狂い兎
この章のクライマックスです。
戦いはかなり続きます。
日が傾き、曇り空が戦の匂いを運ぶ。
攻守入れ替わりソルムードから進軍するのはロンドルとアガレスの混成軍。
開始の合図は要らず、すでに彼らの足はこちらに進んでいた。
「……この展開を読んでのオリエスタさんですか?」
「かかか、撤退する軍を指揮するものが我ら以外に一人必要であったからのぅ。勿論、この場合我らの役割は殿じゃ」
一旦森の中ほどで軍を見るベガ、イナバ
訓練された正規の兵が二千、誰もが手入れされた武器を持ち考えて行動する。
対してこちらは、錆びた剣と古びた盾を持つ最弱の死者〈スケルトン〉。
〈ジャンヌ〉のエンチャントで何とか互角にできるが、それでもその範囲は限られる。
だから真面からぶつかっては勝てない。
「ともあれ、兵を見せたことであるし、一旦――」
その言葉の途中。
グラリとベガは倒れかけるが、何とか耐える。
間一髪のところであったのだが。
「……ベガ様」
「何でも、何ともない」
イナバはベガをしっかりと見ていた。
倒れかける寸前の刹那までイナバは見ていたのだ。
世界から拒絶された証拠を。
「少しズルをしすぎた。……イナバよ、オリエスタに急ぎ後退を指示せい」
「で、ですが!」
ベガの身を案じるイナバはこれが異常であることを知っていた。
そうであるにも関わらず、オリエスタたちの代わりに殿を務めるベガに不安が残るイナバであるのだが。
ベガは狂気的に笑い睨む。
「かかか、イナバよ。お主――我をなめすぎじゃぞ?」
「……!」
ベガの怒りに満ちた瞳がイナバを襲う。
ガクガクとイナバは震え、怯えた。
ベガの状態は明らかに悪い。
悪いが、それを許さないのがベガのチートでありチーターあると言う事実。
笑う。
全てを否定されながら、圧倒的不利を――笑う。
「くひひ、我はチーターじゃ。この程度ハンデの内に入らんよ」
「わ、分かりました……」
「敵の千が撤退をしています!」
その報は右翼からの伝言であった。
今も歩兵と足並み揃えベガに向かうアガレス、ロンドル。
森の中から馬に乗った一隊がバーガル監獄へと向かった。
ロンドルはそれらを一瞥して。
「……追わなくても良い。追った瞬間に追撃される可能性もある上に敵将はあそこにいるものだ」
剣を抜き、剣先をベガに向ける。
これは一種の指示である。敵の首を取れという無言の指示。
コクリと頷く彼ら兵士たちはそれを了とした。
「全軍に命令だ!敵本隊を――殲滅せよ」
ポツリ、ポツリと雨が降った。
雨音は徐々に激しくなり、戦場を走る幾多の足音と共に跳ねた。
現在、森に向かい攻撃を仕掛けるアガレス、ロンドル軍はベガを追う。
対してベガは敵がフランシスに向かないよう適度に追いつく様に逃げる。
これはフランシスを追撃しても即座に援護できるような距離であり、正しく殿の役割を担っていた。
「敵! 森の中へ完全撤退しました!」
先頭を馬で疾走するアガレス、ロンドル。
後ろからの報を聞き流しながら敵陣営へと入る。
「森林戦か……」
「罠の類があると見ていいでしょう。現に森の入り口に見覚えのある旗がありますから」
〈大鷲の御旗〉と呼ばれる移動速度上昇の範囲エンチャント媒体。
思い出すのは攻めてきた女騎士の武器とその効果。
「旗を抜くか折れば効果は消えます」
実践して見せるアガレスはその御旗を大斧で斬る。
壊れたそれは粒子となり消え、緑色の光は消えた。
「さて、戦の始まりだ」
ロンドルの呟きと同時に木の上から〈スケルトン〉が襲い掛かった。
それと同時に仕掛けてあった丸太や網を使った罠が彼らを分断し、命を襲う。
この森は建国紀と言う書物に登場するグラン城がある森である。
数百年前の出来事であるが故、その城は廃城ということになるのだがそれでも形だけは城と分かるほど保存されていた。
雨漏りがそこかしこ目立つが、玉座の間はそれも相まって神秘的に映えた。
「運が無いですね。ベガ様」
「火計は使えず。……ともあれ、ここで迎え撃つのは予定通りよ」
扇子を広げ玉座に座るベガの側にはイナバしかいない。
道を知っているので迷わずに、すぐさま城へと帰還したベガは敵の登場を待った。
雨音が聞こえる寂しい間。
ジリリと催促するように電子音はベガから鳴る。
少し苦く笑ってから。
「分隊させる必要がある。カルマ、マルカの相手を頼む」
「わ、私がですか?!」
「足止めじゃから真面目にする必要は無いぞ?」
今も〈ヤタガラス〉と同調を続けるベガは黄金の瞳でイナバを見る。
出来るか、出来ないか。
答えは決まっているのだが。
「む、無理ですよ~」
「はあ……」
面倒にベガはため息を吐く。
別にイナバを責めているわけではない。
ただ、面倒なだけだ。
「イナバよ。お主が足止めせねば我は死ぬ」
「え?」
キーワードをベガはイナバに浴びせる。
イナバは臆病者だ。
だから、戦わせるためにはこうするしかない。
「残酷に冷酷に恐怖をまき散らして、我を殺そうとするだろう。お主は我を一番恐れているが――
我よりも怖い存在が現れたらどうする?」
ベガと共にいるイナバは既に“限界”であるのだ。
武器を見て恐怖するイナバは極度の怖がり、ではなぜベガがいるとその恐怖心が無くなくなるのか。
――答えは恐怖心を失っていない。
「怖い。恐ろしい。それは堪らなく耐え難いこと……ではないのか?」
ベガという武器よりも怖い存在がいるからこそ、その恐怖心は“薄まった”と言える状況だったのだ。
だからこそ、イナバはベガの存在から目が離せない。
武器よりも何よりも――怖いから。
「くひひ、認められない。マスターよりも怖い存在を私は認められない。それを認めた瞬間、私は狂い死んでしまうから」
既にイナバは“限界”である。
だからこそ、“ベガよりも怖い存在”を認められない。
俯き笑う。
笑う。
くひひと不気味に狂気的に。
己が生きる為に、狂い死んでしまわないように。
「その任、受けましたよマスター。星に狂う獣、イナバ・白兎、貴方の為に狂いましょう」
これこそがイナバの本性。
星に狂う獣を冠するベガの唯一の従者であった。
戦闘シーンが多いです。
派手な技を入れて、誤魔化していますが面白ければ幸いです。
ベガに関しては、結構不味いです。




