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天使の瑕

 オレの舌先三寸で天使ザリエルの思考を誘導させていく。


「再度問う、天使ザリエル。お前の考える『正義』とはなんだ?」


 ほらザリエルくん、上手に舞ってくれよ。


「せ、正義……? ボ、ボクの思う正義とは……よ、よこしまでないこと、ですっ……!」

「……随分と回りくどい言い方だな」

「うっ……」


 苦し紛れに出たのであろうザリエルの言葉。

 本人もうめき声だかなんだかよくわからない声を上げている。


「それではまるで『長いとは短くないこと』『大きいとは小さくないこと』と言ってるようなものだぞ」

「あぅ……」

「しかも。それを言うなら『不義ふぎでないこと』だ。正義の反対は不義。邪悪の反対は善良だ。要するにお前の言ったことは『赤とは青でないこと』と言ったのと同じだ」

「うっ……うぁ、へ、屁理屈だ……!」


 いっぱいいっぱいな様子ながらも、頑張って言い返してくるザリエルくん。


「そう、屁理屈だ。だが、最初に理屈から外れることを言ったのはお前だ、ザリエル。オレはそのお前の的外れな発言に乗ってやっただけだぞ? だから、お前のその指摘は全くの無意味だ」

「な、ならば逆に問う! お前の思う『正義』とはなんだ!?」


 おっ、会話の主導権を握りに来たか。

 頑張るねぇ、ザリエルくん。

 ただ。

 主導権は渡さないけどね。


「自分が答えられないからといって相手に聞き返すのか? その程度の『正義』しか持ち合わせずにオレを残虐だと語ったのか?」

「ち、ちが……そういうわけじゃ……!」


 オレは突き放すように黙ってザリエルくんを見つめる。


「──っ! そ、そもそもっ! 正義のなにが関係あるんだ、この侵略の話と!」

「関係あるさ。だって、侵略──と決めつけているのはザリエル、お前の正義心からだろう?」

「正義なんて関係なく侵略なんて許されないだろ!」

「それだよ」

「は?」

「そこだよ、オレが言いたかったのは。そもそも王都を制圧するのも世界征服をするのも侵略じゃないんだ。そこの捉え方にオレとお前の間で大きな齟齬そごが生まれてる。そしてその齟齬をなくす重要な因子ファクターが──」


 ザリエルくんがいぶかしげな表情をしてオレの後に続ける。


「正義、ってことか」

「そうだ」

「だから、お前の『正義』を知る必要があった」

「そんなの関係ないだろ」

「いや、あるんだ」

「あるわけないだろ、正義は正義だ」


 オレはザリエルくんを指で指す。


「うっ」


 気圧けおされるザリエルくん。


「正義は正義。つまりお前はこう言いたいわけだ。侵略は正義に反する、と」

「当然だ」

「殺人は正義に反する、と」

「当たり前だろ」

「暴力は正義に反する、と」

「ああ、そうだよ! だからそれがなんだってんだよ!」


 その時、昼寝から目を覚ましたらしいセレアナが欠伸あくびをしながら現れた。


「なぁに? 騒がしいわねぇ」

「ちょうどいい、セレアナに聞いてみよう。セレアナ、お前にとっての『正義』とはなんだ?」

「はぁ? 正義ぃ? そんなこと考えたこともないけど……強いて言うなら『私』、ね」

「は? そんなのが正義になるわけ……」


 異論を挟むザリエルを無視してオレはみんなに聞いて回る。


「ルゥ、キミの思う正義とは?」

「えっと……私と私の周りの人が幸せでいられる状態、でしょうか……」

「リサはどうだ?」

「身分ね。高貴な者のために庶民が存在するのよ。よって身分、血筋こそが正義ね」

「モモ」

「えと……なんだろ? あはは……。あ、まぁ……『力』かな? みんなを守ることの出来る力」

「ヒナギク」

「自分は人生経験が実質まだ数日なんでわかんないっス。あえて言うなら『フィードさん』っス」

「ダイア」

「ハッ! 私にとっての正義とは『我があるじ』そのものです!」

「ソラノ」

「私? えっとね~、正義とは『道理が通ってること』かな? だって私だって道理に沿った範囲内でわがまま言ってるから、許してもらえてるんだもんねー☆」

「ミア」

「え、私ですかっ!? え、えっと、契約、ですかね?ちゃんとお給料を払ってくれるとか、怪我したら保険が効くとか」

「ヤリヤ」

「規則、決まりごとですね。ソラノさんの言っていた『道理』やミアさんの言っていた『契約』もそれに含まれます」


 一体何を聞いてるんだ? という表情のザリエル。

 それを尻目にオレは仕上げに取り掛かる。


「うん、そうだな、あとは……」


 オレは周りを見渡す。

 この長々とした詭弁合戦を仕上げてくれそうな者は……。

 着物の女性──執政集団の1人、九尾狐きゅうびこの尻尾が何か言いたげにピクピクと動いてるのが目に入った。


「九尾狐。キミはどう思う? キミにとっての正義とは?」


 いきなり種族名を当てられた九尾狐は一瞬驚いたような顔を見せた後、落ち着いた様子で話し始めた。


「はい、九尾狐のクナシと申します。私が思うに正義とは──『法』です」


 うん、ここが詭弁の終着駅かな。

 正義とは法である。

 ある意味ひとつの明確な答えだな。

 しかし、こんな考え方は市井しせいの人じゃパッと出てこないと思うんだけど……。

 一体何者なんだこの女性は?


