崩し方を真似する
「……昨日の感じで置いたんだが」
男は少し困った顔で立っていた。
工房の作業台の上が、妙に散らかっている。
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散らばっている。
だが――
昨日までの空気と違う。
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ノルが作業台を見る。
「崩しすぎたな」
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ユルンが笑う。
「分からなくなってる」
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オルナが一つ道具を持ち上げる。
「遠い」
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グラドが別の道具を見る。
「重なってる」
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イセラが静かに言う。
「戻れない」
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男は腕を組む。
「昨日はもっと自然だった」
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イルロは少しだけ周囲を見る。
道具の位置。
人の立つ場所。
手の流れ。
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「……“崩れているように見える”のと、
本当に崩れているのは違います」
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男が顔を上げる。
「違うのか」
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ノルが頷く。
「昨日は流れていた」
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オルナが言う。
「今日は止まる」
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グラドが続ける。
「行き先が切れてる」
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男は作業台を見る。
確かに、
どこへ手を伸ばせばいいか迷う。
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子どもが近づいてきて、
一つの道具を少しだけ動かす。
ほんの半歩。
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「……近い」
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ユルンが笑う。
「分かってるな」
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イセラが別の道具を重なりから外す。
「見える」
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オルナが中央を少し空ける。
「流れる」
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少しずつ、
作業台が変わる。
整列はしない。
だが、
手が迷わない。
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男が試しに動いてみる。
取る。
置く。
戻る。
今度は止まらない。
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「……ああ」
男が小さく息を吐く。
「空いてるんだな」
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イルロが頷く。
「全部を埋めないんです」
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ノルが言う。
「余白だ」
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グラドが笑う。
「水も詰めすぎると流れない」
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イセラが静かに言う。
「布も同じ」
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男は作業台を見回す。
昨日より道具は多い。
なのに、
軽い。
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夕方近く。
男が帰る前に言った。
「……整ってないんじゃなく、
余白を残してるのか」
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ユルンが笑う。
「詰めない工房だ」
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イルロは作業台の中央に残った小さな空間を見ながら呟く。
「……人が動く場所まで埋めると、
苦しくなるのかもしれませんね」
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道具だけではない。
手も、視線も、考える間も。
少し空いているから、
人は自然に動ける。
工房の空気は、
そんな余白で静かに保たれていた。




