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争いのなかに生まれ

争いのなかで傷つき

争いのなかで知った愛を

争いによって失った私は


どうしてこの世界を愛せようか



四肢を切り落とされ

舌を抜かれ

目玉を潰され


ただ蠢くだけの私をそれでも生かし、嘲笑い、辱めた



絶望とは一瞬だ


復讐心とやらも反撃の可能性がなければ生まれることはない



ただ虚無としてこの地獄が終わることだけを願い続けた私を




神はきっと見捨てたのだろう





私は神の子ではなかったのだ











【ヘンリーの秘密の箱には悪魔が棲んでいる】












歴史上に残るヘンリー・アン・ランカスターという人物は、酷く強欲で狡猾で醜悪な人物であったとされている。


ランカスター王朝に謀反を起こし、当時の王家に大きな混乱を招いた。

その理由は定かではないが、謀反が鎮圧された後、寛大なる王家はヘンリー・アン・ランカスター1人を処刑することで、謀反を起こした反乱軍に慈悲を施したのだ。


皇女・ジャンヌ・アン・ランカスターによる慈悲は、後に「聖女の揺りかご」と呼ばれ、多くの民衆の心を掴んだと記録されている。


「どうしたんだい。エレナ」

カスティオン公国の統治者・リドル・カスティオンは、分厚い本とにらめっこしている娘の頭を撫でながら声をかけた。

「お父様」


カスティオン公国を統治する唯一の公爵家・カスティオンの公女エレナは、碧い瞳を本から父親へと向け、一説を指さした。


「ランカスター帝国の歴史について学んでいるのですが、どうしてヘンリー・アン・ランカスターは謀反を起こしたのでしょうか。どの書籍にも、何がきっかけで謀反が起きたのかは書かれていないんです。」


小首を傾げる娘に、父公爵は困ったように笑う。


「そうだね。謀反、つまり反逆の理由というのは、勝者にとって都合が悪いことも珍しくないんだ。だから、意図的に記録を残さなかったのかもしれないな」


彼の娘は非常に利口な娘であった。

学びに貪欲で齢10歳にして、他国の言葉をいくつか履修し、自国の歴史や法律だけでは飽き足らず、最近は周辺諸国の歴史や法律にまで手を出していると家庭教師を務める女伯爵が歓喜していたことを、父公爵は思い出してまた笑う。


「それは、ヘンリー・アン・ランカスターが正しく、ジャンヌ・アン・ランカスターが間違っていたかもしれないということ?」


「可能性がある、というだけの話だよ。記録に残っていない以上、当事者以外に真実は分からないからね」


納得できないのか、娘は眉間を少し寄せて本を閉じた


「たった一人処刑されたヘンリーは、何を思って神の国に渡ったのかしら」



カスティオン公国が国教として信仰しているリディア教において

神は全ての人を神の子として愛し、慈しみ

死後は善悪に問わず御許に呼び、神の国で安らかな時を過ごさせると考えられている



「司教に今度質問をしてごらん。また、エレナはリディア様のお考えを深く理解しようと励んでいると大喜びするよ」


からかうように笑う父公爵は、娘をエスコートして家族が待つ食卓へと向かった




エレナ・カスティオンは奇跡の娘だ


長く子宝に恵まれなかった現カスティオン公爵

そんなカスティオン公爵の元に生まれたのがエレナだった


エレナの母は虚弱体質であり、出産には命の危険もあると言われていた

公爵は妻を深く愛するがあまりなかなか子作りに積極的になれなかったのだ


しかし、いよいよ世継ぎをという世論を押し込めなくなった頃

公爵夫人はある夢を見た


「リディアの子よ─…次の三日月の夜にそなたの胎に宿るのは奇跡の子だ。深く愛せよ、慈しめよ。さすれば、汝には我が祝福を与えよう」


強い光のなかで、そんな声を聞いたと公爵夫人は言う


そうして誕生したのがエレナだ。


エレナを出産後、公爵夫人はみるみる内に健康を取り戻し、その後3人の息子を産んだ

それ以来、予知夢のようなものを見ることはなかったが


「あれはきっとリディア様の声だったのよ」と、今でも教会で感謝の祈りを続けていることを公国民は皆知っている


「姉様。遅いですよ」

エレナの弟、長男ランバートは統治者の資質を持つ子供だ。優れた頭脳と勤勉で実直な性格に、次期公爵として適任と評価されている

「姉様。どうぞこちらに」

「いいえ、姉様。僕の隣に」

次男ストークと三男スチュアートは双子だ

同じ顔でにっこりと笑う二人の間の席に、エレナは腰かけた


「エレナはまた本の虫になっていたの?」

隣に腰掛ける父公爵に妻・マチルダは穏やかに笑った


「いいや、リディア様のお考えに想いを馳せていただけだよ」


「まぁ。また司教が泣いて喜ぶわね。エレナ、食事が終わったら一緒にリディア様に祈りに行きましょう」


「えぇ、お母様」



そこには、愛に満ち満ちた幸せな家族のひと時があった






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