第1話 花の魔法使い①
一面に咲き誇る花々。
優しい風が花びらをなで、甘い香りが花畑に広がり、色とりどりの花びらが舞う。
そんな花畑の中で、一人の魔法使いが眠っていた。
そろそろ起きる時間だよ
そう囁くように、柔らかい風が魔法使いの頬をなでると、ゆっくりと目を開けた――
******
「ん? やっと起きたか、ルルア」
「……もっかい寝ていい?」
「いいわけあるか、起きて朝飯作れよ」
ベッドの上で二度寝しようとする少女から、自慢の爪で布団をはぎ取る黒猫。それでもうずくまって寝ようとする少女の顔面に、黒猫はしっぽで攻撃を開始する。自慢の爪で攻撃しないのは、黒猫の優しさだ。
しっぽによる攻撃を受け続けた少女は、ようやく眠い目をこすりながら起き上がり、両手を天井に向けて大きく伸びをしてベッドから降りた。
彼女の名前はルルア、魔法使いだ。見た目は少女だが、実年齢は――伏せておこう。そして、彼女を叩き起こした黒猫の名前はロク、ルルアの相棒だ。好物はルルアが作るパンケーキ。そんなパンケーキを焼きながら、ルルアはさっきまで見ていた花畑の夢をぼんやりと思い出していた。時々、夢に出てくる美しく優しい花畑――
「はい、パンケーキ出来たよ」
「おぅ……何だ? この花」
「何となくね。オシャレでしょ」
身支度を整えたルルアが、手際よくパンケーキを作ってテーブルに並べると、部屋の中はパンケーキの甘い香りとバターの香りに満たされた。ロクはパンケーキに添えられた花の匂いを嗅いで眉間にシワを寄せると、テーブルから椅子にぴょこんと降りて人間の姿に変わった。黒髪でややクセ毛の長身の男性で、目の色は黒猫の時と同じアメジストみたいな紫色だ。ロクはただの黒猫ではなく、実は人化できる凄い猫なのだ。
黒猫の時は短毛だしクセなどないのだが、人化するとほんのりクセ毛になる。ロク曰く、ストレートよりもカッコいいから――なんだとか。
「ロクは、毎日パンケーキ食べて飽きないの?」
「飽きるわけないだろ。俺はこれ以外朝食と認めない」
「ふ~ん、まぁ、いいけどさ」
「それに、ルルアはこれしか作れないだろ」
「……そんなことは……ない……と思う」
ロクは知っている。以前ルルアが違う料理を作ろうとして、部屋中に真っ黒な炭の塊をいくつも作っていたことを。見なかったことにして、ルルアには黙っている。これもまぁ、ロクの優しさだ。
「今日はどうするんだ? また図書館か?」
「そうだね。昨日全部は読めなかったから」
「でも、そろそろ路銀なくなるぞ?」
「じゃあ、ロクが仕事してきてよ」
「何でだよ、お前も働けよ」
「私は図書館に行くから」
「午前中は仕事、図書館は午後から、はい決定な」
「えー」
「働け」
ルルアとロクは、魔法使いや魔女狩りのことを調べながら旅をしている。なぜ、そんなことを調べているのか――それは、ルルアのことを知るため。
ルルアには、とある日より過去の記憶がない。どうして記憶がなくなってしまったのか、それもわからない。別に過去のことなど知らなくても生きていくことはできる。でも――知りたい。
この世界では、人間達の中ではもう忘れ去られて物語の中だけのこととなってしまったが、遠い昔に魔女狩りというものが行われた歴史がある。
ルルアの記憶がないのは、この魔女狩りが関係しているかもしれない――
そんなわけでルルアとロクは、魔法使いや魔女狩りについて調べながら旅をしているのだ。とはいえ、旅をするには路銀が必要。仕事はしなければならない。
「仕方がないから働こうか」
「しっかり稼げ」
腹が減っては何とやら――ルルアとロクは、山盛りのパンケーキを頬張りながら腹ごしらえをした。パンケーキに添えた花も、いつの間にかロクのお腹の中に納まっていたようだ。
******
「おや、ようやく花を売る気になったのかい?」
