英雄の影
次の話は軽く書きます。
日常回みたいな感じの。
簡単な自己紹介をすまし、司会を務めるのはメルだ。
兵士たちは部屋から退出してもらい、その場に残った彼らは緊張した趣でメルを見る。
「なるほど、貴方がかの有名なシュレインゴール家の一人娘、メル様……でしょうか?」
「はい、そうです。あ、敬語は使わなく結構です。今回の場は皆さんに謙遜のない意見を聞くために開いた会議なので……」
「なるほど、分かりました」
メルは目を配り、彼らの表情を見る。
一様にして頷いているのはオリエスタたちだ。メルは彼ら向かって現状を確認する。
「現在、グッテンバルグは難民によって兵糧攻めを受けている状態です。それを打破すべく私たちは監獄襲撃を敢行したわけですが……」
「詰まるところじゃ、お主らは我らと共に戦う気はあるのか?ということよ」
直球で話を進めるのはベガだ。
返事に困り、しばしの沈黙が室内を包む。
「難しい問題ですな。私は確かに貴族代表として来ているわけですが、中にはそれに反対するものも少なからずいると思いますよ」
「冒険者もギルドの掟がありますしね……」
「商人に至っては武器を握ったこともないものがほとんどですぞ」
勿論、メルもそれについては理解している。
誰だって争いはしたくはないのだ。それに今、入る軍は敗色濃厚の軍であればなおさらだ。
パシンと扇子が閉じる。
「何を言っておるのじゃ?お主らに選択肢はないと思うが?」
ピクリと眉が動くのは彼らだ。
その言葉の意味を正確に理解できなかったからだろう。
「ちょ、ちょっとベガちゃん」
「説明が面倒じゃ。分からない者がいたらメルに頼むように」
欠伸を一つするベガは燃えている薪を見る。
暇そうにするベガを睨むオリエスタたちだが、本人は気付かない。
弁護するのはメルだ。
「すいません。ベガちゃんも悪気があったわけではないのです」
「メル様が謝ることではありませんよ。悪いのはそこにいるものですので」
ベガにヘイトが集まる。
とは言え、それも狙いの一つだ。
役割分担をしていたとはいえ、悪いことをしたなとメルはベガに小さく微笑む。
気付かない彼らにメルは尋ねる。
「皆さんは反逆罪として捕まったんですよね?答えたくなければ答えなくてもいいのですが……財産などはどうなったのでしょうか?」
「……全て王族側が没収したそうですよ」
イライラしながら答えたのは商人のヴァリエルだ。
彼は王都に店を構える大商会の一役であり、平民から成り上がった出世人である。この地位を得る為にどれだけの苦労をしたのかメルたちには理解できないだろう。
「武器や金になりそうなものはすべて奪われましたよ。そのせいで私たちは解散することになったんですがね」
肩を落とし残念がるクゼン、その瞳には優男に相応しくない炎の輝きがあった。Aランク冒険者の彼はパーティーを維持することが出来ないと知り、止む無く解散したのだ。犯罪者としての烙印を押された彼らに仕事が廻ることは無かった。
「地位の剥奪は勿論、今は王族かそれに与する貴族の物となっているでしょうな」
この中で一番の損害を受けたのは正しく貴族たちであろう。特にオリエスタのような辺境貴族は開拓した領地と領民、そのことごとくが没収されるからだ。
何代も続けて開拓してきた領地を取られるのは如何ともしがたいものであった。
バンとメルは机をたたく。
「だからこそです!皆さん、私の元でそれを取り戻すため手を組みませんか?」
これこそがこの会議を開いた意味であり狙いであった。
オリエスタたちはここに来て、メルが話したかったことを理解した。
つまりは軍に所属することでその地位と財産を再び手に入れるのか、諦めるかの二択を突きつけているのだ。
「具体的な話をします」
そして彼らの求めていたものはそれへと変わる。
誘導される彼らだが、メルの狙い通り彼らの瞳は変わった。
薪が燃え、木の焼ける匂いが漂う。
それと同時に輝きを放つ炎は部屋を明るくし、温かい空気を送る。
「とは言ってもそれは取り戻すため、王族軍と戦うと言うものです。没収された財産や土地はすべて王国軍のもので、奪い返すしかありません」
