同士なのだった。山藤ごとき運命をめぐって争うのは甚だ不本意ではあるが。
……何で修復しなくちゃいけないんだ?
そう気付いた時には、もう沙羅の席へと文字通り「歩み寄って」いた。
もちろん、完全に無視されている。
昼休みに掛かった政治的圧力を心の山車にして、俺は努めてさりげなく話しかけた。
「あのさ」
「何」
さすがはお姫様というべきか、この冷たいリアクションには心に突き刺さるものがあった。それでも俺は、くじけそうな気持を奮い立たせて言葉を継いだ。
「ちょっとさ」
「一緒に帰ってくれたら考えてもいい」
窓の外を眺めながらではあるが、沙羅は即答した。
お許しが出た、と取っていいのだろうか。
いずれにせよ、その偉そうな物言いを非難する意思も権利も、俺にはなかった。
「……はい」
放課後になると、あの男子生徒たちは大挙して沙羅のもとに押し寄せてきた。
……アホらし。
俺はさっさと教室を出た。沙羅との約束を忘れたわけではない。男子生徒たちとはしゃいでいるのにまで、つきあう義理はなかった。それを横目に、姫君のご出立を待つようなお人好しでもなかった。
……待っていてはやろう。
そう思いながら薄曇りの空を見上げた。粉雪が、ちらほらと降ってくる。積もりはしないだろうが、こんな様子を見ると本当に春なんか来るのかという気がする。
この辺は冬場の夕暮れ時になると、春までずっとこんな感じだ。
春になれば、高校3年生だ。何だか実感が湧かない。
もともとクリスマスさえどうでもいいと思っているクチなのだから、ましてや進路選択なんぞ……。いや、平凡で平穏な人生のためには、進路のほうは真面目に考えなければならないか。
そんな取り留めもないことを考えは、突然のはしゃぎ声で破られた。
「あ、八十島君、待った?」
声のする方を見ると、沙羅が手を振っていた。大名行列よろしく、大勢の男子生徒をお供に引き連れている。それを約1m手前で牽制するかのように、沙羅はこれ見よがしに俺の腕に絡みついてきた。
昼休みの女子に続く、よりみっともなくてしつこいと言われる男の嫉妬が肌にびりびり来る。
俺が腕を組むのを避けると、沙羅はちょっと膨れた。
「何で」
「そういう誤解は」
男子に聞こえるように行ってみたが、沙羅は小声で遮った。
「してもらわないと」
どうやら、この男子連中を遠ざけたいらしい。だったら、最初からあんな逆ハーレム的状況を作らなければいいのだ。正直、沙羅が不特定多数の男子と親しくなるのはそういう意味でも面白くなかった。
それでも、俺自身が恋人のふりをするというのはちょっと違う。
「そこまではちょっと」
断っても無駄だと、分かってはいたのだけれど。
呻きや溜息、声にならない悲観の叫びに至るまで、男子連中の意気消沈ぶりは背中で感じられた。
俺としてはザマアミロと胸の溜飲が下りたのだが、沙羅は沙羅で、そんな芝居を打ってまでも話したいことがあったらしい。冷たい風が吹き上げてくる川べりで、沙羅は俺を神社の境内に引き込むと、雪をかぶった杉の大木にもたれた。
「私、あの人知ってる」
溜め込んだ思いを一気に吐き出すかのような口調だった。
俺はどう応じていいのか分からずに口ごもったが、沙羅はそんなことはおかまいなしに、並べたい言葉だけを並べ立てた。
「あの長い武器」
「みんな背が高いのに、あの人だけ小さくって」
「ほかの人怖いから、ずっと一緒に歩いてもらってた」
放っておくと、どこまでも続きそうだった。言いたいだけ言わせておけば、そのうち話すことがなくなったかもしれない。だが、話せば話すほど、沙羅の口から出る言葉は勢いを増していった。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
口を挟むタイミングに迷ったが、ようやくそれだけ口にすることができた。ほとばしる言葉は呪文めいてきて、俺も実のところ、かなり引いていたのだった。
沙羅も、自分が尋常でないのにハッとしたようだった。
「……ごめん」
「あの人って?」
恥ずかしそうにうつむいたところで、俺はすかさず聞いた。だいたい分かっていたことだったが、そうしないと沙羅の冷静を保てない気がしたのだ。
一瞬、涙で濁りはしたが、はっきりした声が答えた。
「テヒブ」