「まぁね」
「じゃあ、この花とこの花をもらっていこうかねぇ」
「ありがと」
「枯れないお花はないの?」
「そんな花、あるわけないでしょ」
ルルアが広場で花を売り始めると、いつも花を買いに来るご婦人が顔を出した。ルルアの花は評判が良いようで、花を買いに訪れる人は絶えず、花を売り始めると、いつも広場にはたくさんの人が集まってくる。
「あなたの花を置いとくとね、なんだか家中が癒しの空間に変わるみたいなのよ。不思議よねぇ」
「花には癒しの効果があるからね」
「でもね、他の花じゃあここまで癒されない気がするの」
「気のせいでしょ」
「ねぇ、どこで花を摘んできてるの? 教えてくれない?」
「秘密」
ルルアが売っている花は、魔法で咲かせた花。だから、自然に生えている花よりも癒し効果があるのは事実なのだが、あえて言う必要もないと思っている。商売をする上で、企業秘密も必要だろう。
花を買いにやって来る客の中には、先程のご婦人が言っていた「枯れない花」のように、無理難題を持ちかけてくる客もいる。大抵の場合はサクッと対応できるのだが、中には手ごわい相手もいる。
「やぁ、ルルア。今日も花のような美しさだね」
前髪をかき上げながら、一人の青年がルルアの前に立っていた。そう、彼こそが手ごわい相手のひとりだ。断っても断っても、ルルアを食事に誘ってくる上に、体がむずがゆくなるような台詞を平気で口にするので、ルルアはこの青年が大の苦手だ。いつもならロクが追い返してくれるのだが、今日はあいにく別の仕事をしているため、ルルアが相手をしないといけない。
「…………品切れだよ」
「まだたくさんあるじゃないか!」
「気のせいでしょ」
「そんなわけあるか!……まぁいい。それより、今日は一人なんだね。一緒にランチでもどう?」
「断る」
「さぁ、行こうか」
「……断ったでしょ」
「聞こえないから行くよ」
こんな調子だから本当にたちが悪い。とりあえず、完全スルーで他の客の相手に徹することにした。とはいえ、他の客にとっても迷惑そうではあるが、皆「またやってる」って感じで相手にしないので、そこまで迷惑とは思われていないかもしれない。まぁ、それも可哀想に思えてくるが。
そうこうしているうちに、残る花は鉢植え3鉢となった。ルルアは3鉢とも袋に入れると、いまだにランチがどうのと騒いでいる彼に向かって差し出した。
「ん? 何だいコレ?」
「花だよ」
「それは……見ればわかるが?」
「これで完売だから。値引きして……銀貨3枚ね。ちゃんと植えてね」
「う、うん、わかったよ」
男性は銀貨を3枚取り出してルルアの手に乗せた。ルルアは値引きと言っていたが、定価である。無事、本日の売り上げ目標を達成したルルアは、大きく伸びをするとサクッと片付けを始めた。定価で鉢植えを買わされた男性は、ルルアとのランチを楽しみにニコニコと笑顔を浮かべながら眺めている。
「(まだ帰らないよ……どうしよう?)」
さすがに焦り始めたルルアが片付け終わると――男性の背後に見覚えのある姿が現れた。
「またお前かよ」
「はっ!?……出たな、黒狼!」
「誰が狼だ。ルルア、昼飯行くぞ」
「ナイスタイミングだよ、ロク」
「ルルアは僕とランチに行くんだ!」
「そうなのか?」
「断ったよ」
「だろうな」
歩き出したルルアとロクの後ろから、しつこくついて来る男性。ルルアは大きくため息をつきながら振り返った。
「その花、早く植えてあげないと枯れちゃうよ。あと……5分くらいかな」
「え、そうなのか!? すぐに植えてくるよ!」
慌てて走り去る男性に向けて、ルルアがぼそっと呟いた。
「まぁ、噓だけどね」
嘘は良くないが、この嘘は神様も見逃してくれるだろう。
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