暴走する力
大分遅くなりました。
本当にすいません。
降る雨は戦士たちの頬を濡らし、まるで涙の様に伝って落ちる。
死んだ者も今を生きる者もすべからず。
雨は濡らした。
崩れかけた古城と枯れ果てた花園と騎士の死体を。
雨は濡らした。
庭に居座る異形の竜と和服を着飾る異様な少女を。
雨は濡らした。
対する金髪の中年と黒い鎧を纏った騎士を。
「……正気を失っている。撤退するぞカルマ、マルカ」
「「……」」
沈黙で答えるカルマとマルカ。
再び武器が握りなおされ、一旦露散した緊張感を取り戻す。
騎士たちもそれに倣い少女たちを見る。
と言っても。
「ベ、ベガ様?」
『……』
一名、イナバは〈ジャヴァウォック〉に乗りながら正気に戻り尋ねた。
ベガの様子は明らかに異様。
騎士たちもそれに気付きつつそれでもベガたちに攻撃しないのはその様子を怪しんでのこと。
体のあちこちにノイズが走り、画像の砂嵐が空間にできていた。
雨音もどこか遠く機械的な音が混ざり俯いたベガの顔を伺うことは誰もできない。
「え、えっと……」
どう言えばいいか分からないイナバは言葉に詰まった。
見えれば見るほど少女はベガではないように思えたから。
ベガの――ノイズから覗く目が笑った。
そして。
「……『眠れ』」
「え?」
少女はイナバを指さした。
たったそれだけ。
其れだけであるのだが、イナバは意識を失い〈ジャヴァウォック〉は帰還する。
パタリと崩れ落ちたイナバを眠っているだけだが、明らかに普通の眠りではない様子。
〈夢魔の誘い〉という術で〈円卓の魔術師〉が掛けたものだった。
ザワリと困惑が音を伝え影が広がる。
続々と伸びるように不気味に。
『くひひ』
「あ、あああああああ」
叫びは負傷した騎士の一人で先ほどまで〈ジャヴァウォック〉と戦っていた勇敢な騎士から発されたもの。
恐ろしい異形を目の当たりにしてもその心は折れず、勇敢に果敢に挑んでいたそんな彼が――正気を失った。
膨らむ少女の影は夥しいほどの死者を操る。
ドロリと溶けた体を引き攣らせ、偽りの命が芽生えるそれは〈アンデット〉。
空間に亀裂が生まれ、何処までも広がるその術は――。
〈生と死の混沌〉。
少女の十八番とする魔法で戦場に影響を与える術。
効果は単純明快で――戦死者を蘇らせる。
範囲は。
「庭全体……!」
「いや、この戦場すべてだ……」
一変する戦場は黒と赤が映える場所となる。
黒い影が死体を操り、半透明の霊魂が地面から生まれる。
脈動する大地は紅い血管のようなものが浮き出て不気味に蠢動した。
「首は取れずか……」
「ですが、ロンドル様――」
うめき声が聞こえ、戦闘音が響く。
既に囲まれ退路は無いにも等しい。そして誰かがやらねばならないその役は。
「殿は私の役目です。ソルムードを守るため、そして――」
そう名乗り出たのは勿論、アガレスだ。
家族という存在を残しながら戦場に出た彼は誰よりも生存したいと言う思いが強いだろう。けれどもそれよりも彼らを動かしたのは。
「仲間たちがソルムードを襲う姿なんて……見たくありませんから」
「撤退をお急ぎ下さい」
首を諦め、撤退を優先させたのは英断であったがそれでも犠牲者は出る。
武器を構え、死者をけん制するソルムード騎士団。
背中をあずけたロンドルはそのまま彼らに背を向け――閃。
「すまない。撤退させてもらう……」
背後から攻撃しようとしていた元騎士の死者が倒れる。
交錯する思いは様々。
残るものは街に大切なものを残した勇敢で誰よりも強い騎士たち、撤退する者たちは未来を託された王国騎士であった。
「さて、ロンドル様に言った手前で悪いがどうする?」
既にロンドルの騎士団は馬で撤退していた。
死者を斬り、殿を務めて時間は大体……アガレスは三人斬った。つまり数分しかたっていない時間。
「持久戦でどうにかなる相手ですが……」
「いつまで耐えればいいのか分からない。そして、この数の相手は流石に厳しいです」
騎士たちの鎧は仲間の血肉によって汚れる。
今も雨は降っているが、それが汚れを落とすよりも先に激しく肉と血が降る。
囲まれ背中合わせに陣を組む騎士団は互いの死角を補い合う。
閃き、名案……というにはリスクが大きい策であったが。
「ベガを止める……」
「……分かりました」
生存する方法は最早これしかない。
アガレスの案に騎士たちが苦く頷く。
彼らもギリギリの状態で疲れの色が隠せない。
森林戦に加え、先日昨日に戦った疲れは蓄積されていたのだ。
「すまない。ダンテ、ガリン……」
アガレスに迫ってきた二人の死者を斬る。
顔は青白く変色し覚束ない足取りと剣術で襲い掛かってくる。
どんなに崩れた顔でも、どんなに稚拙な攻撃でもアガレスは自身の全力を持って彼らを斬る。それが騎士団長として、自分を信じてきた者たちの手向けだから。
「ははは! 俺も死んだら団長に斬られるのかね?!」
「ふん! 安心しろ。その前に俺がお前を斬る」
背を合わせ、呼吸を合わせながらされど荒い呼吸で戦う。
疲労は判断と動きを鈍くし犠牲者は数を増やしていく。
アガレスの判断は間違っていなかっただろう。確かにこのままだとベガが自滅するよりも騎士団が壊滅するのが早かったのだから。
「〈道を切り開く〉!!」
アガレスは上段から地面をたたき割る様に大斧を振った。
質量的な力とアガレスの筋力が合わさりそれは道を作る。
白い閃撃が死者たちをなぎ倒し、ベガに到達する手前。
「!」
『〈殺戮と憎悪の英影〉』
俯くベガの影が動く。
長く伸びたそれは旗を持った乙女で、アガレスと剣を交えたもの。
シルエットとその紅い瞳を睨む。
「〈ジャンヌ〉……」
影は露散するが、その紅い眼光はベガの影に潜む。
見れば見るほどそこにはベガを守護する者たちがいた。
亀裂が走り、そこは既に危険地帯であるのだがそれらはベガの元を離れようとしない。
王と共に最期を待つ臣下であった。
「アガレス隊長!」
「ぐ……! あと一発が限界か……」
必殺の技を放ったアガレスの限界は近かった。
絶体絶命の最中、彼らを救うものは――。
「ベガ……ちゃん?」
現れた馬上の少女は呆然とこの光景を見て呟いたのだった。
雨はメルの登場と同時に――止んだ。
詰め切れていません。
良い場面が書けない。




