残っていくもの
朝、遠くの音は変わらず続いていた。
コツ、コツ、コツ。
一定で、揺れない。
イルロは工房の前でその音を聞き、
何も言わずに頷いた。
*****
橋の上には、
いつものように桶が置かれている。
水は多すぎず、少なすぎない。
誰が置いたのかは分からない。
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見回り役のノルが橋を渡る。
「今日もあるな」
「ありますね」
ノルは手を入れる。
「ちょうどいい」
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水路番のグラドが川を見ながら言う。
「流れも同じだ」
畑番のオルナが続ける。
「土も同じだ」
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ユルンが袋を抱えて橋を渡る。
「焼きも同じだ」
イセラが布を広げながら言う。
「色も同じ」
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だが、
“同じ”は昨日と同じではない。
少しずつ違い、
少しずつ整っている。
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午前中、
村の音はそれぞれ違う。
広げる者。
詰める者。
崩す者。
そして、任せる者。
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イルロは木を削る。
シャッ、――シャッ、シャッ。
昨日とは違う間。
だが、迷いはない。
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昼前、
工房の前に人が集まる。
「今日はどうだ」
ノルが聞く。
オルナが言う。
「広げた」
グラドが言う。
「詰めた」
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ユルンが笑う。
「崩した」
イセラが静かに言う。
「任せた」
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イルロが頷く。
「残っていますね」
「何がだ」
ノルが聞く。
「昨日の選び方です」
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午後、
村は静かに動く。
風が通り、
橋が揺れ、
水が減る。
すべてが、
少しずつ変わりながら続いている。
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夕方、
橋に人が集まる。
子どもたちの声、
大人の声、
水の音。
すべてが混ざる。
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ノルが言う。
「増えたな」
グラドが頷く。
「残ってるからな」
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オルナが橋を踏む。
「支えも馴染んだ」
ユルンが笑う。
「水も続いてる」
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イセラが布を畳む。
「場所もできた」
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遠くの音は、
変わらず続いている。
コツ、コツ、コツ。
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イルロは橋の欄に手を置き、
静かに呟いた。
「……残るものは、
大きなことではありませんね」
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橋に入れた一本の支え。
夕方に置かれた水。
揺れを話した日。
外した間。
外から来た音。
どれも小さい。
だが、
どれも残っている。
*****
セレン村の初夏は、
積み重ねた小さなことを、
そのまま暮らしに変えていた。
何も変わらないようで、
確かに深くなっている。
それを確かめる必要もない。
ただ、
続いている。
それで十分だった。




