閑話 百合はこうして生まれる 上
というわけで閑話です。
一応次で終わらせるつもりです。
それはとある日常の一幕。
監獄に朝日が昇り、欠伸をしながら廊下を歩くメルは中庭のある一角に目を向けた。
ドレス姿のメルはただ、その建物に目がいったのだ。それに理由もなければ必然性もない。目立つと言えば目立つその建物と朝日を拝みながら疑問を持つのだった。
「……教会?」
一夜にして出来たその異常にそれ以上の言葉は思い浮かばなかった。
メルは階段を下り中庭で訓練していた兵――近くにいたスコットに尋ねた。
彼も朝の訓練が終わり、たまたまメルのそばにいただけ。
それでもこの後のことを考えると彼は不幸であったとしか言えない。
「おはようございます。メル様」
「おはよう、スコット。ちょっと聞きたいことがあって……」
「何でしょうか?」
「あれは教会ですよね?」
「……」
答えに詰まる。ただ、答えに詰まったのだ。
苦虫を噛んだ表情をするスコットに対して教会のシンボルである女神――少女の像はキラリと光る笑顔をする。
「……もう、隠すことはできないのですね……」
「え?隠す?」
「ち、誓って自分は関係ないです!で、ですが……!」
「おお、スコット。ここにいたのですね?」
「「!」」
第三者の声は教会から聞こえた。
神父服に身を包む彼は正しく敬虔な信徒であり、聖人。
そして、なんとその正体は――。
「……何をしているのですか?スレインさん」
「……」
項垂れるスコットはメルには見てほしくなかった。それはスレインが第一騎士団の騎士団長であり父親同然の存在だからだ。
憧れを抱くのも当然であるし彼のことは勿論尊敬している。
だが、だからこそ――。
「な、なぜそのような恰好を……」
「変でしょうか?」
メルは服に書いてある“メルラブ”の文字を見て半歩後ろに下がった。
明らかに普通では無いスレイン。
そして。
「おお、メル様!」
「待っておりましたぞ!」
「皆のもの!踊りの準備だ!」
ガヤガヤと教会から出てくるのは屈強な男。
もとい騎士団と兵士たちであった。
それで、それぞれが持つのは細い棒と“メルラブ”と書かれた気合の入った鉢巻。
先頭に立つのは勿論スレインで後に続く男たちは下を向きながら待機する。
「メル様!これが我らの献身です……。どうかお聞きください!」
「!?」
突然大きな声で叫ぶスレインにビクリと肩を震わすメル。
と同時に軽快なポップな音楽が流れる。
オタクとは時に信者と呼ばれることがある。
それは正しく偶像を崇拝し、何かに狂信するからである。
そしてその言葉を元に考えるにオタク文化と宗教は何か類似点があるのは確かで、このようなに祈りを捧げるのもまた類似点の一つと言えるだろう。
「「「「せい!」」」」
「「「「は!」」」」
激しく踊るスレインたち。
足を肩幅まで開き、腕を激しく振る。
「「「「メルちゃんラブラブ!」」」」
一斉に歌うその姿は一種の芸術で、朝日を背に踊る彼らは神々しさを表す。
光る汗は大地に染みこみ、草木に新しい命を吹き込む。
「「「「はいはいはいはい!」」」」
「うーーー」
「「「「おっ!」」」」
「うーーー」
「「「「おっ!」」」」
息が切れるほどの激しい踊りであるのに彼らの動きに狂いはない。
それは彼らがオタクであるからか軍人であるからか分からないが凄いこと……だった。
ドン引くのはメル。
踊りと音楽は佳境に入り。
「メーテル教は?!」
「「「「世界一!!!!!!!」」」」
音楽も止まり、決めポーズをとる男たちの集団。
誰もまだ動かない。
まだ動けない。
だが、その視線はメルに向いていた。
何かを期待するように待つように、しばらくしてその意味を知ったメルは――。
「あ、ありがとうございます。皆さん……」
「「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」」
狂喜乱舞する男たちを見て、新しい宗教の誕生を知った。
石畳の廊下をズンズンと歩く少女がいる。
金髪をなびかせ、不機嫌に歩く少女に廊下を歩く兵士は道を開け、風を切るようにその黄色のドレスは舞う。
少女の目的地は目と鼻の先、距離が縮まるにつれその歩みは速くなり――。
バタン!
「ん?どうしたのじゃ?メル」
「どうしたじゃないですよ!ベガちゃん!」
肩で呼吸をするメルにベガは扇子で顔を隠しながら、かかかと笑う。
「な、何なんですかあれは?!」
「あれと言われても……」
「とぼけないで下さい!」
ズカズカと大股で歩くメルはベガの執務机に叩きつける様にある書類を置く。
“教会建設について”企画者ベガ。
「ベガちゃんの仕業ですよね?!」
「ふむ……」
その書類は確かにベガがこの騒動の首謀者である証拠だった。
簡単に目を通すベガ。
鼻息荒く待つメルはベガの返答を待った。
そして――。
「確かに我が書いたものじゃ。じゃが、企画が通ったと言うことは“メルの承認”があったということじゃぞ?」
「!」
思いもよらない反撃にメルはベガに渡した書類をひったくる様に奪う。
……残念なことに書類の裏には承認を示すサインと押印があった。
「え、えっと……」
「今さら見ていませんでした。では、通用せぬぞ」
通常、何かを建てる際はメルの――責任者の許可をもらい建てるのが普通であり常識的な話である。つまり、この書類も例外なくメルの所に回され許可を得た正式なものという証拠であった。
それでもメルが知らぬというのはただ単純にメルが、ちゃんと書類に目を通していなかったからであり、仕事を疎かにしていたから。つまり人為的なミスが元でありそれさえしなければこの企画は通っていなかっただろう。
一応弁護するにメルはこの仕事に慣れておらず疲れもたまっていた。それに加えて〈エリアヒール〉という聖術を使ったこともこの騒動の原因であると考えられる。
……通常であればこれは何事も無く終わった話し。
されど、ベガのその笑顔から見るにそれは悪戯やちょっかいの意味が強くここまでことを大げさにしたのはベガの悪意と偶然が重なったから。
「で、でもですね!」
「おお、メル様!ここにいらしたのですね!」
「!!」
反論しようとしていたメルに突然第三者の声がかかる。
それは紛れもなくスレインとその信者たちの声であった。
「え?な、何でここに?!」
「監獄の兵たちが噂していました。メーテル教を撤廃すると……だから!私たちは懇願しに来たのです!!」
「うえ?!」
「メーテル教は私たちの希望であり、私たちを導く素晴らしい教えです!だから……どうかご慈悲を下さい!」
何もベガも悪戯だけでこの企画を出したわけではない。
今は戦争の最中であり、兵士たちの心理的負担軽減のためにも宗教が必要であったのだ。
宗教はその性質上、死後の世界を説くことが多い。それは死を恐れなくする言う効果があり安心感を与えるもの。
死が身近にあるが故にそれを説く言葉は多大に兵士たちに影響を与え狂信させる。
「残念じゃが、メルの反論もここで終まいじゃ」
「え?ちょっとベガちゃん!」
土下座し、メルに懇願する兵士たち。
その中心にいるメルは動くことが出来ず、そそくさと退出するベガを止めることが出来なかった。
さて、そんなこんなでアイドルの地位を手に入れてしまったメル。
それは偶然と悪意(笑)が混ざった日常生活を壊すものだった。
果たしてメルは平穏無事な毎日を再び手に入れることが出来るのか?
そして現れる仲間と共にこの困難を乗り切ることが出来るのか?
震えて待て。
次回、百合はこうして生まれる 中。




