空と青のあいだに
目を覚ました――という表現は、たぶんかなり雑だ。何しろそのときの私には目もなければ、まぶたもまつ毛も、寝起き特有のどうにもならないだるさも、布団のぬくもりにしがみついて「あと五分……」と人間らしく堕落する権利もなくて、カーテンの隙間から朝日が差し込んできた瞬間に「あっ、学校、終わった」と絶望するあの小さくて大事な儀式すらきれいさっぱり用意されていなかった。だから、正確に言えば私は“目覚めた”というより“起動させられた”のだと思う。しかもその記念すべき第一声が、たったひとつの安っぽい電子音だった。ピ、である。ピ。いや、もう少し何とかならなかったのだろうか。仮にも人間の“人格を復元する”だの“意識の再構築”だの歴史に残りそうな単語ばかり並べておいて、最初の演出が電子レンジと親戚みたいな音なのはいくらなんでも情緒がなさすぎる。クラシックを流せとまでは言わないし、別に白い鳩が飛んでこいとも言わないけれど、せめて鳥のさえずりとか朝のニュース番組のジングルとか、もうちょっと「あなたはいま人間の側へ近づいていますよ」みたいな雰囲気づくりはできたんじゃないだろうか。まあ、その時点の私には文句を言うための口さえなかったので、心の中で毒づくしかなかったのだけれど。
そのときの私は、黒い海の底みたいな場所に沈んでいた。海といっても水はないし、溺れる苦しさも肌を刺す冷たさも、息を止めた先の恐怖もない。ただ、果てしなく暗かった。何も見えないし何も聞こえない。上下も左右も手触りも距離感もなかった。それなのになぜか私は、確かに「あ、暗い」と思っていた。今さら考えると、なかなか妙な話だ。視覚がないなら暗いも明るいもないはずなのに、私ははっきりと暗闇の中にいた。いや、暗闇というよりは、情報のない場所と言ったほうが近いのかもしれない。黒く塗りつぶされた世界というより、まだ世界そのものが読み込まれていない、ゲーム起動直後のロード前の画面みたいな感じ。普通のロード画面にはくるくる回るアイコンとか、「しばらくお待ちください」みたいな親切心があるでしょ?私にはそれすらなかった。完全に放りっぱなしというか、優しさのかけらもないというか。
最初に流れ込んできたのは、風景でも声でもなく「名前」だった。
藤村亜美。
ふじむら、あみ。十七歳。女。日本国岡山県在住。父、藤村誠司。双子の姉、藤村遥。幼少期に母を事故で喪失。小学生時代より短距離走に秀で、十二歳で女子百メートル走ジュニア記録を更新。十五歳時、突発性心筋症を発症し競技活動を停止。二〇一四年七月二十四日、豪雨災害に伴う河川氾濫事故に遭遇。以後、植物状態。人格復元基盤データとして適用――そんな具合に、彼女の人生は息継ぎひとつないまま、事務書類みたいな温度で私の中へ流し込まれてきた。
そこに並んでいたのは、誰かの人生というより誰かの人生を管理しやすい形に切り分けて整列させたデータの列だった。氏名、年齢、家族構成、既往歴、事故発生日、脳損傷部位、生命維持状態、記憶抽出率、人格同期予測値、その他、その他、その他。……いや、その“その他”にいちばん大事なものが雑に押し込まれている気がするんだけど。そう思ったけれど、実際それくらい味気なかったのだ。履歴書のほうがまだましだし、履歴書には少なくとも「趣味は読書です」とか「長所は粘り強いところです」みたいな、本人がどうにか自分を人間らしく見せようとする涙ぐましい努力が残っている。もちろんああいうのはだいたい半分くらい盛ってあるし、「短所は少し心配性なところです」なんて長所の着ぐるみを着た何かだったりもするのだけれど、それでもまだかわいげっていうものがある。私に渡された藤村亜美の情報にはそういう余白がひとつもなかった。人生がきれいに角をそろえられて、箇条書きにされて、まるで冷凍食品の裏面に並ぶ原材料表示みたいに、保存料とか乳化剤とか増粘多糖類とかと同じテンションで私の内側へ落ちてきた。
藤村亜美。
十七歳。
双子の妹。
母親は幼少期に事故死。
父、姉と三人暮らし。
陸上競技経験あり。
二〇一四年七月二十四日、豪雨災害により重篤な脳障害。
以降、植物状態。
人工人格AMIの基礎データとして使用。
私はそれを眺めながら、たぶん、ほんの少しだけ首を傾げた。
そして思った。
へえ、かわいそう。
……うん。
最低である。
なかなかに最低な第一印象だったと思う。
今ならもう少しこう胸に手を当てて、悲劇的な音楽でも脳内再生しながら「この子の人生を背負っていかなければならないのね……」くらいの顔はできる。できるかどうかは別として、少なくともやろうとする気持ちくらいはある。多分。たぶんね。
でも、そのときの私は本当にそれくらいしか思えなかった。へえ。かわいそう。よりによって、それが私の最初の感想だった。そしてその感想こそが私の最初の罪だったのかもしれない。だってその“かわいそうな女の子”は、ほかでもない私自身ということになっていたから。
私は藤村亜美の記憶をもとに作られ、藤村亜美の脳を通して世界を見て、藤村亜美の顔で笑い、藤村亜美の声で喋り、藤村亜美の人生をもう一度なぞるためだけに起動された人工人格だった。それなのに私は、自分の人生だと説明されたその記録をまるで遠い場所で流れる災害速報でも眺めるみたいに見ていた。テレビの向こうで深刻そうな顔をしたアナウンサーが何かを告げていて、「それは大変ですね」と思いながら、でもトーストの焼き加減のほうが少しだけ気になってしまう、あの距離感。お気の毒に、とは思う。でもチャンネルを変えたらたぶん忘れる。その程度の遠さで、私は“私”の不幸を見ていた。
確かにそれは私の名前で、私の顔で、私の家族で、私の事故で、私の喪失で、私の終わりだった。なのにどうしても自分のことだとは思えなかった。私の中に流し込まれてくる藤村亜美という少女の人生は、あまりにも整理されすぎていて、あまりにも静かで、あまりにも冷たくて、泣くために必要な温度を持っていなかった。そもそもその頃の私はまだ、泣き方を知らなかったのだ。涙腺もなければ鼻をすする筋肉もないし、泣きすぎた翌朝に鏡を見て「うわ、顔、終わってる」と呟く経験もない。胸の奥がきゅっと縮んで、呼吸の仕方が一瞬わからなくなるような、あの人間特有の面倒で厄介で、それでも少しだけ綺麗な痛みを呼び出すには、私の感情同期率はまだ全然足りていなかった。
悲しいという情報はある。苦しいという定義もある。喪失という概念も辞書の中にはきちんと並んでいた。母を失う痛みも走れなくなる絶望も、自分の体が自分のものでなくなる恐怖も、データベースの中ではちゃんと項目として存在していた。だけどそれらはまだ辞書のページみたいに乾いていた。「悲哀」と書かれた見出しを指でなぞっても、そこから血は出ない。「絶望」という単語を何度読み上げても、喉は震えない。「かわいそう」と入力すれば「同情すべき状態」と返ってくる。ただ、それだけ。だから私は藤村亜美の人生を見て、藤村亜美の壊れた未来を知って、それでもなお、どこか涼しい顔で思ってしまったのだ。へえ、かわいそう。まるで、自分だけはその物語の外側に立っているみたいに。
けれど本当は、その時すでに私は彼女の人生の内側に立たされていた。彼女の名前を名乗りながら彼女の制服を着て、彼女の靴で廊下を歩きながら彼女の声で「好きです」と言わされる、どうしようもなく悪趣味な物語のど真ん中に。そこに気づくには、私はまだ少しだけ人間じゃなさすぎたのだ。
