第1話
「あなたのことが、好きです!」
一体何千回目の告白になるだろうか。好きでもない男の前に立ち、上目遣いで「好きです」と言うこと2879回目。もうここまで来ると照れ臭さも緊張もしない。どうせ毎回のように「ごめん」って言われること請け負いだし、だいたいいつものパターンでしょって感じで返事を待たないまま家に帰る。「さよなら」って先に言った私に驚く告白相手の顔を見るのも慣れてきた。2879回も「ごめん」って言うのは大変でしょ?だから逆に気を使ってわざわざ返事をしなくても良いようにしてあげてるんだ。
手を振りながら教室を出る私に、奇妙な視線を向けている男の子。2年B組の進藤颯太君(17)。
そして、その颯太君に2879回もフラれている女、藤村亜美(17)。
なんでこんな思いをしなきゃいけないのかって?
それは、次のページで説明することにしよう。
じつは、私はあるデータ採取のために過去に戻って来てる。「過去に戻って来てる」って、説明不足もいいところだけど。私が「誰」かは、この世界では誰も知らない。″知りようがない″って言った方が正しいかも。なぜなら私は、未来から来た『人工人格』だから。
巷で有名な「人工AI」とかではない。近い部類っちゃ近い部類だが、私はある仮想データを元に復元された「実際に実存する人格」だ。
「実存」っていうのは、広辞苑で調べて?
ようするには、現実に存在した人格をベースに、小難しい計算を用いてコンピュータ上で復元された「クローン人間」みたいなもの。余計ややこしくなったって?まあまあ、話を進めていけばだんだんわかるようになるよ。
ひとまず、「私」が「誰」かを知っておいて欲しい。
人工人格『AMI』。
本名、藤村亜美。2000飛んで879歳。四捨五入で3000歳。どうぞ、よろしく。
ああ、そうそう。「次のページで説明する」とか言っておきながら、全然説明出来てなかった。私が颯太君にアタックを繰り返している「理由」。それは、私の「存在目的」にある。それはさっきも言ったけど、「告白失敗」の件だ。
私を開発した未来の科学者は、端的に言えば“タイムマシン”を開発していた。「タイムマシン」と言っても、過去とか未来に自由に行けるような便利な代物じゃない。
じつは未来では、人間は滅亡してる。
うーん…
滅亡って言うとちょっと変だな。まあ、でも、あながち間違ってない。人間と機械の戦争があって、人間は機械に負けた。だから未来では、機械が世界を支配している。
よく、『情報科学』の研究の1つとして、「人間には自由意志が存在するのか」という議題が、研究者の間で持ち上げられていた。自由意志はあり得るのか、という問題を、物理学研究者の視点で言い換えれば、
″この世界が自然法則に従って運動しているならば、その中で活動する人間の意思の自由はどうあり得るのか″
ということだろう。
人間は自分が自分の行動の決定者であり、その結果は自分の責任であり、物理法則などによりあらかじめ定められているようなものではないと経験的に感じている。
その場合、路傍の石や、川の流れ、秋の台風はどうだろう?
転がったり、渦を巻いたり、吹き飛ばしたりするのは石や水や風の自由意志だろうか?
多分、自然の法則がそうさせていると誰もが考える。
そういった自然法則と自由意志との直接的な区別を調べ得る方法として、
「人間がもし自由に意思を決定しているなら、サイコロの目のような、″確率的な結果の振る舞い″、をすることは永久に無いだろう」
とするのが、研究者たちの間で総意となっていた。
だからこそ、私は「人工人格」として藤村亜美の過去に行き来し、進藤颯太君の告白の答えが変わらないことを、“数値”としてデータを取り続ける、という役割を担っていたのだ。
半、永久的に。
ってかそもそも、なんで颯太君のこと好きになったんだろ?私だって最初は好きだったよ?藤村亜美がベースなんだから。でも196回目辺りから「なんで告白してるんだろ?」って思い始めた。別に男なんて他にいくらでもいるし、学校内の身近な男子に限ってるから、眩しく見えてただけな気もする。よく見たらイケメンでもなんでもない。勉強だって大してできるわけじゃないし、背も高くない。考えれば考えるほどゲシュタルト崩壊する。この字ってどう書くんだって思う時と、全く一緒。
ブツブツ文句を吐きながら家に帰ると、双子の姉の遥が、
「おかえり!」
って。
コットンエプロンを身に纏いながらキッチンで包丁を握っている。トントントントンと手際良く小松菜を切り、ニンジンにじゃがいもブロッコリーと、鍋に詰め込んでコトコト煮込んでた。″北海道生乳100%使用″と書かれたパッケージの通り、いい感じにシチューが出来てる。さすが藤村家の専属料理人。今日もいい仕事してますね。
と、鍋のシチューをかき混ぜながら味見しようと思ったら、
…肉が、……無い!!?