「なぜそう思うんだ?」


 オレは九尾狐の話を聞いてみたくて続きをうながす。


「まず正義とは、個人によって全くそのとらえ方が変わります。よって、個人での正義に定義づけをすることは出来ません。なので『正義とは』と問う場合、それはおのずと集団にとっての正義を指していることになります」

「なるほど。個人的な正義、というのはさっきルゥやモモが言ったようなことだな」

「その通りです」


 だんだんと顔色が青ざめていくザリエルくん。


「で、集団にとっての正義を示すものは法である、と」

「はい。まず生き物が集まると、自然と不文律ふぶんりつのルールが出来ます。それこそが集団にとっての根源的、本質的な正義なのです」

「そして、それを明文化めいぶんかしたものが法である。すなわち『法こそが正義である』と。そういうわけだな?」


 クナシは艶のある金髪をなびかせて軽く頭を下げると「その通りです、皇帝」と満足そうに笑みを浮かべた。

 オレはゆっくりとザリエルに顔を向ける。


「天使ザリエル、今のクナシの話に反論は?」

「……ないです」


 がっくしと肩をうなだれているザリエルくん。

 生真面目な彼は、どうやらこちらの思惑通り見事に思考を誘導されてしまってるようだ。

 そんな彼を見てオレは思う。


 勝ち目が薄くなってきたんだったら自分も議論のテーブルをひっくり返して泥沼の戦いに引きずり込めばいいのに、と。

 でも彼はそうしない。

 なぜなら──生真面目だから。


 そう、オレのように結論ありきで議論を誘導しようとしないから。

 そう、オレのように交渉術で優位に立とうとはしないから。

 そんな不器用で実直で素直なザリエルくんを見てると、なんだか自分が失ってしまったものを全て持っているかのようで、妙な愛おしさすら感じる。


 でも、この討論もそろそろ仕上げさせてもらおうかな。

 さぁ、ザリエル見せてくれ。

 オレに打ち負かされて絶望に打ち震えるその表情を。

 オレの中の勇者ラベルの《邪悪な心》が黒くたける。


「では今一度話を整理しよう。王都を制圧する理由。それは王国上層部が法を犯しているから。つまりは正義に反しているから。これは人間を見守る役目のキミから見てどうだ、ザリエル?」

「そ、そうだけど……実害は……実害はまだ出てない……! まだ、これから人間が正義に揺れ戻る可能性も……」


 土壇場で踏ん張るザリエルくん。

 だが、悪いな。

 オレは、もうそろそろこの問答も終わりにしたいんだ。


「それは、お前の上司である《主天使》には報告済みなのか?」

「──っ!」


 スキル【博識】で得た天使の肩書きと役割りの知識。

 それを使って一気に詰める。


「大体、人間を悪魔の誘惑から守る《権天使》はなにをしている? ここまで悪魔に入り込まれてるなんて天使の職務怠慢以外のなにものでもないのでは?」

「そ、それはボクが報告をしてないから……」

「なぜ報告をしない?」

「だから色々あってって言ってるだろ……」

「色々とは? 何か報告出来ない理由でもあるのか?」

「あう……そんなの……そんなの、は………別に……」

「別に? まさか人類の導き手たる天使が嘘はつかないよな?」

「あ、あぅ……」


 オレは一度ゆっくりと息を吐くと、いつくしみを込めて優しくザリエルに声をかける。


「なぁ、悪いようにはしないから言ってみろ? 解決できることならオレが力になってやるから」


 オレはスキルで無理やり言わせることも出来るんだぞ。

 そうザリエルに言うことも出来るが、敢えて言わない。

 空気でそう匂わせるだけだ。

 真面目なザリエルくんなら察してくれるはず。


 にっこりと微笑みを浮かべながらオレはそんな事を考える。


「はぁ……」


 ため息をひとつ吐くと、ザリエルくんはうらめしそうな目で

オレをじとりと見つめる。


「絶対に言いふらさないでくださいね……」

「ああ、約束する」

「実はですね、王国の三騎士っているじゃないですか」

「ああ、黒騎士に白銀騎士、そして薔薇騎士だな」

「はい、そのうちの1人薔薇騎士が《権天使》なんですよ」

「……ん?」

「権天使。人間を悪魔の誘惑から守る役目の天使が、逆に悪魔に洗脳されちゃってるんです。あー、言っちゃった! だからこんなの報告できるわけないでしょ!」


 なるほど。

 生真面目天使ザリエルくんには、こういったきずがあったのか。

 こうなれば後はもう簡単だ。


「天使ザリエル、オレたちならその《権天使》を洗脳から解くことが出来ると思うが」


 ザリエルくんは、すがるような涙目でオレの顔を見つめてくる。


「お前はどうしたい?」


 ザリエルくんの口から言葉にならない言葉が漏れてくる。


「……します」

「ん?」


 ぷるぷると握った拳を震わせながらザリエルくんはかすれた声で続けた。


「ぉ……お願いします。力を貸してください……」


 よし、天使ザリエル──堕ちたな。



少しでも「ザリエルくんかわいい」「ザリエルかわいそう」「ザリエルくんザリエルくん」と思った方は↓の★★★★★をスワイプorクリックしていただけると作者がめちゃくちゃ喜びます。

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