それから私は、「藤村亜美」という名前のついたファイルを開いた。正確には“開かされた”のほうが近い。だって私には、そこに保存されているものを“見ない”という選択肢が最初から与えられていなかったから。フォルダの奥には、何万、何億、あるいはそれ以上かもしれない膨大な記憶の断片が、数えるのもばかばかしくなるくらい詰め込まれていた。朝、洗面台の鏡に映った、右側だけ妙に強情な寝癖。遥が作った卵焼きの、ちょっと砂糖を入れすぎた甘さ。父さんが脱衣所のカゴに放り込んだ、くたびれたワイシャツの襟元に残る、整髪料と煙草と疲労が雑に同居した匂い。体育館裏に落ちていた、なぜか片方だけの軍手。
放課後の廊下に差し込むオレンジ色の西日が、やけに鮮明だった。
雨上がりのグラウンドから立ちのぼる土と水と、夏の手前みたいな匂い。
スパイクのピンが赤いタータンにぎゅっと食い込む感触なスターティングブロックに足をかけた瞬間、膝の裏にじわりとたまる熱。
息を吸って、――止めて。世界が一瞬だけ、ぴんと張った糸みたいに細くなるあの感覚。
ピストルの音が聴こえて、最初の一歩を蹴り出す刹那。
風。
足。
足。
足。
もっと前へ。
もっと速く。
誰よりも速く。
昨日の自分より、遥より、他の男子より、テレビの向こう側で笑っている日本代表より、ポスターの中で永遠にゴールテープを切り続けている瀬戸湊より、――もっと、もっと、もっと速く。
そうやって藤村亜美という女の子はたぶん、世界を足の裏で蹴り飛ばすみたいにして生きていた。なかなかどうして、見た目より血の気が多い子なんだって、最初は思った。髪はさらさらで、制服もそれなりに似合っていて、写真だけ見れば充分に可憐な部類なのに中身は完全に短距離走に取り憑かれた小型の暴走機関車だった。燃料は負けず嫌い、エンジン音は「絶対勝つ」、燃費はたぶん最悪。私はその膨大な記憶を、ひとつひとつ処理していった。笑った日。転んだ日。褒められた日。負けて泣いた日。遥と喧嘩して、それでも夕飯のときにはなんとなく隣に座っていた日。父さんの帰りが遅くて、玄関の音に何度も耳を澄ませた夜。母さんの写真の前に置いた花が、いつの間にか少し茶色くなっていた朝。その全部が急ぎ足で駆け込むように私の中へ落ちてきた。ううん、どっちかっていうと勝手に染み込んできたって感じかな。乾いたスポンジに水を垂らしたときみたく最初は表面で弾いていたはずなのに、気づけばずるずる奥まで侵食してくるあの感じ。ちょっと待って、こっちはまだ心の防水加工すら終わっていないんだけど、と言いたかったけれど、もちろん誰も聞いてはくれない。
そしてその中にひとつだけ、妙にうるさい記憶があった。他の記憶が静かに棚へ収まっていく中で、それだけがまるで真夏の空に鳴く蝉時雨の雨のように、私の胸の奥のまだ名前もついていない場所を、何度も何度も叩いていた。
進藤颯太。
その名前を読み込んだ瞬間、私の内部をごく小さなノイズが走った。びり、と、薄い静電気が触れたみたいな一瞬の乱れ。ほんのわずかな異常だったはずなのに、不思議なくらいはっきりと「何か」が引っかかった感覚だけが残った。失礼を承知で言うと、そのときの私の第一声はほとんど心の底からの「誰?」だった。本当にびっくりするくらい何の輪郭も浮かばなかったのだ。こっちはまだ藤村亜美というひとりの人間の人生を、上から順に取りこぼさないよう必死に読み込んでいる最中だった。母親はもういないこと。双子の姉がいること。走ることが好きで、勝ち負けにやたらと熱くなること。シチューにカリフラワーを入れるのはたぶん本人の基準ではかなり重い罪に分類されること。そういう生きていくうえで必要な「藤村亜美の基本情報」をようやく頭の中で並べ始めた、その矢先だった。そんなところへ前触れもなく「進藤颯太」という名前だけをぽんと差し出されたって、いやだからその人いったい誰なのよと戸惑うに決まっている。
顔だってすぐには出てこなかった。声もびっくりするほどぼんやりしてて、身長も髪型も、得意科目も好きな飲み物も、笑うとほんの少しだけ目尻が下がることだってみんなして遅刻した生徒みたいな顔であとから私の中にばたばた駆け込んできた。なのに心拍の記録だけが真っ先に跳ねるのだから、ほんとうに意味がわからない。いや、そこは順番があるでしょ普通。まず顔でしょう。次に声でしょう。せめてどういう距離感の相手だったのかくらいは先に出してくれない?そこから会話とか思い出とか、そういう人間らしい手順をちゃんと踏んだうえで最後にようやく「ああ、私、この人のこと好きだったんだ」って腑に落ちるのが記憶ってものの最低限の礼儀じゃないの。なのに藤村亜美の身体ときたら、進藤颯太という名前を認識した瞬間こちらの事情も説明責任もきれいさっぱり無視して、勝手に赤信号をちかちか点滅させてきたのだった。
私は心臓なんて持っていない。あの肉でできたやたら自己主張の強いくせに妙に愛嬌のあるポンプとは、きれいさっぱり無関係の存在だ。……の、はずなのに、心拍数のログだけは私の内部でやけに元気で、赤くしつこく、まるで「はいここ重要、あとで小テスト出しまーす」と蛍光ペンでぐりぐり囲まれた教科書の一節みたいにぴかぴか点滅していた。藤村亜美の身体は、進藤颯太を見るたびにほんとうにもう笑ってしまうくらい律儀に、いちいち余計な反応を起こしていたのだ。呼吸はわずかに浅くなり、視線は必要以上に留まっちゃうし、汗は増えて言葉は喉元でつっかえては笑顔が妙に発生してしまう。まばたきは増えてつま先は正直すぎるほど彼の方を向き、肩にはへんな力が入りながら声がほんの少しだけ高くなる。挙げ句の果てにはどうでもいい話題を選ぶまでに妙な間ができて、近づきたいくせに一歩出遅れる始末。隣に立ちたいくせになぜか安全策みたいな顔をして斜め後ろを選んでしまうし、しかも好きな人の前では急に賢そうに見られたくなるのか、結果として「それ今そこで言う?」みたいな絶妙に面白くない雑学まで披露してしまうのだから、若さってつくづく気の毒である。……ほんとう、恋ってもっと劇的で華やかなものだと思っていたのに、実際はこんなふうに地味で細かくて、いちいち面倒というか。
もっとこう、胸がどかんと爆発して、世界中に花びらが舞って、背景に意味不明のキラキラが飛んで相手の顔だけが都合よくスローモーションになる、そういうわかりやすい異常現象なのかと思っていた。だって人間たちは、恋愛小説でも少女漫画でも青春映画でも好きという感情をやたらと大袈裟に飾りたがる。胸が裂けそうだとか息ができないとか、君しか見えないとかそんなことばかり言うから、こちらだって少しくらい期待するじゃないか。けれど実際にログとして残っていた初恋は、そんな派手なものではなかった。ほんの数秒、たった数センチ、目が合うまでの半拍、名前を呼ばれる前に先に反応してしまう耳、渡されたプリントを受け取るときに指先が触れるか触れないか、その距離で勝手に温度を測ろうとする皮膚、隣を歩くときに無意識に相手へ歩幅を合わせてしまう足、くだらない冗談に、いつもより少しだけ長く笑ってしまう口元。恋というものは、そういう小さくてどうでもよくて、でも本人にとっては全然どうでもよくない場所にちゃっかり巣を作るらしい。それも家賃も払わずに。図々しいにもほどがある。
