怪盗の熱狂的なファン
私は宿に戻ってすぐ、バイト先で聞いた話をルシウスに伝えた。すると彼は少し感心したように言う。
「そうか貴様でも役に立つことがあるのだな」
「貴様でもって何さ!」
「追加情報として怪盗が女好きだということは分かったが、組織の場所は分からないなままだな」
ルシウスの言う通りだ。今日怪盗について話していた客はもう来ないだろうし、別の情報源を見つけるまで待つしかないか……。
「今日のお客さんはもう期待できないから、他に知っているお客さんを待つしかないね」
「別に客ではなく、そこの従業員に聞いてみれば、知ってるやつもいるんじゃないのか?」
確かに。ルシウスのいうことはもっともである。だが、下手に怪盗を探していると知られれば、差支えがある気もする。関係者がいた場合、怪しまれて警戒されるかもしれない。
「でももし関係者だったら、警戒されるじゃない?」
「別に、ファンとでも言えばいいじゃないか」
そうだ。怪盗は民衆の支持を得ている。怪盗を支持する組織だってあるんだから、ファンと言ってもおかしくはない。彼に会いたくて情報を集めているとでも言えば、聞きまわってもそこまで怪しまれないだろう。
「ファンね! ルシウス天才じゃん!」
「フン。お前が愚かなだけだ」
「も~すぐ悪態をつく! まぁ、従業員本人が知らなくても、怪盗の事をよく知った客を接客してるかもしれないしね。運が良ければ、話が聞けるかも! 明日もバイト入れてるから聞いてみるね」
私は期待を胸にふくらませ、明日も何か情報が得られるように願う。そして、ふとルシウスの脇腹を突くように疑問をぶつけた。
「で、ルシウス君は今何してるの? 私だけ働いてないですか?」
「馬鹿を言うな、愚か者」
彼は腕を組みなおす。
「俺は被害にあった貴族に会いに行っているんだ」
「そっか。バラバラの方が沢山情報を集められるもんね」
「それに俺は貴族相手の方がやりやすいしな」
私はふと湧いた疑問をルシウスにぶつける。
「でも、怪盗ショコラって10年前から活動してるんでしょ? 被害者も多いんじゃない?」
「直近のものだけ調べている。10年前と言うが、奴はこの国でずっと活動していたわけではない。最初の犯行はこの国じゃないしな」
「え? 別の国の人なの?」
「おそらくそうだ。奴が初めて起こした事件はヴォルール国だ。それが点々と国を股にかけ世界の大泥棒と呼ばれるようになったらしい。それがなぜ、怪盗ショコラと呼ばれているのかは知らん。奴がこの国に来たのはここ最近で、約1年前だ」
「へぇ。世界で活躍する怪盗なんだ」
そんなインターナショナルな怪盗なんて捕まえられるのか? いやでも、今日喫茶店で騙されているとか何とか……。
余計なことは考えず、私は私の仕事を全うするだけだと思いなおす。
「じゃあ、私は引き続き街で怪盗と組織の情報を聞き出して、ルシウスは彼の過去の事件から調べるってことだね! 情報が得られなくても怒らないでよ~?」
「走であれば、貴様が無能というだけだな」
「ちょっと! ひどくない!? 私は手伝ってあげてるんだよ?」
「ほう。偉くなったものだな。貴様の衣食住は誰のおかげだと思っている? それに人のモノを勝手になくし、吸血鬼を逃がし」
大変だ。ルシウスの姑如きマシンガントークが始まってしまう。私は急いで降伏の白旗を上げる。
「はいはいはい! 何でもありませーん! 喜んで手伝わせてもらいます! これでも空気を読むのは得意な方だし、今のアルバイトでも指名が着々と増えてるし、すぐにでも情報を掴んできます!」
私の発言に、ルシウスは少し眉を寄せる。
「指名? 貴様の勤務先は喫茶店とか言ってなかったか?」
「あ、あぁ? 喫茶店だけど変なお店とかじゃないよ! お酒とか飲むわけじゃないし、別にホストやってるってわけでもないよ!」
「ホスト? なんだそれは」
あぁ、こっちの世界ではないんだ。いや、名前が違うのか?
