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刹那の時間

文字数が少ない……。

 呼吸は荒れ、視界が狭く周りの音が小さくなる。

 極度の緊張がもたらす心理的要因は兎耳の少女を暗い水の底に沈んでいくような感覚にさせるが――


「大丈夫?」


 明るいその声でここは舞台袖の幕であることを思い出す。

 本番直前の舞台裏には星の光は届かない。だが、雲に陰った僅かな月の光が彼女たちの顔をぼんやりと映し出す。


「だ、大丈夫です……メル様」

「イナバちゃん……」


 白い和服を着るイナバと白の鎧を纏うメルは、まるで夜に再開する姫と王子。

 整った顔の二人が出会い話すだけで一場面が出来上がる。


「緊張するね」

「そ、そうですね」


 舞台、観客を見るメルは外の様子を伺いながら話す。

 それに対して、視線を下げたまま言葉に詰まりながら返事をするイナバ。


「ベガちゃんがいないと不安?」

「えっと、い、いましゅうちゅうしているので――」


 そう言って話を切ろうとしたイナバは文字通り集中したかった。

 セリフを完璧になんとか覚えたイナバが次に戦うのは緊張である。

 一人戦いに没頭するイナバであるが――


 頬をメルが撫でる。


 不意な出来事であり、心臓がドクンとなるイナバは目の前で撫でるメルに驚くよりも不思議な感覚を覚える。

 ドクンとなるのは確かに心臓の鳴る音。

 だがイナバの体温が高くなるのは明らかにメルから何かをもらったから。


「刹那の強さをあなたに与えます。どんな敵でもどんな絶望でもあなたは勝つことが出来ます。今のあなたは無敵、それは――」


 ああ、とイナバは感嘆する。

 感じてしまったのだ。与えられていることに、圧倒的な力とその美しい瞳からその力はあふれ出す。


「――メーテル・ラ・シュレインゴールがイナバさんに勇気を与えるから」


 ニッコリと笑うメルは晴れた空の月明かりに照らされる。

 誰も見ていない、静かな場所でそれは与えられる。


「どうでしょうか?」

「え?え……」


 幻想的な雰囲気は露散して、夜の涼しい空気が流れる。

 集まりだした観客はざわざわと騒がしさを伝え、現実に引き戻される。

 オドオドするイナバに対して落ち着いた声でメルは話す。


「お母さまが教えて下さった勇気の出るおまじないです。どうでしたか?」

「どうでしたか……ですか?」


 復唱するイナバが真っ先に思ったことはポカポカとキラキラという曖昧な擬音。

 言葉で説明しにくい温かい力をもらったのは確かであるが、困惑を隠しきれないイナバはただ軽くなった心を確認する。


「……」

「堂々と演じて下さい、イナバちゃん!どんな時でもベガちゃんは堂々としていたよ?」


 下からのぞき込む姿勢をするメルに戸惑いながらコクリと頷くイナバ。

 ふふ、と小さく笑ったメルはそのまま舞台の中央に行く。

 その背中は堂々としており、緊張など全く感じさせない背中。

 一礼して観客に向くメルは拍手に包まれながら……。


「か、観客の皆様、ご、ご来場ありがとうございます!きょ、今日は――」


 表情や態度にでないだけで緊張していたのだった。

 大勢の人の前に出る機会がないメルは当然のごとく緊張していた。

 先ほどの威勢はどうしたのかと聞きたくなる出来事であったが。


(ありがとうございます。メル様)


 そのおかげで劇団員の緊張がほぐれたのは確かだ。


「そ、それでは〈赤竜〉の召喚をお願いしたいと思います!」


 団長メルの挨拶などをすっ飛ばしてイナバの出番になる。無茶ぶりに近い出来事であるがイナバは緊張していなかった。


 そして――


「赤を纏う太古の王者よ!」


 ゆっくりと詠唱するイナバに赤い炎のようなエフェクトが発生する。

 イナバが燃えているかのように錯覚する炎であるが、観客は盛り上がる。

 生で竜を見る機会など一生に一度有るか無いかだ。ボルテージが上がり、最後の言葉が紡がれる。


「いでよ!〈赤竜〉!」


 飛翔する空の王者に度肝を抜かす観客に対して、イナバは落ち着いた表情。

 それに応えるように竜も真っ直ぐイナバを見つめる。


「と、というわけで焔竜ではなく〈赤竜〉で劇をやりたいと思います!」


 締めくくるメルの言葉と共に観客の拍手喝さいが成った。




 観客の予想外の多さに戸惑いを隠せないフードの男がいた。

 何とかかき分け、前に進む男であるが入れ墨の彫ってある腕がチラホラと見える。


「この距離だが仕方ねぇ」


 白熱する劇は竜の力もあってか、異様な盛り上がりを見せる。

 ライブで熱狂するファンのごとく娯楽に飢えた観衆が騒ぎ立てそのボルテージが限界まで高まった時に事件は起きた。




「ん?」


 それに気づいたのは偶然だった。

 鈍く光る銀の矢を見たのは偶然で、〈スペース〉の魔法から取り出された凶器のクロスボウはその全貌を見せる。

 ゾクリと背中に悪寒が走ると同時に走り出したのはそれだけ彼女が大切だったから。


 ゆっくりとした時間が流れる。


 フードの男は観客にもまれながらも取り出したクロスボウをしっかりと標的に向ける。

 それと同時に走り出した騎士はメルを庇う様に前に出て――


「スコット……?」


 崩れ落ちたのはわき腹に矢が刺さった第一騎士団のスコットだった。


メルの才能が分かったでしょうか?

ス、スコットーーーー!

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