「…このシチュー、肉無いけど」
入れ忘れてるにしても、野菜はもう茹で上がりつつある。だから今更入れても間に合わない気が…
…いやほんとに、肉どこ??
肉が入ってないシチューとか、イチゴが入ってないイチゴ大福じゃないか!
しかも私が嫌いなカリフラワーをさりげなく入れるな!
問い詰めると事情を説明してきた。
「シチュー作るつもりなかったんだけど、野菜たくさんもらったから」
藤村家は、遥と私、それから父親との3人暮らしだった。母親は、もういない。私たち姉妹が小さい時に交通事故で亡くなっていた。遥は、母さんが亡くなってからだらしない私や父さんの面倒を見てくれてた。双子だから、どっちが姉とか妹とか正味関係ないと思うんだけど、周囲は遥が「お姉ちゃん」だって思ってる。容姿も性格も、それっぽいしね。私も遥が「お姉ちゃん」だってことに、異論はない。それから、″生涯のライバルだ″ってことも。
じつは、遥は颯太君の初恋の相手だった。幼馴染で近所に住み、同じクラスに同じ塾。おまけに同じ誕生日と来てる。どこに行っても2人は一緒。そして遥も、颯太のことが…
…ああ、思わず呼び捨てにしてしまった。
もう呼び捨てにするのは止めようと思っていたのに。どうせ私のことなんて見向きもしないんだから、いっそさん付けにでもして他人行儀に接してやろうと思ってたんだ。1022回目以降の告白から。
そう思い立ってしばらくは「さん付け」にしてたが、今は君付けに固定されつつある。どっちにしろ他人行儀だが、その方が何も考えずに済むから丁度いいんだ。私はそんなことより、いい加減自分に課せられた「ループ」を断ち切りたいってことで、頭がいっぱいだった。颯太のことなんて正直どうでもいい。なんなら殺しちゃってもいいかな?くらいの勢い。どうせ遥には敵わないし、2人の恋の邪魔をするつもりもないのに、2014年に逆戻りして目の前に立ち、「好きです!」と声を震わせなきゃいけないのが腹が立つ。
ま、今は「好きでーす」とガラガラの声を棒読みで読み上げた後、しわくちゃのショルダーバックを肩に背負ってガニ股で颯太の横をスタスタ通り過ぎるのがデフォルトだけど。元々の世界じゃ「私」は植物人間になって世界からいなくなるわけだし?なぜ意味もない「告白」を繰り返してるのかが謎でしかない。研究のためとか、ほんとにどうでもいい。だるい。その一言。
だけど私は逆らえない。何せ私は、『システム』だから。
人間に強制的に繋がれたコンセントプラグ。電気回路。コンセントに流れる電力が、勝手に増えたり減ったり出来ないでしょ?プラスの電荷は誰が何と言おうとプラスだし、マイナスはマイナスだ。それ以上でもそれ以下でも無い。
ミッションをこなすのが嫌なら、今すぐに辞めたらいいって誰もが思う。だけど私には、その権限が無い。システム以外のプロセスは許されてない。1分1秒という時間をリアルタイムに感じられるほど、藤村亜美という人生を反芻してるのに、2014年という「世界」の外側に立つことができない。鏡の前に立ち、鏡の向こう側にいる「自分」が、“自分よりも早く動くことができない”ように。
「ね、シチュー余ったから颯太のとこに持って行くけど、手伝って」
…
……ファ!?
