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「呆れた」


帰ってくるなり、リリメリアは全てを悟った様だった。

心底軽蔑したと言わんばかりに降ってくる視線から目をそらしつつ、説教の気配にセシルはそっと居住まいを正す。


「お姉様を苛めたのね?セシル」


確かな確信を持ってセシルを責めるリリメリアは勿論、使用人に徹しているベティからも批難じみた気配を感じ、セシルは息を吐く。

うすうす理解していたが、完全に悪者扱いされている様である。


「苛める以前に、会話も許して貰えなかったよ」

「その態度じゃ当たり前ね。――ああ。ベティ、もう良いわ。貴女はお姉様の所に行ってあげて」


お茶の準備を始めたベティを下がらせる間にもセシルから視線をそらさないリリメリアは、彼女の母にそっくりだった。

リリアンジュとはあまり似ていないな――などとどうでも良い事を考えながら、居心地の悪さに身をよじる。

退室する際、ベティからも冷えた視線を向けられ、味方の不在に気が遠くなった。恐らくは、この屋敷全体がリリアンジュの味方、延いてはセシルを敵と認識している人間ばかりだろう。

自分が蒔いた種とはいえ、言い訳もさせて貰えない状況は中々に応える。


――あの断罪の時、リリアンジュもこんな気分だったのだろうか。


だから泣かせてしまったのか。

糾弾した側に居たくせに平然と会いに来た事で、リリアンジュを混乱させたのかも知れない。

ぼんやりと辿り着いた答えに心が沈む。

けれど、だったらどうすれば良かったのかと、セシルは心の中で言い訳を零した。

そんな心情が透けて見えたとは思えないが、絶妙のタイミングで心底見損なったと言わんばかりのため息が降ってくる。

視線を上げれば、何時の間にか向かいの席に腰掛けていたリリメリアの冷めた視線が突き刺さった。


「貴方がお姉様に謝りたいだろうと思ったからわざわざ同行を許したのよ。その上、物を知らぬ小娘のような理由を付けてまでわざわざ二人っきりにしてあげたのに」


リリメリアの共に是非、とセシルの名が上がったとき、ソヴェナ夫妻はあまり良い顔をしなかった。

それが一転、同行を許されたのは偏にリリメリアの口添えによるものである。

その時は深く考えていなかったが、つまりは謝る事を期待されて連れてこられたのかと、セシルはやっと理解した。

最初から、彼女の中でセシルは悪者だったらしい。


「分かってたのなら一言教えて欲しかったな」


リリアンジュとの再会に浮かれていたとはいえ、一言釘を刺されればセシルとて過ちに気付いたかも知れない。

自分の事を棚に上げて吐き出された言葉に、何を馬鹿なとリリメリアは眉を寄せた。


「それくらい理解していると思っていたわ。セシル、貴方って頭の回転は速いけど馬鹿なのね」


吐き出される言葉には遠慮が無い。


「……酷い言われよう」


おぼろげながらも自分の過ちに気付き肩を落とすセシルの姿は憐憫を誘うが、リリメリアは態度を軟化させるつもりなど毛頭無かった。

何時だってリリアンジュ第一だったセシルが、一番側に居るべき時にリリアンジュを批難する側に回ったのだ。

何か退っ引きならない事情があったのではと思ったからこそ、こうして弁解の機会を与えたというのに、リリアンジュの気遣いは無駄になった。

家族、延いては領地領民以外どうでも良いと公言する自分がわざわざ気を揉んだと言うのに、だ。


「貴方はお姉様が好きなのだと思っていたわ」

「何を今更」


間髪入れず帰ってくる肯定は想定内だ。

昔から気心の知れた幼馴染とはいえ、セシルの徹底した奉仕ぶりは兄の婚約者への態度としては行き過ぎていた。

普段は笑みの底で何を考えて居るか掴めない彼がそこだけはあからさまだった為に、リリメリアも彼だけは何があろうと姉の味方だと思っていたのに。

判断を誤ったのかとも思ったが、今のしょげ返った状態を見るに否とも言いがたい。

つかみ所の無い態度に、リリメリアの苛立ちは募った。


「でも貴方は、ダンスパーティーの場でお姉様を批難する側に居たじゃない。あの時はまさかと思ったけれど、アマリエ嬢に現を抜かしたんじゃ」

「……アマリエ嬢を好いているのは兄さんだよ」


そんな事は学園の誰もが知っていた。

リリアンジュとて、あの場に居たのがヴィクターだけならばあれほど傷つかなかっただろう。

ヴィクターが婚約者リリアンジュでなく愛しい人アマリエを選ぶだろう事は、早い段階から予測が付いていた事だった。


「だったらどうして、セシルがあの場に居たの」

「それは――リリィに、早く退室して欲しかったんだ。あの場で無罪を主張したところで余計な批難を浴びるだけだ。だったら、何も言わない方が傷も浅いだろうと思って」


一瞬の躊躇の後、自嘲気味に吐き出された言葉に、リリメリアは首をかしげる。


「だからって、貴方があの場に居た理由にならないわ」


あれでは、わざわざリリアンジュを傷つける為だけに居たと言われても納得出来る。

平然と酷い事を言ってのけるのであれば今すぐたたき出してやろうと決心して、リリメリアは慎重に続きを促した。


「僕が居れば、リリィは何も言えないだろう?」


何を当たり前の事をと言わんばかりに首をかしげたセシルに気が遠くなる。

言葉を封じるためだけに、セシルはその場に居たのだと言う。

それがどれだけリリアンジュを傷付けるかなど、まるで理解していない風だった。


「貴方、そこまで分かっていながらそれを実行したの?お姉様がどう思うか考えてもみずに?」

「考えたから、リリィが傷つかない様に」

「呆れた。お姉様が拒絶するのも当たり前だわ」


これ以上聞いていられなかった。

セシルは馬鹿だ。

口を噤ませられる程度にはリリアンジュに想われていると理解しているのに、自分がその場に居る事で彼女がどう思うかに考えが至らないなんて。

ズキズキと鈍く痛み始めた頭を抑えながら、リリメリアは温くなった紅茶を口に含む。

潤いを取り戻した唇から重い息が漏れた。


「僕としては、フォローしたつもりだったんだけど」

「そう思い込んでいるから、お姉様がどう思ってるかに気づけないのよ」


にべもない言葉に打ちのめされ、たまらずソファへと埋もれたセシルからぼそぼそとか細い声が聞こえる。


「何?聞こえないわ」


険を含んだ問いにむくりと起き上がったセシルは、青い顔でリリメリアを見つめた。


「リリィに嫌われたら生きていけない」

「なら、許して頂けるよう死ぬ気で努力すべきでは無くて?」


努力をした結果がこれなのだと、言ったところで聞き入れて貰えるだろうか。

自分の努力が見当違いな事をうすうす自覚し始めているセシルは、ゴクリと喉を鳴らして居住まいを正す。


「どうすれば良いと思う?」

「さあ?それは貴方が考えるべき事だと思うわ」


助言が欲しいという微かな望みは、やはり届かなかった。


「お姉様を苛めたんですからね。貴方もせいぜい落ち込むと良いんだわ」


つんとそっぽを向くリリメリアから視線をそらしながら、リリアンジュを泣かせた事を知られたら殴られるかも知れないと、セシルは小さく身震いをするのだった。



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