人はいさ 心もしらず ふるさとは
初瀬にまうづるごとに、やどりける人の家に、ひさしくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむやどりはある、と言ひいだして侍りければ、そこにたてりける梅の花を折りてよめる
紀貫之
人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の かににほひける
(巻第一春歌上42)
初瀬観音に参詣するたびに宿としていた人の家に、随分と宿ることがなく、少し時が経ってから行ったところ、その家の主人が「こうして、しっかりとおもてなしをする宿がありますのに」と言って来たので、目の前に立っている梅の花を折り取って詠んだ歌。
さて、人の心はよくわかりません。
しかし、この昔から馴染んだ場所では、梅の花は昔と同じ、素晴らしい香りなのです。
貫之が初瀬観音参詣の折に、常に宿としていた宿の主人(女性説もあり)が、「久しく来られなかった(どこかよそに浮気でも?)」と恨み言。
しかし、貫之もさすが。
「いや、貴方の心はともかく、この馴染みの宿の梅の木は、素晴らしい香りで私を迎えてくれているよ」
と、切り返す。
年季の入った大人のやり取りか、なかなか雰囲気がある。
百人一首にも入っている。