いやいや、持って行かなくていいよ。私が全部食べる。
「さっき持っていくってライン送ったの」
えええ。なに勝手に話進めてんだ…。
持って行くなら1人で持っていけば?私は行かない。そう言ってるのに、ソファに座ってる私を無理やり立ち上がらせて、両手に鍋を持たされた。颯太の家はすぐ近くにある。スポーツ用品店『STEP』。私たちの家と違って母子家庭の環境で育った颯太は、昔からお店の手伝いをしてた。今日は店番だったみたいで、まだ晩飯も食べてないって。
2014年4月19日のこの「夜」は、2878回中266回くらい、こういう展開になっていた。作り過ぎたシチューを颯太の家に持って行く。前回は2597回目の告白後、だった。「記録」によれば。
今までの266回は、鍋を持たされても颯太の家には行かなかった。行ったって恥ずかしいだけだし、目も合わせられそうになかったからだ。だって「好きです!」と言った直後の夜だし、フラれたやつがフったやつのとこになんか行きたくない。事情が事情なわけだから、遥には告ったことを言うつもりもなかった。多分、永久に。
今回も、そう。
強制的に連行しようとする遥の手をほどき、「今からYouTubeで生放送あんの!」と訴えかける。アーカイブで見ればいいじゃんと言う返しを払い除け、両手に持った鍋を返却する。渋々受け取った鍋を持つ遥に向かって、行ってらっしゃい!!と玄関先でブンブン手を振りながら、ご機嫌ナナメなその横顔を見送ってリビングに私は帰還する。という一連の流れ。
にしようと思ったのだが、最近は同じ流ればっかで退屈してきていたし、たまには違うことに挑戦するのもアリかなと思い始めていた部分もあった。私のミッションは、“颯太に告白する”ことだが、それが『ミッションの全て』じゃない。藤村亜美が事故に遭う日まで、颯太の心が変わらないかどうかの「データ」を取る、ということが、どちらかというと重要な仕事だった。
自由意志の研究かなにか知らんが、なんでこんな面倒なことしなきゃならんのだ。
私に与えられた「自由」は、およそ99日。
告白した後はどういう生活を送っても構わない、というプログラム実行キーがあった。が、そんなのは見せかけだけの″自由″だ。本当の目的は、自由に与えられた『時間』や『場』に於いて、″人間の意思や思考がどう働くかの相互作用を調べたい″だけ。研究者が永劫の時を過ごす「私」に向けた、″情″などではない。要するに、颯太が私のことを99日間(×ループの回数)好きにならなければ、「人間の自由意志」の存在確率を高められる、と、科学者は言うのだ。なぜなら生理学的に、男はたくさんの子孫を残すことが義務付けられているから。
脳神経の先端に繋がる遺伝子の″中枢”に、指令が降っているんだ。生きているうちに″たくさんの女性と付き合え″って。そのほうが質の高い遺伝子を得て、遺伝的多様性を得る可能性が広がる。倫理とか節度とかそんなものは「種の生存率の向上」に於いては邪魔にしかならない。もっとも効率の良い方法のうちの1つとして、最良の結果を得るにはどうすれば良いか、「遺伝子」は知っている。それを″自然法則″の1つと捉えるなら、自由意思とは私たちの「性」の在り方だろう。「恋の在り方」って言い方も、遠からず、ってなわけで。
颯太が男なら、いくら純情だからって浮気の1つや2つするはずだ。私の出方次第で、1度くらい「好き」という錯覚を与えることができるんじゃないか?って。それこそ、生理学的な『本能』の先端に於いて。
だけど、颯太は一度も私に振り向かなかった。押し倒して無理やり唇を奪ったこともあったが、全然ダメ。ホントにこいつ男か?っていうくらい何もしてこないから、思わず私の方が、「女」かどうかを確かめてしまったくらいだ。所詮高校生のガキだし、色気付くには早すぎるが、もうちょっとで3000歳の私はただの妖怪ババアだから、あれやこれやと考えた。
とは言っても、「17歳の藤村亜美」の外側には立てない私の精神年齢は、科学的に見れば、普通の人とは違ったプロセスを踏んでいるそうだが。が、いわゆる「男」がどういう存在か、「女」のなにに惹かれるかの生理学的な知見を、ながいながーーい時間をかけて勉強してきた甲斐もあって、颯太の顔面を真っ赤に染めてやったこともしばしば。1番の傑作は、シャワーを浴びてる背後に忍び寄り、全裸のまま「やっほー!」と声をかけた時かな。
…な、ななッ、なにしてんだ!!
という悲鳴声に近い裏声を浴室全体に響かせた後尻もちを付き、私を見ないよう両手で視界を必死にガードしてた。その手を無理やりこじ開けようと腕を掴んだら、
だ、誰かー!!
