36話 アイの少女
「じゃあ、紹介するね!」
そう言って現れたのは——いや、取り出したのはタブレットだった。
その中には、ピンク色の長髪の少女がいた。見た目の年齢は私と同じかそれよりも上だろうか?
「はじめまして」
「んん?」
彼女の声は人間の声としてであれば少し聞いただけで違和感を覚えるものだった。機械的で、声の抑揚もほとんどない。
だが、私は似たような声を何度も聞いたことがある。
「彼女は人工知能か何かですか?」
「よく分かったね。そうだよ。私達の研究で完成した超最先端で最新の人工知能さ! まだ声に違和感はあると思うけど、自分で学習してそのうち人間と区別がつかないくらいになるよ」
新しい仲間が人工知能だというのは想定外だった。元の世界よりも進んだこの世界であれば可能なのかもしれないが——いや、沙月さんの力もなければ無理だろう。
「人工知能に関しては私の専門外だから、制作自体にはほとんど関わってないけどね。計画とか意見を言ったくらいだし。あ、でも最初に考えて言い出したのは私だからね? 色々こだわりも——」
沙月さんは少し誇らしげにそう語った。
何やらこだわりもあるようだが、長かったので割愛する。要約すると「カッコいい上に可愛くしたつもりです」と言いたいのだろう。
「それで、名前を付けてほしいの! 光ちゃんならいい名前が付けられるでしょ? 私がつけようとしたら、渚とセバスに『やめておけ』って……」
ネーミングセンスはやはりお察しのレベルなのだろう。仕方がない。
そうだな……人工知能に名前をつけるといえば、すぐに思いつくのはあれしかない。
「……アイ、とかどうです? 人工知能はえい——っと、古代語でも言い方があって、それを略してAIって言います。読み方を変えるとアイって読むんですけど、どうです? 漢字にするかとか、色々あると思いますけど読み方はとりあえずそれで——」
「採用」
「異論ありません」
沙月さんと人工知能の2人から即答された。安直過ぎた気もするが、異論がないのであればこれでもいいだろう。
「これからアイを名乗らせていただきます。これからよろしくお願い致します、お母様」
「……ん?」
沈黙が流れる。今、なんて言った? お母様? 誰のことだ? 沙月さんか?
だが、既に会っている沙月さんに「これからよろしくお願い致します」は変だ。その上、沙月さんも困惑している。
「……失礼しました、神谷光お母様。こう申し上げればお分かりいただけるでしょうか?」
「あ、私!?」
お母様というのは私のことだった。嘘だろ。私がお母様? 何故?
……あ、名付け親だから? それで、「お母様」?
「ってか、何故私の名前を? 自己紹介したっけ?」
「群青隊の皆様のお顔とお名前、その他様々な情報を全員把握しております」
流石、人工知能。ちゃんと判別できているのか。
……写真とか撮られた覚えはないんだけど、いつ私の顔の情報を取ったのだろうか。
「あ、あの……お母様と呼ばれると非常に困るのですが。どちらかというと沙月さんの方が『お母様』では?」
「私を生み出すという計画の発案者の1人ではありますが、その内容にほとんどは私という人工知能への大まかな理想と望みを述べただけです。生み出してはいません。製作に関わった人間も多すぎるため、名付け親である貴方様を親と判断いたします」
「……別の呼び方でお願い致します」
流石に「お母様」は変だ。他の人が聞いたらどう思うだろうか。
それに、自分が彼女を作ったり育てたりしたのであればまだしも、名前を付けただけだ。
「では、ご主人様は如何でしょうか」
「それもどちらかというと沙月さんへの呼び方では? 『お母様』に比べたらマシだけど」
沙月さんも『ご主人様』というよりは『お嬢様』だが、社長なのでそう呼ばれることもありそうだ。
「名前じゃダメなのか?」
「それな」
景の発言は的を射ていた。別に何か特別な呼び方にこだわる必要はない。
敬称で呼びたいのであれば「様」を付けるだけでも良いはずだ。
「私のお母様ですので、何か特別な敬意を示す必要があると思います」
「いや、別に貴方のお母様じゃないし、敬意も必要ないんだけどな……」
だが、相手も譲歩する気はないらしい。画面越しのその表情は一切変わらず、こちらを真っ直ぐ見つめている。
彼女のこだわりのようなものがプログラムされているせいなのだろうか。その辺りは分からないが、これはこちらが折れないと一生「お母様」呼びされそうだ。
「あー、分かった。じゃあ、せめて『マスター』にして。これならまだ堅苦しく感じなくていいから」
「……『マスター』という言葉を検索しましたが、見つけられませんでした。どういう意味でしょうか」
ああ、そりゃそうか。調べても分からないか。
英語などはこちちらの世界では古代語扱いされている。まだ意味も解明されていないから、検索しても出てくるはずがないか。
「色々意味はあるんだけど……この場合、やっぱり『主人』っていう意味があるから、ご主人様の古代語版みたいな?」
「それでしたら、問題ありません。これからよろしくお願い致します、マスター」
マスターで通ってよかった。……マスターって呼ばせると元の世界の色んなことを思い出すが、ひとまず考えないようにしよう。だってこれしか思いつかなかったんだし。
そんなことを考えていると、不服そうな人が1人、その理由はすぐに察した。
「あのー……私には……?」
直接的ではないが開発者の1人なのに、私だけが特別な呼び方で不服そうな沙月さん。だが、アイは表情を変えなかった。
「特にありません」
アイはそう返した。沙月さんはショックからか少しフラついた。そして、机に手をついて苦笑いをした。
「そ、そんなバナナ……l
「意味が分かりません。『そんなバカな』の言い間違いでしょうか」
人工知能にギャグは通じなかったようだ。そして、そんなアイの冷静な返しは沙月さんに更なるショックを与えたらしい。沙月さんは崩れ落ち、膝をついて落ち込んでいる。
……なんというか、少し沙月さんに同情した。ご愁傷様です。
「まあまあ、沙月さんは社長だし、何か敬称があっても良いんじゃない? 沙月さんの発案だけではなく、資金力と会社の社員がいないとアイも生まれてない。だから、そういう面でも沙月さんはある意味お母さんなんじゃないかな」
「……そうですね。マスターの意見に賛成します。では、ご主人様と呼ばせていただきます」
私の発言を受けて「お母様」と呼ぶかと思っていたが、「ご主人様」の方だった。
だが、沙月さんはそういったことは特に気にする様子もなかった。ガッツポーズをして、喜んでいた。
「……これでいいのか?」
「……いいんじゃない?」
もはや、どうでも良くなっていた。なるようになるだろう。




