プロローグ 絶望を望むもの
遅くなりすいません。
高原に雪が深々と積もっていた。
王国の北東、肌に吹く風は無く。曇り切った空模様が照らすのはそこにあるオブジェクトだけ。
かつて誰かが掲げていた古いボロの旗。
地面に突き刺さり雪をかぶる主なき剣。
壊れた防具やそれを身に着けていた髑髏など。
雪に埋もれるように、静かにこれらは戦場を見ている。
ただ――見ている。
「寒いですね」
「それは当然じゃろうて、ここは最も寒き戦場。かつて我らが王と悪魔の王が戦った激戦の地じゃからな」
〈王国最強〉を冠する二人、宮廷魔導士バッカスと最強の剣士リオンが話す。
髭を触りながら物語を思い出すバッカスと静かに会議を待つリオンの他愛も無い会話だ。
松明が温かく室内を照らし、続きを口にする。
「悪魔の王は絶対的な力で蹂躙した。誰もが諦め、王の命が消えかけた時……」
小高い丘に本陣を構えるのは王国軍。
テントのような、けれども数十人が会議しているそれは想像の物よりもはるかに大きく丈夫だ。静かに積もる雪をかぶりながら周りを照らす松明が中を温める。
軍の総数、凡そ三万と五千。
十人を指揮するのが小隊長、百を指揮するのが隊長、千を指揮するのは大隊長。
大隊長クラス、それ以上の幹部を含めた計四十人になる会議は彼女の登場によって、やっと始まろうとしていた。
コツン。コツン。
「あらあら、何のお話でしょうか?」
「……失礼、建国紀にまつわる地であったので」
「うふふ、別に咎めたりはしないわ。全く無関係というわけでもないですし……建国紀を読んだことあるものならば誰だって興奮する場所よ」
謝罪を口にするリオンは奥で支度をしていた第四王紀――今は王の代理人である彼女に首を垂れる。
それと同時に会議に出席する者たちも寸分たがわぬタイミングで礼をする。
明らかに一新される空気は全て彼女が作ったものだ。コツコツとヒールがなり、長いマントと高貴なドレスは場違いな美女を際立たせる。
「会議に遅れ、申し訳ありませんわ。支度に戸惑ったのは――いえ、ただの言い訳ですね。では始めましょうか?」
その一言と笑みを合図に男たちは自分の武器を掲げる。
最上の礼であり、最も高貴な――女王の前での所作。整えられた金髪がフワリと揺れ、男たちを見下ろす黒の瞳は猫のように細く笑う。
「偉そうに、上から物を申すようで悪いですけど……これから始まるのは正義による一方的な虐殺。理由もなき信仰に身を捧げ、ただ――正義を侵攻させるものです」
松明は激しく燃え上がり、彼らの心に熱を与える。
美女が行う演説は色がありまたそれが正しく聞こえる。綺麗な声は透き通る様に会議室に行きわたり、潤滑油のようにただ聞くものの耳を擽る。
ゾクリと震え、美女の為に戦おうと思うのはまだ若い大隊の長。
冷静に……静かに傾聴するのはリオンを含めた幾多の修羅場をくぐった猛者たち。
「怯える必要はありません。死を喜び、生を慈しみなさい。これこそが我らが歩む歴史であり正道」
ただの演説、戦前に行われる戦意を上げるための儀式。
言葉の羅列だけで彼らが戦意を高めることが出来るのは単に彼女の演説が上手いだけかそれとも――。
「おお……神よ」
ここにいた誰もが幻視した。
彼女の背中に翼が生え、温かい聖なる光が彼女に降り注いでいる風景を。
慈悲深く――あるいは気味悪く笑う彼女を例えるならば正しくそれは天使であり、正義を体現した者の振る舞い。
もしくは絶対の正義を信仰し盲目な信徒の振る舞いであり――悪魔。
「歩みましょう。この歴史を――我らが信仰する正義と共に」
若くして王の代理を務める彼女の名はアイネ・クライネ・クリーク。
豪華な服を着飾り、冠を被る王の代理人は誰が見ても美女と呼ぶにふさわしく。