と助けを呼んで一目散に外に出ていったんだ。
本当はもっと過激なことにもチャレンジしようとプランを練っていたのに、この件を境に拍子抜けしてしまった。
…私って、そんな魅力ないかぁ…
と、一気に自信が無くなってしまった…
遥とは、瓜2つのはずなのに。
私は藤村亜美であって藤村亜美ではないので、自分の体の構造について興味がない。利用できるものはどんどん利用するスタイルなので、颯太を射落とせるなら、なんでもする。「亜美本人」からすれば、間違いなくブチギレ案件になることも平気でやる。
そもそもこれは「ゲーム」だ。
1人の男子の恋模様が「自然法則」に従うか、「人間の意志」によって決定するか、の。
颯太の私に対する感情や思考プロセスは、私の視覚情報やその他の媒体を通じて、未来のコンピュータ上に解析される。20世紀のテトリスのように単純なルールとシステムの下で、『データ』という名のスコアが、グラフ上に映し出されるのだ。それは、心電図の波の波長をベースにした、連続的な波形グラフだ。未来では、60/R-R 時間(秒)の間隔の中に、自然法則と人間の意思との『境界』があると考えられていたため、颯太の反応や言葉使いのアルゴリズムの最中に、「感情」がランダムな振る舞いをし続けるか、そうでないかのチェックが行われていた。今のところ、颯太は常にランダムな感情の揺れ動きを持っていた。にも関わらず、藤村亜美の告白に「YES」と言ったことは、1度もなかった。
感情の動きとその連動性は、乱雑であればあるほど、人間の意志が「システム」のような単純な回路を持っていないことを教えてくれる。10000年、100000年と時を踏んでいけば、いつか、コンピュータのように精密な計算関係式が得られるかもしれないが、そうなると、『自由意思』の存在は正面から否定される。科学者にとって、今の颯太の私に対する態度は、自由意志を肯定化するものだ。
少なくとも、″今″だけは。
しかし不思議だ。
遥とは、染色体のパターンも遺伝子の配列も全く一緒のはずなのに、颯太は私に見向きもしない。遥と私のゲノム情報の誤差はわずか0.1%。この『差』は、育った環境や生活習慣によって遺伝子配列が化学反応を起こす「DNA メチル化」現象の差だ。見た目や仕草が一緒でも、同じ環境で、同じように過ごさなければ、細胞分裂の際に誤差が出てくる。例えば、母親が子供のために買ってきたお菓子が、「たけのこの里」と「きのこの山」の2つだった場合、選んだ方のお菓子によって「どっちが好きか」の性格に差が出てくる、など。
遥は、僅か10秒の差で、私より先に産まれた。
この時点から、2人のゲノム情報の『差』が発生したと言っても過言ではない。
颯太は、この『10秒間』の先の世界に、3000年間にも及ぶ遙への「恋」を続けてきたのだ。
まるで自分の「夢」の先にある世界を、遥の背中に見ているように。
颯太は、100メートル走の選手だった。
好きな選手は、2012年のパリオリンピックで優勝した、世界記録保持者「アーロン・ヒックス」。人類で初めて、9.4秒台の記録を叩き出した超人だった。
颯太の「夢」は、100メートル走でオリンピックに出場すること。そして日本人として、9秒台の記録を出すこと。
10.00秒の壁を超えて、アーロン・ヒックスの持つ最大走速度
『時速27.7マイル』
の先に行くことを、夢見ていた。
「ねえ、一緒に食べてかない?シチュー。どうせ、父さん帰るの遅いし」
遥は、私の颯太に対する気持ちを知らない。遥は遥で、自分が「颯太のことを好き」っていうことも、まだ知らないだろう。私たち3人は、兄弟みたいなものだった。お店の2階にある颯太の部屋は、私たちが自由に使える『勉強部屋』だ。颯太ママが気を利かせてくれて、8畳一間に机が3つ。それぞれに名前が書いてある。ゴシック体の太字と、マジックペン。
そうた
ハル
あみ
学校の教材も、筆記用具も、全部ここに置いてある。最近はあんまり寄ってないが、中3の冬までは、学校の帰りにいつも立ち寄っていた。
お店の入り口から中に入ると、真正面にレジカウンターがある。カウンターの奥に階段がむき出しになっていて、その階段から直接颯太の部屋に行けた。颯太ママに「ただいまー」と言って、カバンを担いだままスタスタと登っていく習慣。あの頃は、まだ颯太のことが好きとか嫌いとか、思ったこともなかったから。
颯太が陸上を始めるよりもずっと前から、私は、学校のグラウンドにいた。
