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空の心

マ、マルゼンさんが……。

「第一陣、後ろに下がれ!第二陣、構え!――」


 愉悦に笑うのはこの結果を知っていたロンドル。

 混乱から一早く立ち直ったのはロンドルの言葉と訓練のお陰。

 もたつきながらも、準備する彼らを見るのは足の止まった重装歩兵とその後ろで見ている歩兵たち。


 ハッと気づいた時にはもう遅い。


「撃て!」


 先ほどよりも大きな声で命令するロンドルの耳に。

 ドンと纏まった銃声が木霊する。


「うげあ!!」

「けぶっ」

「おぐおおおおおお!」


 当たり良くて、即死。

 少し外れて腕。

 悪くて足、失う。


 脳髄を散らして死ぬものもいれば、武器を振るえないもの、逃げられないものが出る。

 その殆どが歩兵を守る重装歩兵。

 陣は崩れ乱れた歩兵を狩るのは勿論後に控えた騎馬兵団だ。


「アガレス!」


 ロンドルに応えるように騎馬兵が出動。

 先陣をきるアガレスは大斧を振るいながら、敵を蹴散らす。


「くっ騎馬兵団、出撃だ!」


 叫ぶようにマルゼンが後方で命令する。機動力のある騎馬がいち早く援軍として前線に投入されるが――。


 アッハッハッハ!

 キャアアアアア!


 女の笑い声と甲高い悲鳴が戦場で木霊する。

 二振り。

 炎を纏う一振りと氷を纏う一振りが戦場で叫び死を運ぶ。


「笑え!火刑の剣、アグニス!」

「叫べ!冷災の剣、ナイアナ!」


 カルマが右翼の騎士を焼き、マルカが左翼の騎士を凍らせる。

 聞こえるのは〈魔剣〉を振るうたびに聴こえる女の悲鳴だけで、斬られた彼らはそれすらも叫ぶ暇もなく命を落とした。


 今もなお、前線でアガレスは敵兵を斬るが――。


「て、撤退!」

「に、逃げろおおおお!」


 アガレスは確かに幾多の敵兵を斬った。

 だが、そうであっても敵の撤退が余りにも速すぎたのだった。

 とは言えそれは重畳。

 道が開け、“目立つ旗”のそばにいるマルゼンをいち早くアガレスは視認する。


「逃げている彼らは?」

「……敗走している兵に興味はない。まず敵指揮官を叩くのが筋だ」


 総大将に逃げられては不味い。

 そう思ったアガレスは真っ先に、敗走している敵兵を無視してマルゼンの元へと向かう。


 兵が逃げたことによりその数は半分まで数を減らしたソルムード侵攻軍。

 マルゼンは今さら逃げても逃げきれないのは理解している。

 彼らの標的はマルゼンであるからだ。


「計られた……!」


 仁王の形相でアガレスを迎え撃とうと剣を水平に構える。

 この状況で一気に総大将まで攻められたのは、明らかに前線の崩壊が速かったから。

 異常の事態、前線の兵がこんなに早く崩れたのは勿論。

 ベガが贈った千の兵が一斉に“逃げたから”であった。

 目の前の人間が逃げれば臆するのは当然。

 尚且つ、銃という武器によって自慢の重装歩兵が倒されたのであればなおさらだ。

 逃げる。

 わき目もふらず。

 逃げる。

 敵に背を見せながら見栄も無く、ただ死から逃れる。


「戦況は圧倒的不利であるか……」

「さ、最後までお供します!」


 勇敢に副官としての職務を果たす。

 馬上でアガレスを睨むはマルゼン。

 アガレスは砂煙を巻き上げながら一直線にマルゼンに向かう。

 “あの旗”によってマルゼンの位置はバレていた。

 敗走は今のマルゼンの地位を奪うには十分な理由であり、加えマルゼンにとって選択しがたいもの。

 後悔する念よりも今は戦意をたぎらせるのが上策と判断した。


「ふん!名乗ろう!」


 とは言え、逃げた兵を抜いてもその数は三千。

 敵兵の総数は二千であるのに対してその数は有利を取れる。

 故に彼は引かなかった。


「ソルムード侵攻軍、総大将。気高き鷲のマルゼン」

「ソルムード防衛騎士団長。斬頭(ざんとう)の戦鬼、アガレス」


 丘にいるマルゼンに飛び掛かるようにアガレスの馬が跳ねる。

 全体重を乗せたその一撃を両手で歯を食いしばり、全力で防ぐのはマルゼン。

 ギン!!