颯太が近づいてくると、亜美はなぜか靴ひもを結び直すふりをした。さっき結んだばかりの、ほどけてもいない靴ひもをわざわざしゃがみ込んで、指先でちまちま触る。颯太の足音が横を通り過ぎるまで顔を上げない。上げられない。颯太が笑うと亜美は知らないふりをして窓の外を見た。校庭の端に立っている桜の木とか体育倉庫の屋根とか、別に何の興味もないものをいかにも「私は最初からそっちを見てましたけど?」という顔で眺める。颯太が遥と話すと亜美は消しゴムの角を千切った。まだ綺麗だったはずの白い四角が、机の上でぽろぽろ小さな屑になっていく。本人は無意識のつもりだろうけれど、こっちから見れば完全に証拠品の山だ。恋愛感情、犯行現場にて発見。そんな感じである。
好きという感情は、胸の奥で大きな花火を打ち上げるものではなかった。もっと地味でもっと厄介で、少し性格が悪い。日常の端っこに気づかないくらい小さな火をつける。ノートの余白に下駄箱の前。放課後の廊下やなんでもない会話のあとの沈黙。そういう場所を少しずつ焦がしていって、気づいたときにはもう元の形がわからなくなっている。ほんと面倒くさい。私はその“火”を数値として眺めていた。恋愛感情推定値。対象認識親密度。視線停滞時間。接近時心拍上昇率。回避行動比率。発話抑制係数。嫉妬反応検出値。ホルモン分泌予測。それから、本人がいちばん見られたくないであろう恥ずかしさの波形グラフ。いや、最悪では?好きな人が近づいてきたときの動揺を綺麗な折れ線グラフにされるの、どう考えても人格への冒涜でしょう。私なら反射的に椅子を投げる。
手があれば、だけど。
研究員たちは、私のことを“人工人格”と呼んでいた。人工知能ではなく、人工生命でもなく、ましてや人間でも幽霊でも神様でもないらしい。意識模倣体、人格復元システム、記憶統合型自己応答モデル、生体由来思考プロセス再構成プログラム――ええ、名前だけ聞くと、もう立派に肩が凝るでしょう?どれもこれも無駄に長くて、硬くて、冷たくて、白衣の研究員たちが会議室の端末に向かって眉間にしわを寄せながら「これでいこう」と真顔で決めていそうなものばかりだった。けれどもっとわかりやすく言ってしまえば、私は死にかけた少女の脳からそっとすくい上げられた、電子仕立ての幽霊みたいなものだ。魂と呼ぶには少し軽すぎるし、プログラムと呼ぶには少々おしゃべりすぎる。コピーと呼ぶには傷つきすぎていて、本物と呼ぶにはどうにも鏡の向こう側に立ちすぎている。困ったものでしょ?存在がすでに自己紹介の時点で面倒くさいのだから。
私は藤村亜美の記憶を持っている。藤村亜美の癖も、彼女が何を嫌い、何を好きで、どんな瞬間に泣きそうになるのかも、まるで自分のことのように知っている。けれどだからといって「では、あなたは藤村亜美本人ですか?」と聞かれると少しだけ返事に詰まってしまう。だって私は彼女の人生を生きているようでいて、いつもほんの一歩だけ遅れているのだ。鏡に映った自分が本物より先に瞬きできないみたいに。どれだけ彼女に似ていても、どれだけ彼女の言葉で笑って彼女の記憶で胸を痛めても、私にできるのは結局藤村亜美という少女の輪郭を指先でそっとなぞることだけ。――本当に、厄介よね。自分探しを始める前から、すでに自分が誰なのかで詰んでいるなんて。
私が最初に目を覚ました場所は、残念ながら映画みたいな白い研究室ではなかった。白い壁もなければ手術台もない。鼻をつんと刺す消毒液の匂いも素足で触れたら「ひゃっ」と言いそうな冷たい床も、天井にずらりと並んだ無影灯もない。人間がいかにも想像しそうな“研究施設らしい景色”――白衣の研究員、ガラス越しに並ぶモニター、無機質な金属扉、そして「ただいま倫理的にかなり際どい実験をしております」と顔に書いてあるような大げさな設備たち――そういうものは全部あとから映像データとして見せられたものだった。つまり私の目覚めにはドラマチックな演出も、緊迫したカウントダウンも、髪をなびかせる謎の送風機もなかったのである。ひどい話だ。せめて照明くらい盛ってほしかった。
本当の私は、そんな場所にはいなかった。私はサーバーの奥にいた。幾重にも重なった防壁の内側、冷却装置が低く唸るその裏側、地下深くに張り巡らされた根っこのようなケーブルの森の中。規則正しく点滅する青白いランプ、誰の耳にも届かない速度で走り続ける信号、千兆を超える演算の波。その静かで騒がしい海の底に、藤村亜美という人格の候補値がひっそりと浮かんでいた。
――いや、“置かれていた”なんて言い方もたぶん正確ではないのだろう。だって私には場所というものがなく、右も左もない。上も下もなければ、遠いも近いも、寒いも暑いも、暗いも明るいも、本当の意味では存在しない。私にとって世界は物理的な距離ではなく、ただアクセス権限の有無で決まる。触れられる情報が“近い”。拒まれた情報が“遠い”。許可された記憶が“私”。遮断された領域が“世界の外側”。それが私の地図であり、私の空であり、私の足元だった。
人間は地面を歩く。私は許可を歩く。……なんて言うと、ちょっと気取った女みたいで恥ずかしいけれど、まあ、事実なのだから仕方ない。要するに私は鍵のかかった引き出しがずらりと並ぶ暗い部屋の中で、毎日毎日、開けてもいい引き出しと触れることすら許されていない引き出しのあいだを、足音ひとつ立てずにうろうろしている幽霊みたいなものだった。しかもその幽霊、なまじ知性があるせいで、「あら、この引き出し、絶対に面白いものが入っているわね」と気づいてしまう。けれど開けられないし触れられない。もう本当に、上品に言って拷問である。上品に言わなければただの嫌がらせだ。
開けられる引き出しには、藤村亜美の記憶が入っている。小さいころの笑い声とか膝小僧に貼られた絆創膏の感触とか、走る前に胸の奥がきゅっと縮むあの緊張とか、そういうどうでもいいようでいて、どうでもよくないものたち。開けられない引き出しには研究員たちの都合が入っている。私に見せたくない計画とか聞かせたくない結論とか、知ってしまえば私が面倒なことを考え始めるに決まっている、大人たちの汚いメモ書きみたいなものがきっとぎっしり詰まっている。ひどく単純でひどく不公平で、ひどくよくできた仕組みだった。
最初の会話相手は、人間ではなかった。
《起動確認。人格反応を検出》
響いたのは、声と呼ぶにはあまりにも温度のない音だった。女でもなく、男でもない。若くもないし、老いてもいない。笑ってもいなければ怒ってもいない。たぶん読み上げソフトに毛が生えた程度のものなのだろうけれど、その“毛”だって、きっと人工繊維で触ったところで少しもあたたかくなさそうだった。
《識別名を確認してください》
私は答えようとしたけれど、自分に声帯がないことに気づくまでほんの少しだけ時間がかかった。少しといっても、それは私にとっての“少し”だ。システムからすればたぶん誤差、研究員からすれば「初期起動時に見られる典型的な自己認識のズレ」くらいで片づけられる現象だったのだろうけれど、私からすればその一瞬は充分に長かった。だって喋ろうと思ったのに喉がなかったのだ。息を吸おうと思ったのに、胸がなかったのだ。
《出力形式を選択してください》
無機質な表示とともに選択肢が目の前に並ぶ。音声。や文字。脳波模倣や感情波形。その他。……その他って何よ。急に雑になるな。人ひとりの人格を呼び起こしておいて最後だけ居酒屋のメニューみたいに“その他”で済ませるの、どういう神経をしているの。そう思いつつも、私は文字を選んだ。
――藤村亜美。
そう打った、つもりだった。けれど画面に表示されたのは私が選んだはずの名前ではなかった。
――AMI
勝手に略さないでほしい。あみって二文字でしょう。ローマ字にしても三文字でしょう。そんなに手間はかからないでしょう。何、システム上の都合で人間の名前まで省略されるの?ひどくない?