100メートルの直線と、13秒フラットの世界。
藤村亜美は、小学6年の時、当時のジュニア日本記録の13.36秒を更新し、13.03の新記録を打ち出していた。「私」の夢は、誰よりも早く走ることだった。寝室に飾っているポスターには、国立競技場での決勝レース。日本人初の9秒台を出した「瀬戸湊」選手の213.7cmのストライドが、追い風0.9メートルの風の上に飛んでいる。
彼よりも早く走ること。
ピストルの音の向こう側に行くこと。
「位置について」という合図の下に、“時間の先端”に膝をつく。0.00のストップウォッチの横で、カカトをつけるクラウチングスタートの構え。35kgの重力がスターティングブロックの上に揺れながら、刹那の外側に抜け出したいと願っていた。
「家に着いたらさ、ちょっと店の手伝いもしてあげよ?」
「…いや、いい」
「なんでよ!」
今日のことをなんにも知らないから、そんなことが言えるんだ。今日は″Xデー″なの。「Xデー」っていうのは、告白する日のこと。したくもないチャレンジを何回もしてるんだって。失敗するってわかってんのに。
まったく、こっちの身にもなってほしいよ。できるんなら、この「仕事」を終わらせたい。私は人工人格だが、機械じゃない。人間の「一部」だ。世の中にいる人たちと同じように、泣くこともあるし笑うこともある。実体を持たない「精神」ってやつ。寿命こそないけど、時々鬱になりそうになる。科学者はそんな私を強制的に回復させてくれるけど。リグレッションテストとかなんとかで。
「私」を管理してるデータ研究室は、プログラムに保存されている『記憶』を部分的に消去することもできる。「記憶」といっても、それは″出来事″には限られない。鬱になりそうとかめんどくさいとか、精神的に参りそうになった時、その気持ちそのものを取り除いて、『AMI』の感情をコントロールするという方法。だから、私がいつ、なにを感じたか、なにを苦痛とするか、それを取り除いて除去してくれるので、脳へのストレスは毎回0に近い状態に戻される。
そりゃそうだ。寿命が無いとは言え、何千年もの「時間」を経験してたら、いつか精神がぶっ壊れちゃうよ。私が人格を壊さずに保てられてるのは、情報科学的な技術とその機械的なメンテナンスが行われてるから。ま、ようするには肩の凝りを取ってくれるマッサージみたいなもんかな。車にエンジンオイルを追加する、的な。
家の目の前の路地を歩いて、5分もすれば颯太ん家に着く。青い看板をバックにお店のイニシャルが入ったロゴマーク。そのロゴを中心に据えた、内照式看板であるファサードサインを、店舗上部に掲げている。
白い文字で「STEP」の、横文字。
ビルの1階部分に出店する形で、構えている。2階部分までは亮平ん家の物件みたいで、形式としては賃貸らしい。ビルのオーナーとは、古い知り合いらしいんだけど。
自動ドアが開いて、お店の玄関チャイムが鳴る。全面ガラス張りのお店の窓に、今が旬のスポーツ選手のポスター。お店に入った直後から、野球用品店やらバスケット関連商品、種類豊富なランニングシューズの陳列など、数多くのものが並ぶ。お店自体はそこまで広く無いので、限られたスペースをギリギリまで使って、商品を並べてた。中にはダンボールのまま放置してたり、テニスのコーナーにバレーのサポーターがカゴごと置き去りにされてたりと、綺麗に整頓できてない。お店はレジから見ると死角だらけだし、監視カメラも置いてないから万引きしようと思えばいくらでもできる。せめて高価な商品に関しては、人目につくとこに置いといた方がいいんじゃない?
「いらっしゃいませ〜」
感情のこもっていない声。魂が抜けてるのか、ほとんど棒読みだ。
「こら!颯太!」
お店に入るなり遥は急に怒り出す。前から言ってるでしょ!って腰に手を当て、お客さんが来たらちゃんと元気な声で言う!と、指導していた。肝心のシチューはほったらかしで、颯太のほっぺたを両手でつねっている。無理やり口角筋を上げようとしているらしい。来店客に対して、笑顔がほぼ無かったから。
「あ!ちょっと!どこいくの!?」
仲の良い2人を無視してスタスタ奥の間に向かった。レジの後ろにキッチンがあるから、持ってきたシチューをさっさと置こう。颯太は私のことを見ていたが、私の心は至って平静だ。あっちからすりゃ、告白してきた相手が数時間も経たないうちに目の前に現れたのだから、さぞかし気まずい気分だろう。私も最初のうちは、告白の″後″の時間が嫌だった。気まずすぎて何話していいかわかんないし、目も合わせられないしで。でも今は、そんな堅苦しい状況には陥らない。もちろん会いに来たくはなかったが、フラれるってことが日常になりつつあるから、今さら動転するようなことではない。
