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先立たぬ 悔いの八千度 かなしきは
藤原忠房が、昔あひしりてはべりける人の身まかりけにける時に、とぶらひにつかはすとてよめる
閑院
先立たぬ 悔いの八千度 かなしきは 流るる水の かへり来ぬなり
(巻第十六哀傷歌837)
※八千度:何度も何度も。
藤原忠房が、かつて親しくしていた女性が亡くなり、弔問の代作をした歌。
(尚、藤原忠房と閑院の関係は不明)
あなたより先に死ななかった悔いのために、数え切れないくらいの悲しみに浸っております。
まさに、これこそ、流れて行く水が二度と戻って来ないと同じなのですね。
「後悔先に立たず、流水源に還らず」の諺が、当時にもあったと言われている。
その後になるけれど、鴨長明「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記冒頭)にも、用いられている。




