表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人の日々  作者: 昼の月
375/401

間が合わない朝

朝、工房の前で二人の声が重なった。


「先に言えよ」

「いや、そっちこそ」


畑番のオルナと、水路番のグラドだ。


内容は小さい。

水門を少し開けるか、

畝を一つ早めるか。


だが、

タイミングがずれた。


*****


イルロが戸口に立つ。


「何がありましたか」


「同時に動いた」

オルナが言う。


「昨日までは、

 自然に合ってたんだがな」

グラドが続ける。


そこへ、パン焼きのユルンが加わる。


「今日は火も早かった」


「揃いすぎたか?」

ノルが通りがかりに言う。


*****


染め物のイセラも布を抱えて立ち止まる。


「干し場も、

 少し早かった」


皆が顔を見合わせる。


「急いだわけじゃない」

オルナが言う。


「でも、

 少し前のめりだった」

グラドが頷く。


*****


イルロは静かに言った。


「春は、

 軽くなりすぎると

 間を揃え直します」


「揃え直す?」

ユルンが聞く。


「今日は、

 少し遅らせましょう」


*****


午前中、

それぞれが一度立ち止まる。


水門を開ける前に、

深く息をする。


畝を整える前に、

周囲を見る。


火を入れる前に、

薪を一本減らす。


干し場の布も、

一枚だけ後から広げる。


*****


昼前、

再び工房の前に人が集まる。


「どうだ」

ノルが聞く。


「落ち着いた」

オルナが答える。


「流れも、

 戻った」

グラドが言う。


ユルンが笑う。


「火も素直だ」


イセラが布を畳みながら言う。


「影も、急がない」


*****


午後、

橋を渡る足音がいつも通り響く。


揺れはある。

だが、

誰も気にしない。


今度は“急がない”ことが

皆に共有されている。


*****


夕方、

工房の前に穏やかな空気が戻る。


オルナが言う。


「揃ってるときほど、

 少しずらすほうがいいな」


グラドが頷く。


「間があるほうが、

 流れは続く」


イルロは静かに答える。


「……春は、

 人の間も

 整えますね」


揃いすぎず、

ずれすぎず。


そのわずかな調整が、

村を深くしていく。


セレン村の春は、

軽さのあとに、

間を取り戻す知恵を

自然に育てていた。


今日もまた、

混ぜて、戻して、少し残した。


それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