だから、「シチュー持ってきたから置いとく」とすれ違いぎわに言い放ち、その冷静さを見ながら「…お、おう」と不思議そうに私を見る颯太の横顔を見て、中指を立てられるくらいに成長はした。視界の奥が「……」となってて、おもしろい。颯太に中指を立てるのも、もうすぐ10000回くらいにはなるだろうか?最初は「死ね!」とか心の中で思ってたけど、今はそんなことない。フラれすぎて、逆に相手を尊敬してしまうくらい感心している。いちいち颯太のことで感情を動かしたくはない、ってのが本音でもある。私のメインミッションは「告白」なので、それが済んで気が楽になってるんだよね、ぶっちゃけ。
IHのクッキングヒーターに鍋を乗せ、火を付けてから、コーヒーを頂くことにした。冷凍庫を漁ると、奥の方に埋まってる重厚感のある物体。なんと、チョコモナカジャンボが出てきた。
半分もーらおっと。
ソファに寝転びイヤホンをつけて、足を組む。クッションがいつの間にか新しくなってて、フカフカだったので、すぐに寝転んだ。テレビをつけると夜のニュース。そのうちに遙が入ってきて、「ちょっと、くつろぎすぎよ!?」って腰に手を当てて見下ろしてきた。
すいませんすいません。
でもね、遥、今は″仕事終わり″の一服中なんだよ?少しくらい大目に見てよね。鍋も運んであげたんだし。
それにしても、颯太は颯太で、遥に告白はしないんだろうか?何度も告白するうちに、自分のことじゃなく、2人のことを考えるようになっちゃって、よく様子を伺ってしまう。颯太は私に告白されてから、しばらくヨソヨソしくなる。それはそれで仕方ないとして、そのタイミングを機に、遥に対しても挙動不審になってる颯太が、時々目に映るようになってた。颯太が、私をフる言葉。
「好きな人が、他にいる」
笑っちゃうよね?
私にはそう言ったくせに、自分はその好きな相手に中々アタックしないんだもん。『未来』じゃ、颯太は遥とくっ付かない。その「結果」は、90%の高確率だ。残りの10%は、2人のどっちかが告白したりして、何年かは付き合うみたいだけど、結局別れて、うまくいくことはない。データとしてそれを知ってるだけだから、原因はよくわからないんだけどね。
だけどそれを知ったとき、「はあ?」って思った。何千回も全くブレずに遥のことが好きなくせに、結局上手くいかないんかい、って思っちゃって。
私の努力はどうなる?って思っちゃうわけ。別に努力もクソもないんだけど。未来の科学者の指示に従ってるだけだし。
だけど亜美本人からすれば、それが「実験データ」とは言え、何度も告白して玉砕された挙句、遥じゃない別の人間とくっついてる颯太を、思い切りぶっ飛ばしたいという気持ちが芽生えたんじゃないだろうか?
だってこんなに頑張ってるのに、振り向きもしないんだよ?そのくせ3年後とか4年後に、どこの馬の骨ともわからんやつと添い遂げるんだから、たまったもんじゃないよ。
ま、どうでもいいんだけど。
あったまったシチューが机に運ばれてきて、「ご飯は?」って遥が聞いてきた。
「いらない」
モナカ食べてるし、お腹がもたれる。颯太ママは今日は9時くらいには帰ってくるのかな?副業でインストラクターやってるみたいで、出張業務らしい。ママが出張の時は、いつもバイトの子が入ってるんだけど、今日は休み。お店の営業は8時までで、もう30分もすれば店じまいの時間。遥は私にご飯を運んだあと、外に出て片付けとかレジ閉めとかの手伝いに行った。ご飯食ったら家に帰ろうかな。ここにいてもしょうがないし、塾の課題とかもやらなきゃ。
私にかかれば高校範囲の勉強なんて、とっくの昔に完全網羅してるくらい、知識が蓄積されてるけど。
…ガチャ、
ドタドタドタ
シチューのカリフラワーを丁寧にさけてる横で、颯太がリビングに上がってきた。
物置部屋に倉庫があるから、レジロールかなにかを取りに来たのかもしれない。ソファでくつろいでる私を見ながら、なんとも言えない表情をしてた。今日の告白の件について、色々聞きたいこともあるんだろう。だけど聞きたいことがあるのはこっちも同じだ。聞きたいっていうか、言いたいっていうか。
「あんた、遥かにちゃんと言いなよ?」
なにが!?