「なるほど、貴方の軍門に下れと?」
「その通りです。そして、私が要求するのは皆さんの経験と技術です」
意味が分からないのは彼らだ。
経験と技術が戦争に役立つとはどういう意味なのだろうか、と疑問を持つ。
「要するに、商人の方々には物を売ってもらい、冒険者の方はその護衛。貴族の方々には堕とした砦や都市の管理をお願いしたいのです」
感心するのは彼らだ。
それは同時に彼らを兵站部隊、工兵部隊にする言う意味もあった。
けれども本質的な意味は違う。
「前線で武器を振るだけが戦争ではありません。ですから、私が求めるのは皆さんが持っている力をほんの少しでいいので貸してほしいだけです」
「……」
メルは戦場で自分がいかに無力であるかを知っている。それはやはり彼女が指揮官であるのと同時に尊い立場の人間であるからだ。だからこそメルは人々の力に渇望し、集める。
メルには戦場を一人で変えれるほど一騎当千の力はない。
だが、メルには英雄の資格を有していた。
「私は皆さんが失ったものを取り戻すまで、剣を振り続けることを誓いましょう。神に誓うは英雄姫メル、証人になるかは皆さんの心で決めてもらいます」
英雄になるため一番必要な才能――共に戦う言葉をメルは持っていたのだ。
話は進み白熱するのはメルを含めた彼らだ。
「それで、売ってもらいたい商品とは一体何でしょうか?」
「はい、ヴァリエルさんにはここにある武器を売ってもらおうと考えています」
「うむ、確かにこの監獄にはたくさんの武器があります。ですが、本当によろしいのでしょうか?」
「はい、これは無償で提供します。つまりこの武器の売り上げが商人たちの給金として換算されるわけです。ですが……」
「私、貴族たちの仕事が決まっていないと、明らかに手の余るものが出そうですね」
「そうなんです。クゼンさん、オリエスタさんは何かできることなどは無いでしょうか?」
「……周りの村の管理などはどうでしょうか?」
「管理ですか?」
「はい、それによって盗賊などを排除できますし、何より反乱軍に協力してくれるものが増えるはずです」
「なるほどですね!ほかに意見はありませんか?」
楽しそうに話す彼らにベガは用が済んだと退出する。
「こんにちは、ベガちゃん」
「なんじゃ、シフォンか」
扉を開けてすぐのところに現れたのはエルフのシフォンだ。
暗がりの廊下で月明かりが確かに若菜色の髪を照らす。
「ベガちゃんは混ざらないの?」
「我とメルは違う。人を引き付ける方法が相反するからのぅ。我がいても邪魔になるだけじゃよ」
ベガが考えるにカリスカ性とは、英雄とは、二種類であると考えている。
一つはメルのよう、共に歩みたくなるように人を引き付ける者たち。
もう一つは――
「ただ先頭を歩く我ではあの場に相応しくないだろう」
シフォンの横を通り過ぎるベガはそのまま歩みだす。
「ところで、グッテンバルグに巨大な魔石を送ったのはこの展開を読んだからかな?」
ピクリと眉を動かす。
ベガの動きが止まった。
「国外で売ろうとすれば関税がかかるし、何より知らない人と取引するわけだから足元を見られる。だけど、グッテンバルグだととそう言った心配はない」
それは余りにも都合の良すぎる結果だ。
たった一個の魔石がここまでの意味を持つことなどないはずである。
「それこそただの結果論じゃよ」
手を振って別れるベガは背中を向けたままだ。
苦く笑うシフォンは――
「まったく、読めない子だよ」
そう言って、ベガと反対方向に進む。
砦に差す月光はまるで太陽のように強く輝いていた。
窓の空いている長い廊下を歩むのはベガだ。
扇子で口を隠すベガを真似するように影たちも動く。
月の光は確かにベガを照らし壁に影を作った。だがそれはまるで何人もの従者をつき従えているように長く、それぞれの影は旗を持つものや竜のようなもの、火縄銃や聖剣を持ったものなど様々であった。
先頭に立つものは間違いなくベガの影であり、彼女の後ろには誰もいなかった。
重い言葉が作れなかった。




