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「あの者達は家に帰らせる事となりました」


夕食後、紅茶を差し出しながら告げられた言葉に、リリアンジュは小さく頷いた。


「そう」

「はい。今月分の給金を渡して帰らせました。わたくしとしては文無しで放り出したかったのですが」


リリアンジュが減刑を求めたので仕方なくそうしたのだと言わんばかりのメイド長に苦笑しながらも、彼女の決定に胸をなで下ろしたのは事実だ。

職を失ったメイド達には申し訳無いが、良い感情を抱いていない主に仕える事も苦痛だっただろうと、リリアンジュはそう思う事にする。

事のあらましを聞いたベティは何も言わなかったが、退職を言い渡されたメイド達に心当たりがある様子だった所を見るに、彼女は何か知っていたのかも知れない。

頑なに側を離れようとしなかったのも、彼女達と一緒になると予想が付いたからだとすれば納得がいく。

過剰にも感じられたあの反応からして、もしかしたら何か直接的な嫌がらせをされていたのかも知れないと思うのはリリアンジュの勝手な憶測だが、もしもそれが事実ならばベティには酷い苦痛だっただろうと無計画な過去の自分をなじってやりたくなった。


「失礼ながら、これでご理解頂けましたでしょう?貴女様のような身分の方が使用人の真似事をすれば、使用人達の規律の乱れに繋がりかねません」

「そうね。反省しています」


神妙な態度で頷くと、それまでの厳格な態度を崩しメイド長が眉尻を下げた。


「本来ならもっと早くにお止めすべきでした。今回の件は、わたくしのミスです。申し訳ありません」

「いいえ。貴女たちは私の願いを最大限に聞き届けようとしてくれたのでしょう?それに、やりたいと言ったのは私だわ」

「ですが」


なおも言い募るメイド長を、首を振る事で制止する。

誰が悪い訳でも無いのだ。ただ、リリアンジュは無知だった。

使用人達が当たり前のようにやっている事なのだから、自分も同じように出来ると思い込んでしまった。

リリアンジュが身につけた手習いを思い返してみても、それは全て、長い時間をかけて習得してきたものだ。

それは働きに来ている使用人達とて同じ事だと、少し考えれば分かる事だったのに。

小説や空想によって生まれた幻想に浮かれて楽観的に考えすぎていたのだと、今更ながら気付き恥ずかしくなる。


「でも、出来る限り続けたいのよ。我が儘だとは分かっているんだけれど」

「リリアンジュ様」


メイド長の批難は痛いほど分かる。

彼らにしてみれば、貴族に遊び半分で手を出されるのは迷惑だろう。

しかも仕えるべき主となれば言いたい事も言えない。


「分かっているの。私は役立たずでしょう?」

「……そもそも、貴女様のような方が身につけるべき技術ではございません」


明言は避けられたが、それは肯定も同じだった。


「私には縁遠い話だと諦めて、今からでも普通の令嬢らしく振る舞えば、貴方たちにとっても平和だと思うのだけれどね」


神妙な顔のメイド長に苦笑を零しながら、けれど自分にも言い分があるのだとリリアンジュは口を開く。


「今はこうして叔母様のご厚意に甘えているけれど、何時までも此処に居る訳にはいかないでしょう?私は元々、しばらくの静養という形でこちらに来ているのだし」


リリアンジュがこの地に留まるのは2ヶ月。

丁度、学園の長期休みと社交シーズンが重なる時期と言う事もあり、煩わしい人の目から愛娘を遠ざけるため提案されたのが休養と称した此度の亡命だった。

断罪の行われたダンスパーティーは、学期の区切りに行われる大々的な物でほぼ全ての生徒が参加していた為、噂は瞬く間に知れ渡る事となるだろう。

それならば下手に貴族に関わるよりも良いのではと、市井で過ごすという破格の自由がすんなりと許されたのは、リリアンジュにとって嬉しい誤算だった。


「今後の事はどうなるか分からないけれど、何でも自分で出来るようになっていて損はないでしょう?」


何も酔狂で行動を起こした訳では無いのだ。

やり方は拙かったけれど、ごっこ遊びの延長で庶民の生活に触れたいと言ったのではない事は知っていて欲しいと思う。


「シーズンが終われば帰ってきたら良いとお父様は言うけれど、私、ご迷惑になるべきではないと思うの。それに、叔母様のご家族にだって」


外国とはいえ、フェラーと我が国ルブランジェは友好国だ。

まだ醜聞が知れ渡っていないとはいえ、社交シーズンが終われば遠からず噂は聞こえてくるだろう。

叔母は構わないと言うだろう。彼女の夫である侯爵も、表だって何か言う事は無いはずだ。

けれど。


「私は幸運にも猶予が与えられたのだもの。今の内になるべく一人で生活出来る力が欲しいのよ」


何を馬鹿なと、我が儘が過ぎると笑われるかも知れない。

二ヶ月やそこらで順応出来ると思うなど高慢にも程があると。

けれど、だからと言って此処で辞めてしまっては何の意味も無い。

黒いパンを見下ろした時の絶望も、不満を零したメイド達が職を失った事もすべてが無駄になってしまう。

じっとメイド長を見つめるリリアンジュに、深いため息が降ってきた。


「貴女様の意志は分かりました。けれど、やり方を少し考えましょう。今のままでは、いつ何時先の様な事が起こるとも知れません」

「メイド長!」


ぱあっと顔を明るくさせたリリアンジュに、メイド長はきまじめな顔で告げる。


「まずは紅茶から始めましょう。手ほどきはわたくしが致します。けれど、やるからには徹底的に扱きますのでそのつもりでいらしてください」


それはリリアンジュにとって、本当の意味で市井生活の第一歩を告げる言葉だった。




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