と言った表情で、2度見してきた。まさか、私が言葉を発するとは思わなかったんだろう。昔はこんなんじゃなかったしね。最初の何十回かまでの「告白」のあとは、1ヶ月以上まともに口を聞けなかった時もあった。そりゃ気まずいし、颯太に気を遣ってたりもしたから。だけど流石に中身が3000歳近くにもなると、そんな馬鹿げたことをいちいち感じないようになった。感じるだけ体力の無駄だし、こんなへっぴり腰のダメンズに、ヘコヘコする必要なんて皆無。さっさと好きな人に好きって言えと、呆れ口調で話すくらいが丁度いい。
「ちゃんと言うって、なにが?」
「遥のこと好きなんでしょ?」
そ、そんなことはない!と呂律が回ってない口で、「急になにを言い出すんだ」って戸惑ってやがる。
はいはい、そういうのいいから。
その姿も見飽きてきたし、だいたい私に「好きな人がいる」って言ったじゃん。
未来じゃ、あんたの心理状態なんて筒抜けなんだよ。
人間の思考回路っていうのは、コンピュータのプログラムと大して変わらない。YESかNOかの量子ビットの先端に、結局、「A」か「B」の選択を取ることしかできないんだよ。私たちは。
だから観念して、さっさと白黒つけたらどうだ?私は応援もしないし、妨害もしない。ありのままの結果を受け入れるだけだ。あんたがどんな人生を歩もうが、私は2014年の「外側」には出られないのだから。
そんな事情を知らない颯太からすれば、今のこの状況を整理することなんてできないんだろうけど。私が何度過去に戻ってこようが、戻った世界線上の「住人」は、全ての状態がリセットされたパラメータに戻る。
出荷前のスマホみたいなイメージかな?
記憶の引き継ぎはもちろんできないし、「前回」の世界の颯太と、「今回」の世界の颯太が、互いに干渉し合うことはない。昨日の颯太に選択できなかったことは、明日になれば解決するかもしれないが、「昨日の颯太」のままで、《《昨日できなかったことにチャレンジする》》っていうのは、どうしたって無理があるだろう。
赤ちゃんが初めて自分の足で立てた時、時間は前に進んでいる。「初めて立った」という経験を経て、次第に歩けるようになっていく。そういうプレセスの元に物事は進んでいるからこそ、「昨日」のことが、「昨日のまま」で新しい出来事に進展していくというのは、物理の法則にも、哲学の法則にも反している。だから突然遥かに告白しろって言われても、フライパンを持ったこともない人間が綺麗な目玉焼きを作れって言われてるのと同じ無茶ぶりを、感じてしまうに違いなかった。颯太はまだ、「告白」のスタートラインにも立てていない状態なのだから。
だけどそんな事情をいちいち汲み取りながら、誰かと会話なんてしていたくはない。颯太にも颯太なりの必要なプロセスってものがあるだろう。でもようするには遥かのことが好きなんだから、まどろっこしいこと考えないで前に進もうよ?あんたには「未来」があるんだから。
「私が代わりに言ってあげようか?」
「代わりにって…?」
「だから遥に」
「だから違うって!」
あーもうめんどくさい。
立ち上がって颯太を壁まで追い込んだ。
ドンッ
壁ドンもこれで何回目だろう。
ドラマの撮影かってくらい何度もやってきたこのシチュエーション。背筋をピンと伸ばし、明らかにたじろいでいる颯太。
「私と付き合うか、遥に告白するか、どっちかにしろよ」
そう言うと、
「お前らとはただの幼馴染だから…」
って。
「じゃ、遥が別の男と付き合ってもいいってわけ?」
下から顔を覗き込む。
他の男と…?
