風をどう使うか
朝、橋の上に風が通った。
昨日より少し強い。
だが、不安な強さではない。
見回り役のノルが橋の中央で立ち止まる。
「北の丘の風だな」
水路番のグラドが下から声を上げる。
「回る日と止まる日があるって話か」
「今日は回る日だ」
*****
工房の前では、畑番のオルナが腕を組んでいた。
「風が回るなら、
畝の向きを変えるか」
「変えるのか?」
ユルンが袋を抱えながら聞く。
「変えない。
少しだけ、角度をずらす」
イルロは静かに頷いた。
「昨日の話、
混ざりましたね」
*****
染め物のイセラが干し場を見上げる。
「風が回るなら、
布の間を広げる」
「広げすぎるなよ」
グラドが笑う。
「揺れすぎると絡まる」
「揺れて戻ればいい」
イセラが応じる。
*****
午前中、
村の各所で小さな調整が行われる。
畝の角度が半歩変わる。
干し場の縄が少し離れる。
水門がほんのわずか開く。
誰も大きく変えない。
ノルが工房の前で言う。
「旅人はもう出たな」
「ええ」
イルロが答える。
「風だけ残しました」
*****
昼前、
風が橋を揺らす。
昨日より大きい揺れ。
ユルンが中央で立ち止まる。
「強いな」
「強いが、
怖くはない」
オルナが言う。
グラドが川面を見ながら頷く。
「水も回ってる」
*****
昼過ぎ、
旅人の話が自然と続く。
「丘の向こうはどうだろうな」
「風を読める村かもしれん」
「揺れを隠すかもしれん」
誰も否定しない。
ただ、それぞれが想像する。
イルロは作業台に手を置く。
「外の話は、
内の形を少し変えます」
*****
夕方、
風は穏やかに戻る。
橋は揺れ、
布は揺れ、
畑の土もわずかに動く。
だが、
どこも崩れない。
ノルが言う。
「風が回る日でも、
村は回るな」
オルナが答える。
「止まる日も来る」
「そのときも話す」
グラドが言う。
*****
日が傾き、
橋の影が長く伸びる。
イルロはその影を見ながら呟いた。
「……春は、
外の風を
内側の調整に変えますね」
旅人は去った。
だが、
話は残った。
セレン村の春は、
外から来た風を、
大きな変化にせず、
小さな角度に変える。
それだけで、
世界は少し広がる。
明日、風が止まっても、
その角度は残るだろう。
それで十分だった。




