第20話
オズが大きな卵を買い孵化装置を作り上げた日の朝、ヴェルダンディ邸の食堂では朝食の準備をしていたオズにフレイが、オズの朝帰りについて文句を言っていた。
「オズ。何か私にいう事はないかな?」
フレイは、猫なで声を出して笑顔でそう言い切った。しかし、オズは声と笑顔をそのままの意味でとらえるようなことはしなかった。言葉についても、そこまで怒っているとは言えなく強い語気ではなかった。オズは、こちらもそのままの意味でとらえるという愚挙を犯さなかった。
フレイがかなりお怒りなのは過去の経験上わかっていた。そのため、ここは素直に謝るべきだろうとオズは思い、素直に謝った。
「心配をかけてごめん?」
オズは素直に謝った。しかしそこまで怒られることか? と微妙に思ったためか、語尾は疑問形だった。
なんで怒られているんだろうというオズの雰囲気を感じ取ったフレイは、怒るよりも呆れが勝った。
「私はそこまで心配はしていないが……。ほら、……」
フレイは何か言いづらそうに食堂の出入り口に視線を向ける。つられてオズも出入り口に視線を向けた。
「……うわ、マジか」
そこにはドアから顔を半分だけ出しているリューイだった。半分だけ見える顔、そこには泣きはらしたような赤くなった目があった。これにはオズもまずいと思ったのだろう。すぐさまリューイに駆け寄っていった。
いつもならオズが駆け寄っていくとリューイも抱っこしてもらおうとオズに寄って行くのだが今回は違った。ドアのそばから動かなかったのだ。そのことに動揺したオズはショックを受けた顔をしていた。
「えっと、リューイ。フレイにいじめられた?」
何とかオズが絞り出した言葉がこれだった。
「そんなわけあるか」
オズの言葉にフレイは、オズが動揺していることが手に取るように分かっていた。分かっていたがフレイ自身は、オズを助けるどころか紅茶を楽しんでいた。
ドアのそばから顔だけ出しているリューイに対してオズは、そろりそろりと近づいていく。その様はまさに、野生動物を驚かせないように近づいていく研究者のようだった。
「リューイ。えーっと、どうしたの?」
若干しどろもどろになりながら、オズはリューイに聞いた。
あたふたと慌てているように見えるオズが面白かったのかリューイは、少しだけドアから離れ、ちょこちょことオズのほうに寄ってきた。その様子にオズは、ホッとしたような表情を浮かべた。
そして、ついにリューイがオズにヒシっと離さないというようにしがみついた。
しがみつかれたオズは、一瞬あれっというような表情を浮かべたが気づいた者はいなかった。その様子から何故リューイが拗ねて? いた理由を理解した。
「昨日はかまってあげられなくてごめんな」
オズの謝罪を聞いたリューイは、オズにしがみつきながら首を振っていた。
「……うん。ゆるしてあげる」
そう言って、リューイはフレイに笑顔を向けた。
「フレイ。これで良かった?」
「あぁ、それで良い。これでオズも朝帰りをしなくなるだろう」
リューイとフレイのやり取りを聞いて、オズはやられた、と思った。そしてフレイに対して、文句の一つでも言おうとした。
「オズ。リューイが寂しがっていたのは本当だからな」
フレイがオズにだけ聞こえるようにそう言った。続けてリューイにも聞こえるように朝食にしようと言い、席に着くように促した。
☆★☆
朝食を済ませ、オズが使った食器を片付け終わり、リューイと紅茶を楽しんでいたところ、フレイが真面目な雰囲気を作った。
「オズ。これから王城に行くから支度をしろ」
「……え? 今なんて言った?」
「だーかーら、これから、王城に、行くから、支度しろ」
オズが聞き間違いかと思い、聞き直したところ、フレイが聞き間違えないように一言ずつ区切って、オズに言い聞かせるように言った。
「こんな朝早くから?」
オズは、窓から外を見て、そう口にした。オズが、そう口にするのも無理はなかった。ヴェルダンディ邸の朝はとても早く、今だ、太陽が昇りきっていないのだから。
オズとしては、早すぎないかという事を聞きたかったのだが、フレイの言葉に今度こそ閉口せざるを得なかった。
「女王陛下からの呼び出しだ」
オズは、女王陛下からの朝早くからの呼び出しを無視することができるほどの力は持っていた。しかし、オズとしては、今代の女王陛下からの命令は、自身の主義主張に反しない限り、断るという事はあり得なかった。
そして、オズはすぐに今後のことを考え始めた。
「そうなるとリューイは……、あの変態のところに預けるのか……」
オズは苦虫を噛み潰したよう表情をし、苦渋の決断だとでもいうように言った。
「アルタナしかいないからな……」
フレイも頭を振りながらそう言うしかなかった。
そして、今話題になっていたリューイは、オズの膝の上でうつらうつらと船をこいでいた。