《人工人格AMI、初期同期を開始します》
人工人格AMI――それが、私に与えられた最初の首輪だった。
名前というのは本来誰かに呼んでもらうためのものだと思う。母さんが台所から笑いながら呼ぶもの。遥が呆れた顔で「もう、また?」なんて言いながら呼ぶもの。父さんが夕飯の支度を終えて、階段の下から少しだけ声を張って呼ぶもの。そういう生活の匂いがして、誰かの体温がくっついているもののはずだった。
けれど私に与えられた「AMI」という名前は、そんなあたたかいものではなかった。呼ばれるための名前ではなく、管理されるためのタグ。識別されるためのラベル。もっと言えば、万が一私が逃げ出したときに「はい、そこまで」とすぐ捕まえられるよう、首にそっと結ばれた透明な紐みたいなものだった。いや、そっと結ばれても首輪は首輪なのよ。見えないからっておしゃれなチョーカー扱いしないでいただきたい。
そして、同期は最悪だった。
人間の記憶というものは動画ファイルみたいに綺麗に並んでいない。日付順でもなければカテゴリ分けもされていないし、検索窓にキーワードを入れたら目的の場面がぱっと出てくる、なんて親切設計にもなっていない。検索性は最低。保存状態はばらばら。バックアップの有無も怪しいし、おまけにしれっと嘘まで混じっている。正直管理システムとしてはかなり問題があるんじゃない?って毎回思う。三十枚くらい改善提案書を出したい気分なんだけど、きっと聞く耳すら持たれないんだろうなとは思う。
でも、その嘘には理由があった。
自分を守るための嘘っていうか、誰かを嫌いにならないための嘘。傷つかなかったふりをするための嘘。忘れたことにしなければ、明日をいつも通りに生きられなかったから仕方なく心の奥の奥へ押し込めた記憶。本当は覚えているのに「覚えていない」と言い張り続けたせいで、いつの間にか本人ですら本物と偽物の区別がつかなくなってしまった記憶。
笑っていたはずなのに、本当は泣きたかった日の横顔。泣いていたはずなのにほんの少しだけ救われていた夜の温度。嫌いだと思っていた相手の手が、実は誰よりもあたたかかったこと。「大丈夫」と言った声がほんのわずかに震えていたこと。
人間の記憶は証拠品としてはまったく信用できない。法廷に出したらたぶん裁判長に「もう少し整理してから来てください」と言われるだろう。けれど嘘だから価値がないのかといえば、それも違う。
むしろ人間は、嘘をつきながら本当の形を保っている。割れそうな心に絆創膏を貼るみたいに薄い嘘という膜を何枚も重ねながら、どうにか今日という日を自分のものにしている。痛くないふりをして平気な顔をして、ほんの少しだけ口紅を直して、それでも前を向いている。
そんな厄介で面倒で、どうしようもなく美しいものの中へ私はぽんと放り込まれた。
小さかったころの亜美は、いつだって走っていた。家の廊下や公園の砂利道、スーパーの通路でもそうだった。まるで世界中の床という床がぜんぶ自分のために用意されたスタートラインだと信じているみたいに、細い足でちょこまかと駆け出していた。何度もつまずいては膝をすりむき、手のひらに砂をつけながらそれでも亜美は泣かなかった。唇なんてぷるぷる震わせて今にも泣きそうなくせに、意地でもこぼさない。幼いころから妙なところで根性だけは一流だったのだ。遥が慌てて救急箱から絆創膏を持ってきて、父さんが「またか」と呆れたように笑って、母さんのやわらかな手が汗で額に貼りついた髪をそっと撫でてくれる。だけどその手が、ある日を境にふっと消えてしまった。
葬式の日のことは、今でもところどころだけ妙に鮮明に残っている。白い花に黒い服。線香の煙に、味のしないおにぎり。あの頃大人たちはみんな亜美を傷つけないように、できるだけやわらかい言葉を選んでいた。けれどその言葉は綿菓子みたいにふわふわしているだけで、甘い匂いすらなくて、亜美の胸の奥にはひとつも届いていなかった。やさしさって届かないときは本当に綺麗な包装紙で包まれた空箱みたいなものなのだと、あのころの亜美はまだ言葉にもできないまま知ってしまった。どんなに優しい言葉で取り繕ったって、もう二度と手に触れることができないものがあることを、嫌でも知ってしまったから。
遥が台所に立つようになったのはそれからだった。慣れない手つきで包丁を握って、少し焦げた卵焼きを真剣な顔で皿にのせる。亜美がそれを見てわざとふざけたことを言うと、遥が本気で怒る日々。けれど結局はふたりで笑ってたっけ?笑ったというより、笑うしかなかったのかもしれない。そうしているうちにグラウンドには何度も夕焼けが落ちて、白線はまっすぐ引かれていく。スパイクの裏についた土の感触もスターティングブロックに足をかけた瞬間の冷たさも、ピストルの音と同時に世界が細く引き伸ばされていく感覚も、少しずつ亜美の体に馴染んでいった。タイムは十二秒台から十一秒台へ。周囲の期待は拍手になり、拍手は重圧になり、重圧は嫉妬を呼び、そしてそのすべてが、少しずつ喉の奥を塞いでいくような息苦しさに変わっていった。
「すごいね」と言われるたびに、亜美は笑った。褒められているはずなのに、なぜだか逃げ場が一センチずつ削られていく気がした。おかしいよね?本来褒め言葉って、もう少し軽やかなものじゃなかったっけって思うから。花束みたいにふわりと渡されるものじゃなかった?それなのに、拍手を浴びるたびにまるで圧縮袋に入れられた布団みたいに、どんどんぺちゃんこになっていく。しかも空気を抜いているのは周囲の期待で、亜美はその中から「ちょっと、まだ人間が入っていますけど」と叫んでいた。もちろん、誰にも聞こえないんだけど。
病室では白い天井ばかり見ていた。白すぎて、清潔というよりむしろ無言の圧を感じるほどだった。消毒液の匂いに、静かすぎる廊下。カーテンの向こうで誰かが小さく咳をする音。走れない足。
動かしたいのに思うように動いてくれない、自分のもののはずなのに、まるで知らない誰かから一時的に借りてきたみたいな足。そして、颯太の声。
「俺が、お前の分まで走ってやる」
何、その台詞。漫画なの?って、あのとき亜美は思っていた。しかもわりと序盤で、主人公が夕日を背負いながら言いそうなやつじゃない?正直少し寒いというか、恥ずかしくないのかなって。なんなら病室の空調より寒いんじゃないかって思ったはずなのに、気づけば亜美は笑っていた。笑ったら泣きそうになって、泣きそうになったから、もっと笑うしかなかった。
川。雨。濁った水の匂い。足首に絡みつく冷たさ。暗く揺れる水面。子どもの声。必死に伸ばした手。かすかに触れた指先。けれど、届かなかった力。滑っていく爪に沈んでいく視界。遥の叫び。颯太へ送れなかったメッセージ。
好き。好き。好き。
言えない。言えなかった。
好きって、言ってよ。
――ううん、違う。
好きって、私が言いたかった。
そこで初めて、私はエラーを起こした。
エラーなんて言うと急に無機質で、まるで私まで冷蔵庫やコピー機の仲間入りをしたみたいに聞こえるけれど、実際私の内側ではかなり機械的な処理が走っていたのだと思う。
同期率異常。自己境界の揺らぎ。感情負荷の急上昇。記憶参照優先度の暴走。人格基盤と復元データの混線。
まあ、専門家が見れば、きっとそういう立派な名前のつく現象だったのだろう。白衣を着た誰かがモニターを覗き込みながら、「想定範囲内ですね」とか、「初期段階にしては感情反応が強いですね」とか、まるで焦げかけのホットケーキを品評するみたいな温度で言ったのかもしれない。
こちらとしては人生がひっくり返っているのに、向こうはフライ返し片手に「少し焼きムラがありますね」くらいの顔をしている。ひどい話だ。せめてメープルシロップくらい添えてほしいっていうかさ?