そんな疑問を持ちながら、私のことを見下ろしてる。
でも俺には関係ないからって顔をして、「シチューが冷めるぞ」って話を逸らしてきた。この臆病もんが。もう高校生なんだから、ビシッとしろよビシッと。いつまでも勇気を出せずにいたら、本当にどっかいっちゃうんだからな…。遥は遥で、颯太の気持ちに気づいてあげれば、話は早いんだろうけど。
私たちはいつも日常の隣にいて、お互いが触れ合える距離にいた。
同じ空間で、同じ釜飯を食って、同じ「時間」の中にいて。
いつでも言葉を交わせる距離にいたから、話せないことはなにもなかった。
困ったときはお互い様だし、どこに行くのも一緒だった。
だからっていうのもあるかもしれない。近くにいすぎて、肝心なことが言えなくなる。一緒にいるのが当たり前だった反面、付き合うとか付き合わないとか、そういうのは逆に「非日常的」になっちゃったのかも。「好き」って言うことと、「付き合う」っていうことの境界は、じつは、私たちの間にはなかったのかもしれない。すでに、家族みたいな関係だったわけだから。
店を閉めて、一緒にご飯を食べたあと、お店のバイト先の子から電話があったみたいだった。颯太がシャワーを浴びてるときに鳴ったから、遥が代わりに出て用件を聞いた。
「えーっと、いますよ。今お店に」
バイトの子の名前は、本庄純子。現役大学生で、ITNの職員だ。私の「監視役」でもあった。
「亜美、純子さんから」
ここに来る前、携帯にかかってきていた電話を無視していたから、多分そのことだ。きっと怒ってる。
彼女は監視役とは言っても、私のデータを未来に持ち帰る役割を担っているので、「監視らしい監視の仕事」はしていない。期限内の私の「仕事」を終えたら、藤村亜美の「脳」を、ITNの施設に帰還させる配達を任されていた。彼女の脳はほとんどサイボーグ化している。感情を削ぎ落とされ、忠実な仕事を全うするように、余計な思考能力を使えないよう調節されているのだ。かといって、一般の社会にも潜り込めるように、「人間的な社会性と能力」はプログラムとして組み込まれている。だから遥や颯太にも、なんの違和感も抱かせずにSTEPのバイトスタッフとして存在することができているのだった。
「もしもし」
「「今日」の報告がまだよ」
報告、ね。
いちいち報告なんてしなくても、あとから脳を調べれば済む話だろう。私は逃げも隠れもしない。「仕事」が嫌で、雲隠れしようと思った時もあったが、脳には電子チップが埋め込まれている。私がどこでなにをしようと、地球上にいる限り逃げられないし、どうせ期限が終わったら強制的にシャットダウンさせられる。
電話連絡なんてなんの意味もないだろう。
そう思っても、彼女はそのことに反論をした。
「いい?これは遊びじゃないのよ?期限内だけは、あなたの思考回路は自由な権限を得ている。告白をしないという選択も可能なの。だけど告白するタイミングを間違えば、統合的なデータの測定値に大きな誤差が生まれてしまう。それは何度も言ってるでしょう」
「わかってますよ」
「いいえ、わかってないわ。職場の人間との連絡は義務なの。あなたがどういう行動を起こすか、それはあなたの意思によって保障されているものではない。あなたがいつ、どこで、なにをしているか、その最終的なプロセスは、あなたという人工人格システムの「未来」に、還元されるのよ?あなたという「存在」が世界の中で保障されるのは、「今日」ではない。人類が何万年という歳月をかけて「今という社会」を獲得したように、あなたの1つの行動と責任が、あなたの明日と未来を形作るの」
なにが「私」の未来、だ。そんなのは綺麗事でしかない。所詮は人間のエゴで、私のデータが役に立つのは、「人間の未来」に於いて、だ。ほんと、クソみたいな連中だよ。自分たちが生き残るためだったら、何でもする。藤村亜美は、その犠牲者の1人だ。電子チップの強制的な電子信号により、事故に遭った2014年7月24日に、植物状態にさせられるのだから。
未来の人間が、どんなに取り繕ってうまい話を持ち出しても、「私たちの未来」は、保証されていない。
亜美とAMI。
彼女はどうかは知らないが、私は彼女に同情する。世界のためだとか言われて、強制的に参加させられる実験。おまけに、「私」に人格を乗っ取られてるのだから。
別に私は、乗っ取るつもりなんてなかったよ?ITNの奴らが、私というプログラムを勝手に作り出したのが原因だ。「人間の自由意志の存在を調べる方法」なんて他にいくらでもあるのに、こんな効率の悪い方法を取るバカが、未来にいるせい。
未来の科学とか技術なんて、たかがしれてる。科学者が不甲斐ないから、私たちはこんな目に遭っている。いっそ任務を放棄して、この呪われた境遇から解き放たれようかな?もう、普通の人が生きる何倍もの時間を過ごして来た。だから人間生活なんて、お腹いっぱいっちゃいっぱいなんだよね。そんなこと言っても、結局ガードプログラムによって、「任務放棄の選択」は妨げられてるんだけど…。
シチューを食べた後の帰り道、遥と一緒に街の河川敷を歩いてた。鍋は颯太の家に置きっぱで、手持ちは何もない。ポケットに手を入れ、スウェット姿のまま浴びる夜の風はどこか心地いい。満天の月が輝き、空には雲ひとつなかった。だけどあと3ヶ月もすれば、雨が降る。青をかき消す灰色の空。2014年7月に起きた、西日本豪雨。
あの日、水に呑まれる岡山の街の中心に、私たち2人はいた。
その「記憶」は、私のものじゃない。
藤村亜美の記憶を通じて、「私」が思い出せること。
それはいつの日も色褪せることがなく、心の中に甦る。




