少し外す
朝、遠くの音は変わらず続いていた。
コツ、コツ、コツ。
一定で、揺れない。
イルロは工房の前で立ち止まり、
その音を一度受け取る。
「……揃っていますね」
*****
見回り役のノルが橋を渡りながら言う。
「昨日より揃ってる」
「揃いすぎているかもしれません」
ノルは少しだけ足を止めた。
*****
畑番のオルナが畑から声をかける。
「鍬を入れる間、
昨日と同じにした」
水路番のグラドが続ける。
「水門も同じだ」
*****
ユルンが袋を抱えて言う。
「焼き場もだ」
イセラが布を広げながら言う。
「布も揃えた」
*****
午前中、
村の音はきれいに揃っている。
だが――
どこか、少しだけ詰まっている。
*****
イルロは作業台で手を止める。
「……少しだけ、
外しましょう」
*****
「外す?」
ノルが聞く。
「ええ。
ほんの少しだけ」
*****
オルナが鍬を一度止める。
「間をずらすか」
グラドが水門の手を緩める。
「少し遅らせる」
*****
ユルンが笑う。
「焼きも一拍外す」
イセラが布を揺らす。
「風に任せる」
*****
音が変わる。
コツ、コツ、コツ――
に、
少しだけ隙間が生まれる。
*****
午前の終わり、
工房の前に人が集まる。
「どうだ」
ノルが言う。
オルナが答える。
「楽だ」
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グラドが頷く。
「流れが戻った」
ユルンが笑う。
「呼吸がある」
*****
イセラが言う。
「揃いすぎると、
息が詰まる」
*****
午後、
遠くの音は変わらない。
コツ、コツ、コツ。
だが、
村の音は少し揺れている。
*****
夕方、
橋に人が集まる。
水に手を入れ、
ゆっくり話す。
「今日は軽いな」
「昨日よりいい」
「少し外しただけだ」
*****
ノルが橋の中央で言う。
「合わせて、
外すか」
オルナが頷く。
「そのほうが続く」
*****
イルロは遠くの音を聞きながら呟く。
「……一定は基準で、
揺れが暮らしですね」
*****
セレン村の初夏は、
揃えることと、
少し外すことを
自然に使い分け始めていた。
音は続く。
だが、
人はそのままにはしない。
合わせて、
外して、
少し残す。
それが、この村の形だった。
明日もまた、
音は続く。
そして村は、
その中で自由に揺れる。