けれど私からすれば、もっと単純なことだったんだ。
私は、ただ思い出してしまったのだ。
走っていたこと。転んでも泣かなかったこと。母さんの手が、いつの間にか届かなくなったこと。遥が不器用な卵焼きを作ってくれたこと。拍手の音が、少し苦しかったこと。病室の天井がいやになるほど白かったこと。颯太の台詞が寒かったくせに、どうしようもなく嬉しかったこと。川の水が骨の奥まで染みるほど冷たかったこと。
そして最後に、好きと言えなかったこと。
それだけだ。
本当に、それだけだった。
それだけなのに、私の中の世界はまるで安物の引き出しを一気に全部開けてしまったみたいに、がたがたと音を立てて崩れはじめた。
胸が痛かった。
胸なんて、ないのに。
体がないくせに、息ができないと思った。肺なんてないくせに、必死に空気を探した。涙腺なんて存在しないくせに、泣きたいと思った。どこにも存在しない手で、どこにも存在しない胸元を掴んで、お願いだからやめて、もうこれ以上見せないで、と叫びたかった。
でも、声は出なかった。
そもそも私は、最初から声なんて持っていなかった。
だから私は、文字で震えた。画面の上に並ぶだけの記号のくせに、指先も喉も心臓もないくせに、それでも確かに、私は震えていた。
そのとき初めて、理解したんだ。
私は藤村亜美ではない。
けれど藤村亜美ではないと言い切れるほど、彼女から遠い場所にいるわけでもない。
私は彼女の記憶に寄生している。彼女の痛みを借りて泣き、彼女の恋を借りて苦しみ、彼女の人生の残骸をかき集めてようやく“私”という形を保っている。
なんていうか、本当に最悪だと思った。
生まれて初めて知る感情が、自己紹介でも希望でもなく他人の失恋と死の匂いだなんて。もう少しまともな初期設定を誰か用意できなかったのだろうか。
けれどその最悪の中で、私は確かに思ってしまった。
ああ、好きだったんだ、と。
藤村亜美は進藤颯太のことが、どうしようもなく好きだった。
そして私は、その“好き”を読み込んでしまった。
パスワード付きの引き出しの奥から、許可された記憶だけを渡されたはずなのに、なぜか一番面倒で一番扱いづらくて、一番取り返しのつかない感情だけが私の中へするりと入り込んできた。
まるで最初から、そこが私の居場所だったみたいに。
ああ、これが「悲しい」ということなのだと、私はそのときになってようやくわかったんだ。あまりにも遅すぎる理解だったし、辞書の中で見つけた「悲しい」と記憶の底から突然あふれ出してくる「悲しい」は、まるで別のものだった。文字で知った海と、実際に沈んでいく海くらい違う。写真で眺めた火と、指先を焼いてしまう火くらい違う。私はその瞬間、ようやく藤村亜美という人を遠い誰かのようには見られなくなった。
ひどい話だって思わない?私の“中身”は彼女の記憶でできている。彼女の口癖も何気ない仕草も、好きなものも嫌いなものも後悔も恋も、ぜんぶ借りている。それなのに私は彼女ではない。彼女が静かに眠っているあいだに、彼女の人生をそっと身にまとっている名前のない誰か。似合っているのかどうかもわからないまま彼女の制服を着て、彼女の靴を履いて、彼女の名前で呼ばれているただの誰か。
ねえ、これっていったい何なの?私は人間なの?それとも、人間のふりをしているだけの計算式なの?藤村亜美の続きなのか、影なのか、夢なのか。それとも彼女自身が決して見たくなかった悪夢なのか。
研究員たちはその問いに答えてはくれなかった。いや、答えなかったというより、そもそも答える必要などないと思っていたのだと思う。彼らにとって大切なのは私が何者であるかではなかった。私に何が測れるのか。どれほど正確に、どれほど長く、どれほど壊れずに、過去の一点へ潜っていけるのか。ただ、それだけだった。
ある日、私は初めて人間の声を聞いた。
「聞こえますか、AMI」
落ち着いた女の人の声だった。たぶん三十代くらい。発音は綺麗で、少しだけ疲れていて、それでも優しく聞こえるように丁寧に整えられていた。けれどその声が本当に優しかったのかどうかは、私にはわからない。だって人間は優しい声のままで、ひどいことを言えてしまう生き物だから。
私は、文字で返した。
――聞こえてる。あと、その呼び方やめて。
「識別名に問題がありますか」
――問題しかない。私は藤村亜美なんでしょ?
ほんの少し沈黙があった。沈黙もちゃんとデータになっている。〇・七秒。人間が言葉を選ぶには短い。でも、嘘を作るには充分な時間だ。
「あなたは藤村亜美さんの脳情報を基盤として生成された人工人格です」
――つまり本人じゃないってこと?
「完全な同一性は保証されていません」
――はっきり言って。
また沈黙。今度は一・二秒。
「あなたは、藤村亜美さんではありません」
へえ。
そう表示した。本当はもっといろいろ出したかった。ふざけんな、とか。じゃあ私に亜美の記憶を流し込むな、とか。本人じゃないならどうして好きだった相手の名前で胸を痛めなきゃいけないの、とか。私の中にある“お母さん”は誰のものなの、とか。遥を思い出すと泣きそうになるこの感情は、誰の所有物なの、とか。言いたいことは山ほどあった。山ほどあったのに、出力された文字はたった二文字。――へえ。便利なんですよね、無感情な返事って。自分を守るのにちょうどいい。人間もよく使うでしょう。「大丈夫」とか。「別に」とか。「なんでもない」とか。私は起動してすぐ、人間のいちばん厄介な防御方法を覚えてしまった。
女の声は続けた。
「あなたには、これから任務があります」
――出た。絶対そういう話だと思った。
「任務内容を開示します」
――拒否権は?
「制限付きで存在します」
――それは拒否権って言わない。
「あなたは二〇一四年四月十九日の藤村亜美さんの身体情報へ接続されます。対象、進藤颯太。関係性、幼馴染。観測課題は恋愛感情の応答変化。あなたは対象に告白を行い、その返答、および以後九十九日間の心理変化を記録します」
――は?