 マルゼンの直剣とアガレスの大斧が大きな火花を散らす。


「うぬあああああ!」

「!!」


 踏ん張り、アガレスをはじき返すマルゼンは肩で息をしながら見事に着地したアガレスを睨む。

 互いに乗馬で周りの戦争(ふうけい)は動いているが、彼らは動かない。

 と同時に太陽が雲の切れ間から顔を出す。


「!」

「っ!」


 それを合図に走り出したのはマルゼン。

 振りかぶった一刀から大きな羽が見える。


「〈斬の羽〉」


 闘気により刀身がそれへと変わり、白撃がアガレスを襲う。

 防ぐアガレスは何とかその白撃を〈鉄壁〉というスキルで防ぐ。

 アガレスの全身が銀色の光に包まれ、致命傷を避けた。


「ちっ!防御系のスキルか!ならば、〈鷲の嵐(イーグルストーム)〉!」

「ぐ!〈筋力強化〉!防御系エンチャント!〈鋼の心〉!」


 一旦防御に回ったアガレスは精神防御や武器の取り回しがしやすいようにエンチャントをかけた。

 対してマルゼンはその間に風の――鷲の猛攻を加えて、アガレスに少なくないダメージを与えるのであった。


 ブシュ!


 ふくらはぎと脇の下から血が滲む。

 何とか命は繋ぎとめたアガレスであるが、疲れが見える。

 けれど。


「五分……といったところか……」


 マルゼンは今の戦闘をそう評価した。

 一見ダメージを多く受けているアガレスが不利なように見えるが、実のところエンチャントをかけたことでその差は無いにも等しくなっている。

 緑色のオーラと赤が混ざったオーラは明らかにこれまでと違う雰囲気をアガレスに持たせる。


「次で決めさせてもらおう……」


 長期戦が不利と判断したマルゼンはその言葉を残し、チラリと今も戦っている己の騎士団とカルマ、マルカを見る。

 壊滅寸前の彼ら騎士団であったが今もなお、戦っているのはマルゼンを信じての事。

 戦好きのマルゼンであったがその実績は部下からも大きく支持されていた。

 つまり諦めていない彼らに逆転の目はまだあるのだ。


「わが心は未だ空を知らず、故に無敵なり」

「……」


 マルゼンの言葉にさして意味はない。

 呪文の詠唱でもなければ、相手を威嚇するためのものでもない。

 強いて言うのなら、それはルーティンに近いものだった。


「彼方まで飛べ、わが心よ!追従するはその空に飛び立つものなり〈鋭き鷹の剣〉!」


 白い光が無数の鷹を生み出す。

 追従するようにマルゼンの後ろで待つ鷹たちは殺傷能力を秘めた生きた剣。

 闘気と呼ばれる剣士が使える魔法のようなものでそれらは作られる。

 絶対的な力が暴力を振るおうとした刹那。

 同じく呟くアガレス。


「わが剣は愛しき者たちのため……」


 アガレスに祈りの言葉など要らない。

 それは彼の強さがもっと違うところにあるから。

 だから決意を改め、斧に力を籠める。


 二人の馬は互いに同じタイミングで走り出し。

 大きく振りかぶったアガレスと数十羽の鷹を従えるマルゼン。

 叫ぶマルゼンと技を呟くアガレス。


「〈道を切り開く(ロードオブカリバー)〉」


 マルゼンの剣とアガレスの大斧が交わる。追従する剣の鷹と圧倒的光を纏った閃光が届くよりも早く――。

 白い閃光が彼らを襲った。

 



 轟音が戦の終わりを告げた。

 一瞬であるが、戦場からは争う音が消える。

 止めを刺そうとしていた彼も。

 今まさに怒りに支配された彼も。

 一瞬であるがそれら全てが止まったのだった。


「……」

「……」


 パカラパカラと二匹の馬が蹄を鳴らしながら、すれ違っていた。

 二人は俯いたまま、左手で馬を操作し右手で各々の武器を持つ。

 斧を持っているのがアガレスで、直剣を持つのはマルゼン。


 ポツリと呟いたのは敗者の言葉。


「我が野望……遂に空を知るか……」


 ブシューーーーーーー!

 首元から突然血を吹きだしたマルゼンはそのまま馬上から滑り落ちる。

 

 ドシャ……。

 空を見る虚ろな瞳に彼の野心は映っていなかった。

 それは晴天に広がる青空の様に何処までも――何処までも、透き通った虚ろな瞳であった。


「ハア、ハア!」


 呼吸を整えるのは辛勝したアガレス。

 頬には無数の傷、黒の鎧も傷だらけでとても将が着る鎧ではなかった。

 しかし、今はどうでもいい。

 今一番重要なのは呼吸を整えることで、何故かと言うと――。


「うっ……ぉおおおおおお!!」


 戦争の終わり、つまりは勝どきを上げるためだった。


咬ませ何ですけどね。

野心を持つ一般的な悪役ですが、かっこよく書けたでしょうか?

マルゼンも意外と好きなキャラです。

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