34話 ステーキのお味は?
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「よし、私の用事は終わったよ。次は景の番だ。訊きたいことは?」
「俺が原因でこれまでにどれだけの被害が出ている」
間髪入れずに景はそう言った。それを聞いた沙月さんは戸惑った表情を見せた。私だってそうなるだろう。
悪気がなかったとはいえ、その被害の全貌は果てしないだろう。それを当事者に話してよいものなのか。私にも分からない。
「……変わるね」
そう言うと、沙月さんの雰囲気が変わった。もう1人の人格の方の沙月さんだ。
そして、景の目をまっすぐに見た。
「いいだろう。まだ全貌は分かっていないが、現時点で死者は7万人。怪我人も含めたら15万人。これからもっと大勢出てくる」
私が記事を見た時よりも死者数が増えている。このペースであれば、死者数がもう1桁上になるのは間違いないだろう。
「それでも魔女よりはマシだ。あっちは桁違いだ」
「い、一体どれくらいの被害が……?」
恐る恐る、沙月さんにそう訊いた。そして、ため息をついた。どことなく、嫌そうな顔だった。
「行方不明者が約1億人」
「……」
絶句した。確かに、国一つが滅んだのだからそうだろう。だが、実際にその数字を聞くととんでもないことだと改めて実感した。人口だけで言えば、日本が滅んだようなものだ。
「あれ、それ行方不明者だったの? 死者数じゃなくて?」
ソフィアがそう訊いた。言われてみればそうだが、察しはついた。
「遺体がない」
「あー、なるほどね。跡形もなく消えてたしね」
ソフィアはあっさりと笑いながらそう言った。そして、何気ない顔で食事を続ける。
私は何も言えなかった。これが彼女にとっての普通だから。
「んで、そこの大量殺人犯はこれからどうする気?」
そう言って、ソフィアは右手に持っていたフォークで景を指す。誰も言い返すことはできなかった。その上、あまりに唐突な問いだからか、景は答えられない。
「私の経験とあんたの表情からして、あれは暴走でしょ。しかも、分隊長がずっと一緒ってことは未だに力の制御もできない。でも、あんたは今現在、少なくとも7万人を殺した大量殺人犯。そんなやつがこれからどうやって生きるっていうのさ」
誰もが食事を止める中、ソフィアは喋りながら1人食べ続けている。
ソフィアの言うことは全て事実だ。景の罪は重い。到底、許されることではないのは私も承知している。でも、被害者から責められたら——
「まあ、私も人のこと言えた義理じゃないけどさ。人を殺したことはないけど、盗みは散々してるし。うーん、美味い」
そう言いながら、ソフィアはステーキをステーキを一気に頬張った。
「……なら、俺が殺した分だけ救う。命がけで」
「ふーん。ま、頑張りな」
そう言うと、ソフィアは興味をなくしたのだろうか。こちらには目もくれずにステーキを食べ続ける。
私は横にいる景の方をチラッと見た。何とも言えない表情だった。
「あのさ、訊いていい?」
自分の皿の上に乗ったステーキを見ながら、私は景にそう言った。ステーキのタレのいい匂いがする。
「何だ」
「ローマ数字の計算式……あれ、どうやって解いたの? 私でも最初はローマ数字だって気付かなかったし、意味不明だって思ったし。そもそも、ローマ数字を知らないんでしょ?」
あれを知識なしで解くことができるのか? 少なくとも、私がローマ数字への知識は何もなかったならば、解けなかっただろう。あの問題で詰んでいた。
「それまでの問題が1桁の時点で、これも1桁だと察していた。答えからどういう仕組みか理解した」
「え、ってことは答えは出したのに、そこから解き方を……?」
解き方まで調べたのか? それが彼のプライドなのか? 推測から解いただけでは満足しなかったのか?
一体、どれだけの時間がかかったのだろうか。凄すぎて、逆に恐ろしくも感じる。
「2809−1411−1389。それが問題の式で合ってるか?」
「いや、覚えてねえよ。……まあでも、そんな感じだったはず」
あまりの景の記憶力に、そうツッコんだ。だが、恐らく合っている。そんな感じの数字だったはずだ。だから、言い直した。
本当に合っているかは、あの問題をもう1度解いてみなければ断言できない。だが、私が残っている記憶によると、おおよそは合っているはずだ。
「あの問題が解けて、最終問題が解けなかった理由も納得した。あれは無理だ」
ローマ字が知られていない上に、そもそも、ヘボン式ローマ字というもの自体を知らないのだろう。名前読みはできているようだが、音読みは知らないはずだ。
その状態であの問題を解け? 無理だ。例えローマ字を全て知っていて、解こうとして答えの文字が出てきたとしても、この世界の人からすれば意味不明な文字の羅列だ。読むことなんて、不可能だ。
「景のお父さんって、何の仕事してるの? それとも、超能力者?」
そう訊くと、景は考え込んだ。しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「……分からない。俺と両親の間でそんな話はしたことがない」
「……ごめん」
訊くべきではなかったか。景に一言謝って、もう1度考える。
これ以外の可能性はある。私と同じで異世界から来た人だということだ。だが、これでも全ての説明はできない。
景のお父さんからの私宛の手紙——あれが、謎だ。
私の名前などは書かれていないが、内容は私宛で間違いないだろう。間違いなく、赤の他人である誰かがあそこに辿り着くことを想定している。そうなると、何か超能力が関わっているとしか思えない。
「沙月さん、景のご両親との関わりはないですか?」
「——苗字は水瀬、だったか? 私との関係は、特にないはずだが」
少し考え込んだような表情をしてから、沙月さんは答えた。ということは、沙月さんから情報を得たというわけでもないようだ。
未来視と同系統の能力を持っていた……とかか? やはり、それしか思いつかない。でも、相手は既に故人だ。これ以上、知ることは難しいような——
「さっきからなに辛気臭い顔してんの? こういう席では好きなだけ食べるものでしょ。ほら」
ソフィアはそう言うと、私のフォークを取る。そして、自分の皿の上に乗っているステーキにそのフォークを突き刺し、私に渡してくる。
「?」
「何してんの、ほら」
戸惑いつつもそのフォークを手に取り、口にした。少しして、慌ててコップに入った水を全て飲み干した。
「辛っ!」
「あ、ごめん。自分で辛いやつかけてるのを忘れてたわ」
とてつもなく辛かった。水を飲み干しても、まだ口の中がヒリヒリする。
あの辛いステーキを平気で食べているところを見ると、ソフィアは辛いものが好きなのだろうか。
「あー……辛かった」
水がないので、代わりに自分のステーキを頬張り、辛さを和らげた。
私のコップに水がないのを見たウェイターさんが水を入れると、それも一気に飲み干した。
「もう良さそうだね。じゃ、好きなだけ食べようか!」
その言葉を聞いて、私は疲れたのかどうでも良くなって野菜を貪った。
そして、出されたものを全て完食した。もはやある意味、ヤケ食いだった。