どうやら、ルシウスはその言葉を知らないらしい。何でもないと笑ってごまかす私に、ルシウスは唐突に切り返す。
「そういえばお前は異世界から来たとか嘯いていたな」
「いや嘯いてはないです。事実なんです。それがどうしました?」
「どうしてこの世界に来たんだ」
そういえば此方に来て、ルシウスに自分の事をほとんど話していなかった。それに、ルシウスも聞かなかったし。よくよく考えたら、お互いの事をほとんど知らずに一緒に暮らしているとか、おかしくない? うーんうーんと唸っていると、ルシウスに「聞いているのか」と怒られ、私は慌てて此方の世界に来るまでの簡単な生い立ちと、この世界に転移することになった光る本の話をした。
「ふむ。何処までが本当の話かは不明だが、仮に全て事実だとすると、貴様はこの世界に何をしたいのだ? 帰る方法を探すのか?」
「全部事実だけど、普通の発想だとそうなるよね。っていうか、ちゃんと話を聞いてた? 私は元の世界に未練もないし、帰る気なんてありません! 私はこっちでわんにゃんハートフルを満喫するまで、絶対に死ねん!!」
「なんなんだ……お前は」
ルシウスは心底ため息をつく。今まで幾度となくその姿を見たが、その中でも一番大きなため息かもしれない。
「その、よくわからないが、わんにゃんハートフルとやらは叶いそうなのか?」
「今のところ全く…。理想のにゃんには会えて告白したけど、笑顔で拒否されたから……。私を癒してくれるわんにゃんを探さねばならないと考えております」
「獣人など、そこら中にいるだろう。頭を下げればお前のわんにゃん?ハートフルに応えてくれるのではないか?」
ルシウス君。君はわかっていない。たしかに、動物は全て愛すべき対象だよ? かっこ可愛いの限定。でもその中でも私にだって好みはあるわけだ。わかるかい? ルシウス君。
「いいえ! 私にも好みがあるのです! 確かに、全ての愛くるしい動物を愛していますが、人生を捧げてもいいと思える、そんな相手に出会いたいのです!」
「結婚は嫌だと言っていたのに、動物には一生を捧げたいと。フン。動物と結婚すればいいじゃないか」
「それは相手がアイツだったから! それに、動物とは結婚できないですよ?」
「獣人が……。いや、もういい。貴様と話していると頭が痛くなってくる」
「左様ですか? この件に関しては、私はもっとお話ししたいですが」
「俺は疲れた。お前も早く寝ろ」
「おやおや。残念」
ルシウスに話を切り上げられ、私はソファに横たわる。自分の好きな話をして気分が良かった私はしっかりと睡眠をとり、職場である喫茶店に元気よく向かって行った。
あれ? 私の話はしたけど、ルシウスの事は未だ良く知らないや。ま、いっか。思い出した時にでも聞こう。
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「今日、オスカー先輩休みなんですか?」
「あぁ、前から休みを取っていたみたいでね」
「そうでしたか……」
一番話しやすいオスカー先輩が今日はお休みだが、私は一人いつも通りに接客をする。ルシウスのアドバイス通りにファンのフリをして、休憩時間に従業員仲間に怪盗ショコラの事を知っている人はいないか探す。しかし、めぼしい情報を持つ人はおらず、知っていると言っても私が既に知っているような内容ばかりだった。今日は収穫なしだなと思い、諦めて備品を補充していると、マスターが声をかけてきた。どうやら、私が怪盗の事について聞いて回っていることを知ったようだった。
「お疲れ様、葵君。怪盗ショコラについて聞いて回っているんだって?」
頭に手を当てて、少し照れたようにマスターに答える。
