愚竜と兎
せ、説明回になってしまった……。
花は枯れながらもここが庭園であったことを示す。
古びた石像も苔を生やしながら、その造形に一切の穢れは無くかつて、ここが城であったことを教えていた。
長い年月の果てに終わる栄華の記憶と美しく生きた草花はそれでも住人としてここを守り続ける。
でも、それでも、僅か一日でそれらは――。
「くひひ、どうしましたか? 皆さん」
踏みにじられる。
呪いが大地に染み、全てが無に帰す。
飾られていた野花も屈強に鎮座する石像も全てが黒く汚染され崩れ去る。
無意味に慈悲もなく終わらせるのは〈ジャヴァウォック〉が流す呪だ。
汚された大地から空へ遡る様に“黒い煙”のようなものが登る。
地に染み込んだ呪が飽和して、空に救いを求めたからだ。
例えるならばそれは死者が天へと手を伸ばすように無意味なものだった。
「なるほど……だから、あの時“出させ”なかったのか」
「呪術汚染、こんなにおぞましく汚らわしいのは初めてだよ。広範囲に深く浸透する呪いは……果てさて、いつまでこの大地を蝕むのだろうか」
カルマとマルカの体には既に黒い文字が巻き付いていた。
苦い顔をして、状況を打開しようとするが許さないのは頭上にあるバフ封印系の文字。
死屍累々、騎士団もその半数が死に絶え汚染されている状態だ。
懸命にカルマとマルカは武器を構える。
愉悦に歪めた笑顔でイナバは自身を倒すためのヒントを与えようとする。
それは己が優位性の誇示と、敢えての疑心を彼らに抱かせるため。
足止めが目的であるからして逃げなようにと。
「あまり言いたくなのですが……致し方なしですね。まあ、私の――」
「呪術は人を呪い自分を呪うのが大前提だ。となると貴様が受けた呪いというのはおそらく……というか見当がつく」
「見くびってもらっては困るなぁ。お前を倒す手立ては既に考えてある。無駄なおしゃべりは寿命を縮めるぞ?」
ピシャリとイナバを黙らせる。
イナバは騎士団を侮っていた。それが対戦する中でカルマとマルカに伝わったのは相手を苦しめる迂遠なやり方をしていたから。
そもそも、イナバはこれ以外に強力な竜を持っている。
悪戯に〈ジャヴァウォック〉を使ったのは足止めが目的であることと手堅く追い詰めることが出来るため。
途中で目的が変わり彼らを苦しめることに尽力したがそれでも主目的である足止めに対しては抜かりない。
狂いながらイナバは考える。
殺してしまってもいいのだろうか?
いや、殺してもいいだろう。
「くひひ、怖い……怖いですね」
「やっと、やる気になったか?」
「あはは、それはそうとして――」
笑って、真顔になるマルカ。
小さく分析したことを話す。
イナバは十中八九、召喚術士でその中でもとりわけ竜種を主とする者。
〈赤竜〉も召喚できるのだが、それを召喚しないのはこの〈ジャヴァウォック〉が持つ制約か呪いのせいであると考えられる。
加え、彼女の巻き付く文字を見ると――。
「――君も僕たちと同じ呪いを受けている……そうなんだろう?」
「くひひ、よくわかりましたね。穢れの代名詞であるのに穢れていないのは明らかな矛盾です。傲慢な神々が生んだこの竜はその穢れは全て術者が持つ……それがこの竜を召喚するにあたって課される罪」
他にもその醜い姿ゆえ同じ竜種が嫌悪、憎悪するということもある。
傲慢な竜が〈ジャヴァウォック〉の存在……同じ竜種であると言うことを許さないため、共闘するどころか争い合う関係になるのだ。
「とまあ、それが分かったところで〈ジャヴァウォック〉を倒すことが出来るとは思えないのですがね?」
現状、それはイナバが弱体化したことを示し〈ジャヴァウォック〉が弱体化したことを示したわけではない。
呪いを消す方法も分からず、今も彼らの体を蝕み続けるこれらは明らかにカルマ、マルカの不利を訴え続ける。
明確な弱点とはいいがたく、現状は何も変わっていないが、それでも理解したことはあった。
その言葉を聞いて、キョトンとした顔で向き合うのはカルマとマルカ。
向き合ったのは互いの意見の一致を確認するため。
そして――。
絶望を知ったのにその反応はイナバの眉を動かすのに十分な理由であった。
「……どうかしました?」
「いや、いや……ふふふ」
「くくく、あはは」
何故か笑われる。
自然と〈ジャヴァウォック〉を握る手綱に力が入った。
失笑。
カルマとマルカはイナバに対して失笑を禁じ得ない。
肩に乗せた〈魔剣〉が輝き、しばし笑った二人と動揺する兎は。
「つまり、この竜を殺せばお前の負けは確定」
「もしくは、竜を行動不能にさせればいい……ということだな」
カルマ、マルカは出し惜しみなく、〈魔剣〉の能力〈焔を纏う天使〉を使う。
焔の羽が生えるのはカルマ。
火の粉が舞い、髪は逆立つ炎を纏う。
同様に氷の角……〈冷血の氷鬼〉でマルカから角が生える。
鬼のように、冷気を――白い息を吐き捨て身体能力が向上した。
「嗚呼、怖い。それは……くひひ、マスターにも迫る怖さがありますねぇ」
〈ジャヴァウォック〉は一歩踏み出した。
その足元から広がる蜘蛛の巣状の呪いはカルマとマルカに迫るが、赤と青のオーラに行く手を阻まれ、消え去る。
今はまだけん制程度の攻防だ。
互いの空気をぶつけ合っているに過ぎず、呪いと焔と冷気が押され押しつつ――。
爆音が上空から鳴った。
「「「!?」」」
驚くのはこの庭にいる者たち。
雨と一緒に小石が落ち、見れば玉座の間が砂煙に覆われている。
何が起こったのかは皆目も検討も付かない状態であるが、それでも激戦の結果であると言うことだけは分かる。
キラキラとそこから落ちた者が一人、金髪ロングの中年で魔術封印の金粉を撒きながら苦悶の表情で着地した。
ロンドルはゆっくり視線を戻し、武器を構える。
黒い塊が空中できりもみしながら飛んでいた。ボロボロで歯を食いしばり鋭い眼光を崩れた玉座に向けるのはアガレス。
大斧は刃が欠けており、黒の鎧も凹みが目立つ。
ザンザンっと激しく雨が降った。
「嗚呼、『これで』あと『二人』か?」
掠れたノイズ音が木霊した。
優雅に玉座から庭に降りたのは長い黒髪を雨に濡らす美少女。
下ろした髪は濡れ羽色に輝き、憂いに満ちた瞳は片目がノイズに覆われる。
乱れた和服は赤と黒を基調とし、濡らすのは血と雨。
「くひ、『くひひひひ』」
濡れた体を震わせ、笑った。
背景は雨一色。
それでも、和服の少女の背後には黒い何かが蠢いていた。
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