(嗚呼、ついに見つけましたよ。恋い焦がれ、待ち望んでいた私の“絶望”よ)
そう、例えるならばその美しさは――傾国の美女――と表現できるほどであった。
肩に止まる一羽の白い鳥は〈歴史と歩むもの〉の光景を焼き付けたまま甲高く鳴いた。
「大規模侵攻についての情報が漏れているのは叔父上も百も承知だった。こっちに密告者がいるようにあっちにも情報を流している奴がいるからな」
リングウッドが鼻を鳴らし、事の顛末を告げる。
大規模侵攻はそもそも決戦を仕掛けるための作戦であり、情報が筒抜けになることを前提としていたのだ。
対策は一つしかなく、同規模の軍での決戦でしかないのは明白。
それは読み通り進みソサエクスの描いた通りとなった。ほぼ同数――いや、ソサエクス側が
明らかに人数が多かった。
「有利に事が運んだのは叔父上がここまで年密に作戦を立てたことと、それに応え冒険者たちも参戦したからだろう」
皆の思いがソサエクスの元に集まったからこそ三万五千に対して五万という数字で戦えたのだ。
誰もがこの決戦を最後の戦と決め、悲劇を終わらせるために戦った。
怯えるだけの平民はおらず、皆が武器を持ち己と家族の未来の為に……平和と国の為に戦った冒険者が一体何人いたことやら。
「敵前逃亡するような兵なんていなかった。叔父上が士気を上げたからというのもあるがそれよりも皆の心が一つになっていたことの方が大きい」
勝つ要因は揃っていた。
ソサエクスに油断は無く、ソサエクスも〈王国最強〉の称号を持つ冒険者であるのだ。
一都市が丸ごとダンジョンになった有名な都市を単体パーティーでクリアしたソサエクスはS級冒険者であり、都市戦略級と称されるほどの力を持っている。
呼応するように集まった冒険者たちは誰もが名を轟かす兵ばかり。
集まった貴族たちもまた、惜しげなく己の兵を派兵した。
なのに――なぜ?
「偶然の積み重なり……いや、敵の策であったのかも知れないが」
リングウッドに沈黙が降りる。
それはこの結果が今でも信じられないから。明らかに有利であった戦が突如ひっくり返ったのは――。
「神が……それを望まれた」
この言葉は建国紀で起きたチートを題名する言葉。
別の言葉で表すのなら。
「奇跡……そう表現するほかない」
リングウッドが断言する。
事実戦場には大寒波が訪れ、兵を氷らせたと言う。
事実戦場では轟雷が落ち、兵に襲い掛かったと言う。
事実そこには――天使が舞い降りたと言われる。
絶対に勝つことは不可能と思われた戦場。盤面は既に勝敗を決しているのにそれを覆す偶然の悪戯だ。
たぶんこれは、既に決まっていたことだったのだろう。
そんな諦めが――彼らの中にあった。
誰が何をしても変わらない。不変であり神が決定したこと。
偶然の積み重ねは例え何万の兵を集めようとも勝利へと至ることはできない。奇跡というのは圧倒的不利を塗り替える――チートなのだから。
絶望が彼らの心に入り込む。
自分たちが正義ではなかったのか。自分たちは何の為に戦っていたのか。奇跡と言うものは人の心をあっという間に盲目へと変える魔法で――。
パシン。
「何を惑わされておる」
「……?」
扇子を閉じる音が辺り一面に響いた。
朝の日が完全に辺りを包み、光をもたらす。暗く沈んだ表情は似合わず、快活に笑うのは“チーター”を自称する少女。
その笑顔に希望を見出すのは英雄姫とそれに従う騎士たち。
「奇跡など、所詮は必然の積み重なりじゃ。かかか、何を絶望する。何に失望する。我らがそれよりももっとすごい――奇跡を生めば良い話じゃろう?」
簡単にあっけらかんとしてその少女はズルを唱えるのだった。
次はクリスマス用の話を投稿したいと思います。