「あ、マスター。お疲れ様です。そうなんです。ここ最近彼の存在を知って、気になって仕方なくて」
「そうなんだ。常連客の一人に怪盗ショコラの熱狂的なファンがいてね。いつも夜に来るんだが、紹介しようか?」
「本当ですか!?」
マスターからの思わぬ嬉しい提案に二つ返事で飛びつく。アルバイトはいつも日中で終えているが、今日は夜まで働いてもいいかとマスターに聞いて了承を得た。夜まで働いていると、マスターが話していた常連客がやってきて、マスターが彼に声をかける。
「いらっしゃい」
「やっほー。また来ちゃった」
華奢な体格で愛想よくニコニコと笑う男性だ。マスターは彼に私を紹介する。
「うちの新人が怪盗ショコラに興味深々みたいでね、話が聞きたいみたいなんだ。良かったら、彼に話してあげてくれないかな?」
「お! いいよいいよ!」
マスターに連れられた私を見た彼は、ニコリと笑う。
「私葵って言います。よろしくお願いします」
「自分はヒバリ言います。よろしくなぁ」
マスターに紹介してもらったヒバリはとても気のいい人のようだ。3人で軽く雑談をしていても、彼は此方を楽しませるように言葉を選んで話している。まるで、此方がサービスを受けていると勘違いしてしまうようだ。マスターがお茶を用意し、ヒバリさんに尋ねる。
「今日はどうする?」
「いつもので」
「了解。じゃあ、俺は席を外すから、二人でごゆっくり」
「はい。ありがとうございます」
マスターは店の奥へと姿を消す。
「葵さんは初めて見る顔やねー」
「あ、最近入ったんです。それに昼間しか入らないので」
「なるほどねえ。自分は逆に夜しかこないから、見たことないわけか」
「マスターとは仲いいんですか?」
「ん? そーねぇ、1年間前からの付き合い」
「へぇ」
ヒバリさんは紅茶を一飲みし終えたのを見て、話を切り出す。
「早速なんですが、怪盗ショコラについて聞いてもいいですか?」
「ええよ。熱心やねえ」
ヒバリさんはくすくすと笑う。
「マスターからヒバリさんは怪盗ショコラの熱狂的ファンと聞きました。彼は10年前から活動してるって聞いたんですが、ヒバリさんはいつからファンになったんですか?」
「熱狂的ファンか……」
その言葉は適切ではなかったのか、彼は少し黙って再び口を開く。
「せやなぁ。活動当初から一応彼の存在は知ってて、ずっと情報を追っていたんやけど、ファンになったんは、とある国で奴さんが姫さんを盗んだん時やな」
「え? 姫さん!? どういうことですか?」
世界の怪盗ショコラはお姫様盗み出すのか!? 半端ないな。
「なんでも、その姫さんはえらいお転婆な娘だったらしくてな、よく城から抜け出して、街の住人と交流しとったんや。そこで、とある靴屋の見習いに一目ぼれしたってな、王様に結婚させてくれって頼み込んだけど、許しが出んかったんや。そこで、丁度その国に滞在していた怪盗ショコラに、自分を盗んでくれって頼み込んだらしい」
「自分から頼んだんですか」
「約束通り願いを聞き届けた怪盗ショコラが、姫さんと見習いさんを一緒に連れて、他国へ逃亡したって話や。その話聞いてから、自分は奴さんのファンになったちゅうわけや。かっこええなぁ思うてな」
「へぇ」
「まぁ元々、義賊的な活動してて印象は良かったけどな。まぁ、奴さんはその姫さんの国から手配書出されてて、賞金首になっとるんやけどな」
「それはそうでしょうねぇ」
「でもまぁ、躍起になって追いかけてんのは、その国の偉い人らと被害に会ったやつらだけやろな」
「そう言えば最近、この国で活動してるんですよね?」
「そうそう。結構長くいるんよなぁ」
「先週のとある貴族のパーティーにも出没したとか、聞きました」
