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開戦Ⅱ

一日遅れました。

 剣がぶつかる音、それから誰かの怒号と悲鳴は夜空に散っていった。

 戦場から離れたとはいえ、砦の頂上付近で本部は戦場を見つめる。

 広く見渡すことが出来るこの頂上の屋上は冷たい風とぬるい松明の炎が躍っていた。


「も、門が閉まらない?!」


 驚きの声を上げるメルに対して、報告する兵士は冷や汗を流しながら冷静に対応する。


「外見からは分かりにくいですが門を完全に閉まらないように壊されました……」

「具体的には?」

「人一人分が入れるくらいの隙間です」


 じりっと一歩後ろに下がるメル。

 だが、未だに冷静でいられたのは部下の前で焦る姿は見せないためとベガの言葉があったから。


「……それで、どれくらい持ちますか?」

「ぐ、具体的には分かりません……」


 シュタイヤの質問に彼は答えられない。それは現場が混乱しており少なからずの情報の錯誤があるから。

 今もなお聞こえる金属の音は門の近くで聞こえているが、時間の問題であろう。

 メルとイナバ、シュタイヤと報告の兵に沈黙が下りる。


「……私が出ます。メル様」

「で、ですが」

「前線の維持がこの戦争の勝敗を決めます。その役は私たちハーフエルフが最も適任かと思いますが?」


 判断できないメルに代わり前線に立つシュタイヤ。

 この砦の頭脳であるシュタイヤを前線に出すのは愚策としか思えないが、それでも前線で指示を出し纏めることが出来るのは彼しかいなかった。


「う、うう」

「大丈夫です。私は帰ってきますから」


 そう言って優しい表情でメルの頭を撫で、砦の地図が書かれたテントから退出する。

 外で待つのは同じハーフエルフ、そして彼らは普段着と違い灰色の軽装鎧に身を包んでいた。

 武器は杖とレイピアのような細剣。

 待機していた彼らの瞳と髪は夜の森のように不気味だった。


「準備はいいですか?」

「……」


 無言の肯定。

 戦場へ歩くシュタイヤに次々と武器や防具を渡す。

 流れるように武具を装着していき、英雄の出陣を迎えるがごとく渡した者からシュタイヤの後に続く。その先頭を歩くシュタイヤもまた軽やかな足で向かう。


「ご、ご報告が?」

「何でしょう?」


 ゆっくりとするシュタイヤと対して急ぎ気味の兵士が報告をする。

 階段の途中、下にいる兵士は見上げるように、敬礼して。


「歩兵部隊長が、戦、戦死!前線は崩れかけています!」

「なるほど、それは丁度いいです。では前線の指揮は私、シュタイヤ・オルネオスが引き継ぎます。それから各自奮闘を指示しなさい」

「は、は!」


 この状況で各自奮闘という命令は何ら意味もないもの。策も弄するに不可能な現状に置いてそれは当たり前の命令。

 崩れかけている前線を維持する重要性は学のない兵士でも当たり前に理解している。それでも彼らが剣を振るのは勝利を信じているから。

 奮闘するのは当たり前、死に物狂いで剣を振るのは当たり前、この状況で指揮官が出来る行動は――。


「それから、これも伝えて下さい。“ハーフエルフが援軍に来た”と」

「は、はい!」


 たった一言。されどその一言で兵士は、人は、救われる。

 戦場の騒がしさは未だに衰えず、地獄に続く悲鳴が木霊する。であるがそのハーフエルフたちは悠々に散歩するようにその地獄へと足を進める。


「それでは皆さん。我らが戦争を始めよう……」


 羽の付いた兜をかぶったシュタイン。

 その左手に杖を、その右手に細剣を持ったまま、戦場へと足を踏み入れた。




「前線は立て直したみたいですね……」

「ええ、ですが……」


 そう口ごもるメルにイナバは叱咤するように叫ぶ。


「しっかりして下さい!メル様!」

「は、はい!」


 メルも理解しているつもりであったのだ。親しいものに戦えと命令しなくてはならないと言うことを。

例えそれがどんなに辛いことであってもメルは命令しなくてはならないのだ。

 それでも未だになれないメル。

 辺りを照らす蝋燭が揺れた。


「私たちは!私たちは死ぬ覚悟を出来ています!兵士というのはいつ死んでも可笑しくない者たちです!だから……だから、メル様が迷うと私たちも迷います!」


 涙いっぱいに訴えるイナバは息を吸い込んで叫んだ。


「私たちの死に様と生き様はメル様に決めてもらいたいんです!」


 半分欠けた月が空に昇っている。

 唇をかむメルは迷いながらも、悔しそうにしながらも戦う。

 それは人の生死との戦い。抗うことのできない星の定めと自分のエゴを天秤にかけ、傾いたのは――。


「こんな私で、いいのでしょうか?」

「メル様だからこそですよ。死ぬ覚悟が出来たのは」


 笑うのはイナバを含め、ここで警護する兵士たち。

 夜空が晴れ、星の光が戦場に降り注ぐ。

 それはまるで安らぎを与えるかのような綺麗で優しい光で、それへと導く光であった。


 意を決するのはメル。


「でしたら、これからの作戦を伝えます」

「わかりました……」


 返事をするイナバは片膝をつき、女王からの命令を待つ騎士のようであった。



「砦に動きあり!て、敵の竜が動き出しました!」


 遠見の魔法で竜を監視していた兵士は叫ぶ。

 今まで旋回して戦場を見ていた竜は向きを変えこちらに飛んできているのが分かる。

 幼い赤竜に乗るのは一人の少女。

 兎獣人のモコモコの防寒服を着たイナバだ。


「竜は私が引き付ける」

「お願いしますよ?」


 フードを被ったガタイのいい統領が囮役を引き付ける。

 対してグリンロードはそのまま砦での参戦を希望した。


「ところで、お嬢さん。名前を聞こうか?」

「な、名前?」


 距離は離れているが、イナバの兎耳は遠くの声を拾う。

 丘にいる百にも迫る騎馬兵団とブレーキをするようにホバリングする赤竜。

 その中間あたりで月が輝きだす。


「そうさ、名前だよ。私の名前はドロノアーズ。一応ここの指揮官をしている者だ」

「そ、そうですか……。えっと私は、星に狂う獣イナバ――」


 と、イナバが自己紹介しかけたところで矢が飛ぶ。

 それはイナバの命を狙ったもので不意を突いて撃ったもの、名乗りの最中で卑怯に見えるかもしれないが彼らは暗殺団で今は戦争中なのだ。

 だが――。


「あ、危ないですよ!」

「ちっ」


 ドロノアーズはイナバと後ろで矢を放った部下に舌打ちをする。

 間一髪のところで竜がそれを防ぎ鋭く睨む。

 それに対しての返礼は――


「ギャオオオオオ!」


 人をたやすく燃やす獄炎の炎であった。



扉の金具部分での細工です。

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