35話 やはり怪盗はつかみどころがない
次の日。私は群青隊の基地のリビングでくつろいでいた。机の上にあったお菓子を片手にリモコンを操作し、適当にテレビの番組を漁る。お昼時だからか、ニュースが多い。
「あ、ちょっと待って」
私の後ろから現れて、私のリモコンの操作を止めたのはソフィアだった。画面にはニュース番組が表示されていた。顔こそ隠れているが、見覚えのある姿だった。
「あいつもやってるなあ」
画面の中の怪盗を見て、そう言った。どうやら、あの怪盗の犯行はまだ続いているようだった。
「お前ならこいつの目的が分かるんじゃないか?」
私の横にいる景がそう訊いた。私もそれは思っていた。ソフィアは何か分かっていそうなことを言っていた覚えがある。
「確証はないわ。のらりくらりとした奴で、本性がまるで掴めないもの。推測程度なら話せるけど」
そう言うと、ソフィアはソファーを飛び越えた。そして机の上にあるお菓子を手に取り、口にした。
あまりにも軽々と飛び越えたので、呆然としてしまった。……この世界の人の身体能力って、どうなってるんだよ。
「あいつは満足感を得るため、あいつが思う『美しいもののため』に行動する」
ざっくりとしすぎているが、怪盗らしい思考ではある。
美しいもののため——分かりやすい物で言えば、宝石。そしてそれは“物”に限らない。
「……というのが表向きの思考」
「あれっ」
途中まで良い感じに考察したつもりだったが、まさかの表向き。拍子抜けしてしまった。
「本当の思考は、と言われてもそれを悟らせないのがあいつなのよ。というか、それすら悟らせない。あいつの手下も、あいつの本性なんてものがあることすら気付いてないわ」
そう言うとソフィアはソファーの上で胡座をかいて、手に持っていた煎餅を噛み砕くようにして食べた。
——ソフィアの言う通りなら、1つ気になることがある。
「そういうお前は何故あいつの本性に気が付いた」
私が言いたかったことを先に景に言われてしまった。
……気のせいだろうか。私が言いたかったことは私よりも先に景に言われている気がする。
「どうも胡散臭いのよね。あいつは人を惹きつける力っぽいのを元から持ってると感じてるんだけども。私に言わせれば、笑顔が胡散臭い。んで、探りを入れたら案の定よ。“あいつ”と2人だけで会話してる時——本性を知った、ってわけ」
予想はしていたが、カリスマ持ちか。そしてこの言い方。恐らく、本性はとんでもないものか?
確かにあの怪盗にあののらりくらりとした感じ——あり得る。アニメとかでは良くあるような性格だ。
「その“あいつ”は、例のS級か?」
「そうよ。バレたと感じて逃げたから会話はあまり聞けなかったんだけど……後で会った時のあいつの笑顔。いつも微笑んでるけど、あの時ほどあいつの笑顔に恐怖を感じたわ。何も追及はしてこない。私を監視することもない。ただ、その笑顔であいつの本性を確信したわ。まあ、結局は女の勘ってやつ?」
想像はついた。典型的なヤバい奴だ。傍目には良い人に見えるけど、実際のところはとんでもない本性とか秘密を隠してるやつだ。
そんな奴を相手に戦う? ……とんでもなく難しいことだ。そういう奴は決まって切れ者だ。罠にかかり、出し抜かれる可能性が高い。
その上、そいつの後ろにはS級。こっちにもS級は2人いるが、1人——私は超能力を無効化すること以外の戦闘能力は皆無に等しく、もう1人——景は私なしでは力の制御ができない。景の超能力抜きでの身体能力は私よりも遥かに上だと思われるが、私がいては足手纏いは確定だ。
つまり、頭脳面だけでなく、戦闘面でも不利だ。
「相手が悪すぎる。初っ端からこんな奴が相手とか……マジ?」
「絶対零度を倒したあんたならいけるでしょ」
「いや、だから倒してないし。無理。S級なのに後方支援しかできません」
そもそも、私がS級だと判断されたこと自体がおかしいのだ。他のS級がやったことに比べれば私のやったことは大したことはない。というか、そもそも他のS級がヤバすぎるのだ。その上、私のやったことは「善」だ。沙月さんが見た未来では、このままだと世界は大変なことになっていた。……ああ、それを知らないからそうなるのか? それだとしても、変だ。