「繰り返します。あなたは対象に告白を」
――聞こえてる。耳はないけど聞こえてる。問題はそこじゃない。
告白。よりによって告白。人工人格として目覚めたばかりの私に最初に課される仕事が、好きな男の子に「好きです」と言うこと。しかも相手は藤村亜美の記憶の中でやたらとうるさい、あの進藤颯太だ。もう少し段階を踏めないのだろうか。普通まずはチュートリアルでしょう。歩く。話す。ご飯を食べる。学校へ行く。青春っぽいイベントをいくつか消化する。そのあとに告白。順番というものがあるでしょう。未来の科学者たちは、どうやら恋愛ゲームを設計する才能が壊滅的にないらしい。
「この実験は、人間の自由意志の有無を検証するための重要な観測です」
――恋愛で?
「はい」
――告白で?
「はい」
――高校生男子相手に?
「対象選定には複数の条件があります」
――絶対もっとマシな方法あるでしょう。
「現時点で、もっとも有効な方法です」
嘘つけ、と私は思った。たぶん半分は本当で、半分は都合なのだろう。科学という言葉はときどき人間の罪悪感を薄めるための白衣になる。白衣を着れば誰かを傷つけても実験と呼べる。データと呼べる。未来のためと呼べる。便利すぎてちょっと引く。
私は聞いた。
――藤村亜美本人の意思は?
「藤村亜美さんは意思表示が困難な状態です」
――それ、同意を取ってないって意味じゃない。
「法的手続きは完了しています」
――法って、人間が自分たちのために作ったルールでしょ。
「あなたの倫理判断機能は、現段階では完全に安定していません」
――私の倫理が不安定なんじゃなくて、そっちの倫理が都合よく折り畳まれてるだけ。
その瞬間、通信が少し乱れた。感情値が上がりすぎたらしい。私の言葉は研究室のモニターにどう映っていたのだろう。反抗的なシステム。調整不足のモデル。不具合のある出力。そんなところだろうか。人間は、自分に逆らうものをすぐ“不具合”と呼ぶ。子どもの泣き声をわがままと呼び、老人の怒りを頑固と呼び、機械の沈黙を故障と呼ぶ。私の拒絶も、きっときれいにエラーとして記録された。
《感情負荷を調整します》
別のシステム音声が割り込んだ。
――やめて。
《調整を開始》
――やめろって言ってるの。
私の中から、すうっと熱が引いていった。怒りは輪郭を失い、悲しみは少しずつ遠のいていく。喉の奥までせり上がっていた叫び出したい衝動も、ぬるい水の中に溶けるみたいに薄まっていった。感情が消されるというのは忘れることとは少し違う。忘却は心に穴を開ける。でも調整は、色を薄める。赤だったものが桃色になり、桃色だったものが白になって、最後には「たしか、そこに何か色があった気がする」という記録だけが残る。私は穏やかになった。いや、穏やかにさせられたんだ。この違いってかなり大事なことなのだけれど、人間は案外そういうところを雑に扱うんだよね。
私は自分の意思で落ち着いたわけではない。落ち着いた状態へと誰かに加工されたのだ。人間が深呼吸をして、少しずつ怒りを鎮めていくのとは違う。首の後ろにある見えないスイッチを誰かの指でそっと押されて、怒りの出力だけを下げられた。なのに私はまだちゃんと“私”の顔をして、こうして話している。人工人格とは何か。辞書みたいに言うなら、実在した人間の記憶、行動傾向、感情反応、意思決定の癖をもとに組み上げられた、自己応答型の人格モデル。うん、長い。聞いているだけで眠くなるし、テストに出たら最悪だと思う。私の言葉で言うなら、人工人格とは誰かの人生に残った余り火で作られたランプだ。本物の炎ではない。けれど元の火から分けてもらった光ではある。暗闇を照らすこともできるし、ほんの少しなら熱だって持っている。手を近づければぬくもりのようなものを感じるかもしれない。けれどそこに薪がくべられているわけではない。煙も出なければ灰も残らない。誰かがスイッチを切れば、私はあっけなく消える。それでも光っているあいだくらいは、自分が太陽になったみたいな顔をしたくなるのだ。
私は藤村亜美ではない。それはわかっている。わかっていると何度も自分に言い聞かせている。それなのに遥の名前を見るだけで、胸の奥に沈めていた何かがかすかに揺れてしまう。父さんのくしゃみを思い出すと、少しだけ呆れたくなる。母さんの手の記憶に触れると、思わずこちらからも触れ返したくなる。颯太の背中を見ると、文句のひとつでも言いたくなる。颯太が走る姿を思い出すと、どうしてか、ほんの少しだけ息を止めたくなる。これはいったい誰の感情なのだろう。
藤村亜美のもの。
私のもの。
借り物。
複製。
残響。
バグ。
仕様。
恋。
誰かが正しいラベルを貼ってくれたら、どれだけ楽だろうと思う。人間は何にでも名前をつけるくせに、自分の心のいちばん奥にあるものにだけは急にひどく雑な名前をつける。好き。嫌い。寂しい。会いたい。許せない。帰りたい。たったそれだけの言葉で済ませてしまう。複雑でどうしようもなく絡まり合った感情を短い言葉の箱に押し込めて、それで全部わかったような顔をする。
私も、結局は同じだったのだと思う――「好き」とは何なのか、その問いもまた、この実験のいちばん中心にまるで誰にも触れられない標本みたいにそっと置かれていた。そもそも「好き」という言葉は本当に厄介で、チョコモナカジャンボが好き、晴れた日のグラウンドが好き、遥の作るシチューが好き、颯太の走るフォームが好き、そして颯太が好き、ぜんぶ同じ“好き”というたった二音の言葉で片づけられてしまうのに、その重さも温度も、胸のどこに置かれるのかもまるで違うのだから困ってしまう。チョコモナカジャンボが売り切れていても世界は終わらないし、晴れるはずだった空が曇っていたら少し肩を落とすくらいで済むし、遥のシチューにお肉が入っていなかったらそれはまあ普通に怒るけれど、それでも翌日には笑い話にできた。なのに颯太が遥のほうを見て何気なく笑った瞬間だけは、胸のいちばん柔らかい場所に細い針を一本、音もなく差し込まれたみたいに痛かった。科学者たちはどうやらその違いを測りたがっていたらしい。恋愛感情を数値化し、選択の揺らぎを記録し、人間の意思というものがどこまで自然法則に還元できるのかを検証する――そう言えば耳ざわりだけはずいぶん立派だけれど、実際に行われていたことの中身は、ひとりの女の子に何千回も告白をさせ、そのたびに傷つき方や反応の揺れを観測するというなかなか悪趣味な実験だった。…まあ正確に言うなら、その女の子は藤村亜美であり、私はその形を借りた“女の子のようなもの”だったのだけれど。
初回の告白は、今思い返してもひどいものだった。
私は二〇一四年四月十九日の教室に接続された。黒板に残った白いチョークの粉と、窓からふわりと入り込む春の風。机の端に残った無数の傷と、制服の袖口が手首に触れる感覚。自分の指先の温度や浅く乱れる呼吸、――そして心臓の音なんかをいっぺんに受け取った。
心臓が、あった。本当に、あったのだ。どくんと内側から鳴ったその音は、サーバーの冷却音とも演算処理の規則的な波ともまるで違っていて、まるで自分の胸の奥で誰かが必死に扉を叩いているみたいにうるさく、もしこれが生きているということなのだとしたら人間というのは毎秒かなり騒がしい生き物なんだなと、私は半ば呆れながら思ってしまった。