「あぁ、例のパーティーやな。あそこの男爵は最近悪儲けしとるって噂やったからな」
「それは知りませんでした。一体何を盗んだんでしょう?」
「普通に金品を盗んだって聞いたわ。それをいつも通りに食料に変えて、貧困の人達に配ってたみたいやな」
「絵に描いたようないい人ですね。女性好きって聞いたんですが本当ですか?」
「それは間違いないよ」
彼の即答に少し笑ってしまう。そして、私は少し小声で話し始める。
「ヒバリさん、この国にその怪盗ショコラを支持している組織があるって聞いたんですけど、知っていますか?」
「あぁ。あの怪しげな組織か」
ビンゴ! 彼はどうやら組織を知っているらしい。だが、怪しげとは一体。
「怪しげ?」
「何やら怪盗の手助けしとる言うとるけど、貧しい人々に分けてる分を、自分達でせしめてるって話や。その話聞いて、自分も奴さんに教えてやりたいんやけど、接触できなくて困っとるんや。自分らのヒーローが騙されとるなんか見てられんやろ?」
「そうなんですね。ちなみに、その組織の場所はわかりますか?」
「あぁ、わかる。でもどうしてそんなこと聞くん?」
彼の言葉にギクリとする。怪盗のファンを公言している彼に、捕まえたいと思っているなんてとてもじゃないが伝えられない。それを知ってか知らずか、彼は私を不思議そうに、でも柔らかい表情で此方を見ている。
「私も彼のファンになってしまったんで、一度でいいから会ってみたいなーなんて思いまして。騙されているとはいえ、彼はその組織の人は接触してるみたいですし、会えるなら潜入でもしようかなと」
終始笑っていたヒバリさんの顔が少し固まり、吹き出すように笑いだす。
「あはは。潜入て。君すごいこと言うな?」
しばらくツボに入った様に笑っていたヒバリさんが、私に言う。
「でも、そっかぁ。自分も是非ともショコラと会ってみたいと思うとったんや。なぁ、潜入は無理だけど、一緒にその組織の近くで見張ってみいひんか?」
「え?」
場所さえ教えてもらえばいいと思っていた私は、ヒバリさんの提案に少したじろぐ。
「奴さん女好きやから、女の恰好をしたら、もしかしたら怪盗が現れるかもしれんよ?」
「たしかに女性好きでしたね。ヒバリさん女装グッズとか持ってるんですか?」
「あはは。ないよ。自分はそんな趣味ないもん。君が女装するんだよ」
「え?」
「ウィッグを被って、化粧をして、服装を被れば君ならいけると思うんやけど。怪盗に会いたいんやろ?」
「まぁ。ヒバリさんは女装しないんですか?」
「わしは止めとくよ」
「ええ! なんかずるくないですか?」
「ずるくないよう。自分は組織の場所を知ってて、君が女装をしておびき出す。イーブンやろ?」
「むむ。わかりました」
元々女なので、女装と言われると違和感があるが、その恰好にそこまで抵抗はない。どちらかと言うと昔からボーイッシュな格好を好んではいたが、スカートをはかなかったわけではないから。
「お互いに準備があるやろし、3日後に決行ちゅうことでええか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、3日後にまたここで会おうか」
「わかりました」
私とヒバリさんは3日後の約束を取り付けた。
【簡単なあらすじ】
迷惑な客から知り得た情報をルシウスに伝える葵。ルシウスのアドバイスにより、情報収集の対象を従業員も含めると、怪盗ショコラの熱狂的なファンというヒバリに出会う。
【登場人物】
・葵
本作主人公。日中身体が男に変わるが、一応女の子。
・ルシウス
王国騎士。女性アレルギー持ち。
・ヒバリ
終始ケラケラ笑ってる。怪盗の熱狂的なファン。