何がどうなればそうなるんだ、とこれ以上自問自答しても答えはでない。知っているのはS級だと判断する人——大方、世界のお偉いさんのうちの誰かだけだろう。
「せめて奴らの情報はないのか?」
「1つ挙げるなら怪盗は変装の超能力。自分だけでなく、他人の見た目も変えられるわ。S級の方は……言ったと思うけど、念力」
変装、という言葉にハッとした。私にはその覚えがある。
「変装ってことは見た目を変える、ってこと?」
「細かいことを言うと、声もね」
表面的な魔女騒動の——魔女の見た目の奴が発生しているのは怪盗の仕業に違いない。私達が初めて魔女騒動に遭遇して、魔女に私が触れた瞬間、人間に戻ったのを覚えている。その後、初めて怪盗に会った。
現場を見届けているのか? そうであれば、次の魔女騒動の場所を把握することができれば、捕まえることも可能だ。
「予告状とか、出してない?」
怪盗であればお決まりの予告状。それがあれば、特定も容易い。
「あー、1回だけ出してたわね。予告状というよりは、日付も場所も何も書いてないから宣戦布告っぽく感じたのは覚えてるけど。捕獲——ああ、超能力者対策部隊の方が分かるかしら? そいつに『世界中の美しきお宝を盗ませていただく』とか何とか。長くて忘れたわ」
まさかの、1回だけ。しかも、日付や場所の情報はなし。
「未来視の奴なら、場所の特定も可能だろう?」
「いや、無理だと思う。沙月さんが見るのは『未来に起こる可能性のある風景』だけだと思う。実際、マイヤの時も私が光を出さないと居場所が分からなかった。前回は大都市で分かる景色だったから良かったけど、座標は分からないから全く知らない場所になったらすぐには特定できないと思う」
その上、沙月さんは科学以外の知識は乏しい。地理なんて、全く分からないだろう。代わりに私達が調べようにも、語彙力も絵心がない可能性もある。更に特定が難航するだろう。
こうなったら、目的のお宝とやらがどんなものか知る必要がある。そこから、推測して捕まえられるはずだ。
「場所を特定するための、肝心の目的のお宝が何か、さっぱり分からん!」
問題はそれだ。その肝心のお宝が何か、見当もつかない。今ある情報から「美しいお宝」「オタククッズ」が推測できるが——「美しいお宝」というのが抽象的すぎる。実質、「オタクグッズ」であるということしか分からない。しかも、それだけではないだろう。グッズだけが目的なのであれば、駅前にいた演説者を襲う必要はない。
そして、今の情報だけから世界中から特定する? 無謀だ。
「——思い当たる節があります」
「うわ、ビックリした!」
後ろから唐突に、足音や気配もなく誰かの声がした。意外な人物だが、この時点で誰かはお察しだ。
「え、佐藤ちゃん?」
振り向くと、彼女の顔はとても真剣だった。その表情だけで、こっちが気圧されそうなほどだ。
「少なくとも、現状の皆さんよりは推測できます。ですが、世界中となると全てを特定するのに時間がかかってしまいます。それに日付までは……沙月さんの力があればその点はどうにかできるかもしれませんが……」
ああ、やはりそこか。結局、そこで行き詰まってしまう。場所が全て分かるのにも時間がかかる上に、場所と日付を一致させることにも時間がかかってしまう。その間に被害はどんどん拡大していくだろう。
「お困りのようだねっ!」
轟音を響かせながら、扉が開いた。驚いて、反射的にそちらを見る、息を切らした沙月さんが膝をついていた。何が何だか理解できず、呆然としていると沙月さんが立ち上がり、腕を組んだ。
「遂に、遂にっ……! 予定より早くっ……!」
「早く言え」
1人で感動している沙月さんに、景はそう言い捨てた。だが、そんな言葉にも沙月さんは屈することはなかった。そして、にこやかにこい言った。
「前に言っていた新入り、来るよっ!」
「……え?」
そんなこと言ってたっけ? と誰もが自分の記憶を探りながら、その言葉に呆気に取られたのであった。




