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エレナは自分は恵まれているという自覚があったし、だからこそ驕ってはいけないという自制心もあった


人々はそんなエレナに好感を寄せていたし、エレナ自身も自分を愛してくれる人達に尽くしたいと思っていた


要するに「よくできた子」であったのだ


年齢を疑うほどの知性と自制・自立

たわわな金髪に碧い瞳の一際美しい容姿に洗練された所作

人望も厚く彼女を疎む者など、この国には居ないのではないかと思われた



しかし、穏やかな食卓を囲んだ1週間後

エレナは地下牢に監禁されていた


薄暗い地下牢にいても輝きの褪せない金髪

強い光をもった瞳

手かせがついた手首は擦り切れ、血が乾いて張り付いていた





「・・・」






元凶となったその日の出来事に、エレナはあれからずっと想いを馳せている






この世界では10歳を迎えた年の終わりに、リディア教の洗礼を受けることになっている。

リディアの子として生きることを受け入れ、神からの祝福として元から持つ器に魔力が注がれると信じられていた

洗礼を受けた人は、大なり小なり魔法を扱えるようになるのだ


その年に10歳を迎える子供達は一同に集められ、位の低い平民から順番に洗礼を受ける


例外はあるものの、強い魔力を持つ子は貴族に生まれることが多かったからだ



公国において最大権力者である公爵家はもちろん最後

エレナは洗礼を受けた多くの子ども達やその家族に見守られながら

リディアの聖像の前に膝をついた



「エレナ様、この時を迎えられた事を心から嬉しく思います。」



年老いた大司教が聖典を片手に微笑み、聖水の入った杯を掲げた



「父なる母なる神リディアよ。神に尽くし神を愛する子どもに、祝福を」



これまで何度となく繰り返されたきた誓言

膝まづくエレナの頭に一滴、聖水を落とせば

それで終わる儀式







の、筈だった












─復讐の輪廻にとらわれた哀れな子どもよ─






声、ではない

脳裏に重く、深く響くような音






─哀れな子、我の力では救えぬ魂よ─







その音はエレナだけに聞こえるものではなかった

ざわめく人々






─汝の道行く先にあるのは絶望だけ。しかし、歩みを止めることは許されない─





肌をザラリとした温い風が撫で、鳥肌がたった

血の気が引き、耳がキンと鳴り、目の前が白んでいく






─運命の子に見咎められたばかりに。あぁ、哀れな子よ─






フと重力が戻ってきたかのような体の重みを感じて顔を上げたエレナの目に映るのは

恐怖に恐れ慄いた、これまで感じたことのない視線であった






そこから何があったのかはエレナ自身も理解が及ばなかった


洗礼は中止され、城に戻ったエレナは自室へ戻るよう促されたが

実質、幽閉と変わりなかった


城の状況も分からない

自分に何が起きているのかも分からない


気付いた時には、見知った衛兵に捉えられ

他国の王族の前で膝をつかされていたのだ





「そなたが、エレナか」




透き通るような銀髪に陶器のような肌、藍色の深い瞳の美しい女性王族は

いつもなら父公爵が座る玉座でゆるりと腰を据えている


その隣には、今にも倒れそうなほど真っ青な顔をした父と

茫然自失として焦点すら合わないまま、何とか立っている母がいた

弟達の姿はここにはない



「我はジャンヌ・アン・ランカスター3世。歴史書で名前を聞いたことは?」


「・・・ございます。偉大なるランカスターの王女様」


「我らの国では、王位継承と共にジャンヌの名を賜る決まりでの。幼名は、そなたと同じく「エレナ」であったよ。何という偶然か」


クツクツと笑う女王に、そばに控える臣下が頭を抱えるのが視界の端に映った


「エレナよ。そなた、なぜこの場に呼ばれているか分かっておるのか?」


「・・・申し訳ございません。計りかねております」


正直にエレナが答えると女王は甲高く笑い声を上げた



「なんと!!酌量を求めるのに必死で愛娘に最後の言葉をかける暇もなかったのか!!」



ついに、フラフラと揺れていた母がその場に倒れこんだ



「お母様っ…!」


「哀れよの。酌量など僅かな望みにすがらず、最後の時を家族で過ごせばよかったものを…」


父に抱き留められ、脱力している母は

まるで命を失ってしまったかのように見えた


エレナの手がカタカタと震える


「時に、エレナよ。我が国の逆賊・ヘンリー・アン・ランカスターを知っているか?」


愉快だと言わんばかりに口端を釣り上げて女王は笑う



「存じて…おります…」



嫌な汗がダラダラと肌を滑り落ちてゆく




「なぜ、ヘンリー・アン・ランカスターが謀反を起こしたのか。知っておるか?」




「…存じ、あげません…」





そう答えると、女王は満足そうに両方の口端を釣り上げた








「そうか。では、そなたは死刑じゃ」










考えること放棄してしまった頭のなかに、その言葉だけが何度も何度も響いている







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