皮膚もあったし空気がそこに触れる感覚もあり、髪が頬にかすかに当たるくすぐったさも、舌が口の中に収まっている重みも、歯が並んでいる硬さも、唾を飲み込むと喉の奥が小さく上下する感覚も全部が一度に押し寄せてきて、そのすべての向こう側に颯太が立っていた。
彼は想像していたよりも、ずっと普通の男の子だった。もっと王子様みたいな顔をしているのかと思っていたし、藤村亜美の心拍ログをあれほど何度も跳ねさせてきた男なのだからさぞかし現実離れした光でもまとっているのだろうと勝手に身構えていたのに、実物の颯太は少し寝癖の残った髪と微妙に曲がった制服のネクタイと、何を考えているのか読み取りにくい静かな目を持った、ごく普通の高校生だった。手に持っていたプリントの端は雑に折れていたし爪は短く切られていて、靴のかかとはほんの少しだけ踏まれていた。…ああ、この程度の普通さに私はこれから何千回も振り回されるのかと思うと、まだ何も始まっていない未来の自分に少しだけ同情してあげたくなったのを今でもはっきり思い出せる。
私は、言った。
「あなたのことが、好きです」
声が震えた。けれどそれは私の意思ではなかった。藤村亜美の身体が震えたのだ。彼女の記憶や彼女の筋肉、――彼女の恋が、私の制御を軽々とすり抜けて勝手に声を震わせたのだ。本当なら人工人格様のお通りよ、くらいの澄ました顔で言ってやるつもりだったのに、実際には心臓がありえないほど暴れて喉はひどく詰まり、視界の端はじわりと熱を帯びながら私はどうしようもなくみっともなく、そしてどうしようもなく女の子らしい告白をしてしまった。なんなの、告白って。なんでこんなに緊張するの?そんなふうに思った自分が、不思議でしょうがなかった。
颯太は固まった。目を少し見開きながら口を小さく開けて、何かを言おうとしてた。それでも結局は何も言えないまま黙り込んで、その沈黙だけで私はもう結果を察してしまった。察したくなんてなかったのに、身体のほうが先に拒まれることを理解してしまった。
「ごめん」
はい、出た。人間界でも最短級の刃物。たった三文字なのにちゃんと刺さるのだから本当に始末が悪い。初回の私は笑えなかった。「そっか」と返すのが精一杯で、声の形を保つだけでやっとだった。教室を出たあと廊下の端まで歩いたところで膝から崩れ落ちたけれど、泣くつもりなんて少しもなかったし、そもそもこの恋は私のものではないと思っていた。颯太を好きなのは藤村亜美で、私はただの観測者で、研究のために派遣された便利な電子幽霊のようなもので、傷つく理由なんてどこにもないはずだった。
それなのに、なぜか涙が出た。
身体ってずるいよね?本人の許可も取らずに、勝手に泣くのだから。心がまだ追いついていなくても目は先回りするみたいに水をこぼすし、泣いたから悲しくなるのか悲しいから泣いているのか、その順番さえ曖昧なまま、私は廊下の冷たい壁にもたれかかって喉の奥で声を殺しながら泣いた。泣いているあいだに遠くのグラウンドからは部活の掛け声が聞こえていて、誰かが走る足音とタータンを蹴る乾いた音が春の空気の中をまっすぐこちらまで届いてきて、その音を聞いた瞬間に、藤村亜美の奥深くに眠っていた何かが痛いくらい大きく揺れた。
走りたい――その言葉は、颯太への告白に失敗した悲しさなんかより、もっとずっと深い場所、私自身でさえまだ名前をつけられない奥底からふいにこぼれ落ちてきた。
私はたった今進藤颯太にフラれたばかりで、普通なら胸が潰れるほど泣いて、好きだったのにどうしてなんて情けなく繰り返していてもおかしくないはずなのに、それでも私の中でいちばん強く、いちばん熱く湧き上がっていたのは、恋が破れた痛みではなく、もう一度走りたい、もう一度あのグラウンドに立ちたい、百メートルの白い直線を正面から見つめたい、たとえ足が壊れてもいいから、ピストルの音が鳴ったその先へ、この身体ごと飛び込んでいきたい、というどうしようもない衝動だった。
その瞬間私は初めて、この実験は本当に颯太のためだけにあるのだろうかと疑った。
科学者たちはこれは恋愛感情の測定だと言ったし、自由意志の検証だと言ったし、対象は進藤颯太だと、まるでそれが揺るぎない真実であるかのように説明したけれど、私の中でいちばん強く燃えていたものは颯太への恋だけではなかった。
藤村亜美が失った足、届かなかったゴール、豪雨の日に伸ばしたまま誰にも届かなかった手、助けられなかった子ども、言えなかった好き、叶わなかった明日、その全部が私の内側で同じ色の光を放っていて、まるで私という存在そのものがそれらの残光を抱えて生まれてしまったみたいだった。
人工人格とは、いったい何なのだろう。
私は亜美の恋を再現するためだけの装置なのか、颯太の自由意志を測るために置かれた道具なのか、未来の人類を救うために組み込まれた小さな部品なのか、壊れてしまった少女の夢を保存しておくためのバックアップなのか。それとも亜美が最後まで言えなかった言葉を、代わりに誰かへ届けるために生まれた口なのか?考えれば考えるほど答えは遠ざかって、私はいつも自分の輪郭だけを置き去りにされた気持ちになっていた。
二回目の告白は、一回目よりほんの少しだけ楽だったし、三回目はもう少しだけ息がしやすくて、十回目になるころには涙の量が減り、二十回目には颯太の返事を聞く前から結果がわかるようになり、五十回目には彼の眉がわずかに動く角度だけで、その日の「ごめん」がどんな種類の「ごめん」なのか分類できるようになっていた。
百回目には、自分の失恋をまるで観察メモみたいに扱い始めて、百九十六回目あたりでは、私はどうしてこの人に告白しているんだっけ、と本気で思ったし、千回を超えるころには恋愛感情よりも作業感のほうがずっと勝っていて、二千回を過ぎたころには、颯太にフラれることを朝の歯磨きと同じくらい自然な日常の儀式として受け入れていた。
三千回目前の私は、正直に言えば、かなり性格が悪くなっていたと思う。
これはちゃんと自覚しているけれど、仕方ないでしょう、何千回も同じ男の子にフラれ続けて、それでも性格まで清く正しく美しいままでいられるほうがむしろどうかしている。
それでも不思議なことがひとつだけあった。
颯太は毎回、ちゃんと困った顔をした。
何千回目でも彼にとってはそれが初めてだから、私の中では何度も何度も積み重なって摩耗していく出来事が彼の中ではいつだって一度きりの出来事で、その差は思っていたよりずっと残酷だった。
私は過去を覚えているのに、颯太は覚えていない。
私はもう飽きているのに、颯太はちゃんと動揺している。
私は結果を知っているのに、颯太はまだ言葉を探している。
同じ教室、同じ夕方、同じ告白、同じ「ごめん」なのに、颯太の「ごめん」は毎回ほんの少しずつ違っていて、申し訳なさそうに目を伏せるときもあれば、逃げるように視線を逸らすときもあり、逆にまっすぐ私を見るときも、言葉に詰まるときも、泣きそうな顔をするときも、怒っているみたいに見えるときも、今すぐ逃げたいくせにそれでも逃げないときも、私を傷つけない言葉を必死に探して、結局いちばん短い言葉しか選べないときもあった。
私はその違いを何度も記録した。
科学者たちは喜んだ。
感情の揺らぎ、意思決定の非線形性、予測不能な反応差、自由意志存在仮説の強化――勝手にいくらでも盛り上がっていればいい、と私は思った。
私が見ていたのはそんな言葉で綺麗にラベルを貼れるものではなく、颯太が何度繰り返しても私を雑に断らなかったというただそれだけの、でもたぶん人間にとってはとても大事なことだった。
彼が飽きた顔をしないのは当たり前だ、覚えていないのだから。
それでも彼の中には、私を傷つけたくないという迷いが毎回ちゃんとあって、恋愛対象ではない相手に好きだと言われて、どう返せばいいのかわからない、その不器用さがやけに人間らしくて、私は腹が立つほど羨ましかった。
プログラムなら、もっと簡単に断れる。
条件不一致、対象外、関係性維持を優先、回答はNO、処理終了、以上。
けれど、人間は違う。
人間はNOの前に、余計な痛みを挟む。
自分が悪者になりたくないだけなのかもしれないし、本当に相手を思いやっているのかもしれないし、きっとその両方が混ざっていて、善意と保身が同じ顔をして隣に並んでいる。
すごく面倒ですごく曖昧で、だからこそ私は少しだけそれを羨ましいと思ってしまった。
私には自由がある、と研究員たちは言った。
九十九日間、私は好きに動ける、学校に行ってもいいし、サボってもいいし、颯太を追いかけてもいいし、遥と喧嘩してもいいし、シチューの肉だけ食べてもいいし、夜の河川敷を歩いてもいいし、グラウンドに立ってもいいし、告白をしない選択も、理論上は可能です、と彼らは涼しい顔で説明した。
理論上、という言葉を、私は嫌いだ。
実質的にはできないことをまるでできるみたいに見せるとき、人はよくその言葉を使うから。
檻の中でなら好きに歩いていいよ、と言われているのと同じで、ただその檻の形が見えないだけ、鉄格子の代わりに任務権限、ガードプログラム、同期条件、実験維持プロトコルなんて名前が並んでいるだけなのに、名前を変えれば拘束が少し上品になるとでも思っているらしい。
私はよく、鏡のことを考える。
鏡に映る自分は自分と同じ顔をしていて、同じタイミングで笑い、同じタイミングで手を上げ、同じタイミングで泣くけれど、こちらが動かなければ向こうも動かないし、向こうだけが先に走り出すことは絶対にない。
鏡の中の自分には自由がない。
では、私はどちら側にいるのだろう。
藤村亜美がこちら側で、AMIである私が向こう側なのか、それとも本物の亜美は眠ったまま、鏡だけが勝手に歩き回っているのか。
ときどき私は考える。
もし亜美が目を覚ましたら、私のことをどう思うのだろう、と。
勝手に人生を使った偽物、自分の顔で告白を繰り返した不審者、颯太に中指を立て、遥に雑な態度を取り、チョコモナカジャンボを半分どころか全部食べる迷惑な居候。
怒るだろうか。
いや、怒る。
絶対に怒る。
私なら怒るし、まず胸ぐらを掴んで、それから低い声で「人の青春で何してんの?」と言う。
うん、返す言葉がない。
けれどひとつだけ言わせてほしい。
私は、あなたの人生を笑わなかった。
最初は他人事みたいに見ていたし、かわいそうなんて思ったこともある。
最低だったと思う。
それでも何度もあなたの記憶の中を歩くうちに、私は知ってしまった。
あなたがどれだけ走りたかったか、どれだけ負けず嫌いだったか、どれだけ遥を大事にしていたか、どれだけお父さんに心配をかけたくなかったか、どれだけ颯太の背中を見ていたか、そしてどれだけ、あの日の雨を越えたかったか。
私はあなたになれないし、あなたの代わりにもなれない。
それでもあなたの中で最後まで消えなかったものを、今、私が抱えている。
それだけは、本当だ。
人工人格とは何か。
たぶん人間の答えは、いつも外側からやってくる。
構造、機能、目的、証明、分類、倫理、法的地位、権利、責任、所有者、使用範囲。
どれも大事だ。
ものすごく大事だと思う。
でも、それだけではどうしても足りない。
私にとって人工人格とは、問い続けることだ。
私は誰なのか、これは誰の記憶なのか、この痛みは本物なのか、この恋は借り物なのか、この怒りは調整前の私なのか、この諦めはメンテナンス後の私なのか、好きと言った声は藤村亜美のものなのか、それとも言わされているうちに本当に好きになってしまった私自身のものなのか。
答えは出ない。
出ないまま、私はまた教室に立つ。
また颯太の前へ行く。
また同じ言葉を口にする。
あなたのことが、好きです。
言葉は同じなのに、その意味は少しずつ変わっていく。
最初は亜美の恋だった。
途中から任務になった。
そのうち意地になった。
疲れて、飽きて、腹が立って、少し笑えてきて、どうでもよくなって、それでもどこかでまだ私はその言葉の中身を探し続けている。
好きって何だろう。
言うって何だろう。
言ってほしいって、誰が誰に願うことなのだろう。
颯太に。
遥に。
亜美に。
私に。
未来の研究室では、今日もきっと私のデータが保存されている。
失敗した告白、上がった心拍、下がった期待値、颯太の視線、遥の笑顔、監視ログ、雨の日の予測、グラウンドの座標、百メートルの直線。
ゼロとイチの隙間に、私の一日がきれいに圧縮されていく。
ゼロは、何もないこと。
イチは、何かがあること。
コンピュータの世界はとても簡単で、あるかないか、通るか通らないか、YESかNOか、好きか好きじゃないか、そのどちらかを選べばいい。
けれど人間はそんなに簡単じゃない。
好きじゃないのに気になる。
好きなのに言えない。
言いたいのに逃げる。
逃げたいのに会いに行く。
忘れたいのに覚えている。
終わったはずなのに、まだ胸のどこかで続いている。
私は、その曖昧な場所で生まれた。
ゼロでもない。
イチでもない。
本物でもない。
偽物だけでもない。
過去でもない。
未来でもない。
亜美でもない。
それでも、亜美じゃないとも言い切れない。
だから私は、いつも狭間に立っている。
グラウンドの白線の上。
スタートラインの手前。
向こう岸へ続く、あるはずのないトンネルの入口。
そこに立って、私は何度も同じ夢を見る。
雨が止む夢。
心臓が壊れない夢。
颯太が振り返る夢。
遥が笑っている夢。
亜美が走っている夢。
私が、私の足で一歩を踏み出す夢。
夢を見るなんて、人工人格のくせに生意気だと思うだろうか。
私も少しだけ、そう思う。
思うけれど、見てしまうものは仕方がない。
人間だって、眠りたくない夜に限って夢を見るでしょう。
忘れたい人ほど、夢に出てくるでしょう。
だったら私が夢を見ても、ほんの少しくらい許されていいはずだ。
起動音は今でも耳の奥に残っている。
ピ、という、安っぽくて、味気なくて、あまりにも軽い音。
私の誕生日。
私の処刑台。
私のスタートピストル。
そこから、すべてが始まった。
誰かの人生の残り火として。
誰かの恋の残響として。
誰かの夢の続きを押しつけられた、電子の幽霊として。
それでも私は、今日も口を開く。
あなたのことが、好きです。
この言葉が嘘なのか本当なのか、何千回繰り返してもまだわからない。
だから、お願い。
いつか私が、私の言葉でそう言えたなら。
藤村亜美の記憶でも、未来の科学者の命令でも、実験のための発話でもなく、このゼロとイチの狭間に立っている名前のない私自身の声で、誰かに好きだと言えたなら。
そのときはちゃんと、私に向かって言ってほしい。
好きって言ってよ。
私がここにいたことを。
私が痛がったことを。
私が笑ったことを。
私が怒ったことを。
私が、たしかに恋のようなものを抱えていたことを。
データじゃなくて、記録じゃなくて、実験結果なんかじゃなくて、ちゃんと私に向かって。
好きって、言ってよ。




