ep.62 共通ルート ライカ #3
共通ルート ライカ#3
・ライカ#2を取得した状態で、共通ルートアリサ#1、共通ルートヒナゲシ#1を取得しておくことが必須条件。
・その上で選択肢"隣"を選ぶと次回フラグ。"後ろ"を選ぶと妹ルートendへ。
※共通ルートのフラグは全て回収します。ルート分岐後はヒロイン全てのエンディングを用意。
散り散りに逃亡を開始した王都軍を、上手く捕虜に抱えて味方陣営へと加えていく作業も一段落して、自然に酒宴の流れへと夜の時は移り変わっていく。
エル・アリアノーズ陣営は一部陥没というよく分からない状況になっていたが、そらすら乙なものとして考えられるほどの余裕があった。
シャルルやクサカが音頭を取り、アリサも笑顔で杯を開けていく。ここに来て初めて、アリサ軍は戦いに"勝利"したのだ。
事実いくつかの城を落としてここまで来たのだし、攻め寄せられた時も勝ったことには違いないが、こうして真っ向から挑み、強敵であったルーを下したということがやはり大きかった。
「っしゃあああああああああああ!! オラァ!! 根性! 根性! 根性! 復唱!!」
「ちょ、ガイアスさん!? やめてくださいってば! 僕は文官で!!」
「腹筋をしながら酒を飲めば飲んだ分だけ鍛えられる!! さあやれ!! 俺はやってる!!」
「宴の席で何をしろってんですかああああああああああ!!」
シャルルに絡むガイアスのテンションが少しおかしくなってきたのを、周囲の皆は微笑ましいものを見る目で見ていた。
元々文官で、政務ばかりをこなしていたシャルルにとっても、この空気は新鮮なのかもしれない。年長組であるクサカやセイヴェルン卿は、彼らの有様を見てどこか懐かしそうな表情だった。
「楽しそうね」
「この笑顔が続くようにって、あ~ちゃんは思ってるんでしょ?」
「グリアッドは、いいの?」
「僕はああいうノリは勘弁かな~」
上座のアリサと、その隣に控えるグリアッドの主従も例にもれず、中央のガイアス・シャルルコンビを見て笑っていた。普段はリューキ・ガイアス組が漫才をしている席だが、その分真新しくて面白い。リューキとガイアスのコンビだと、よくガイアスが騙されて馬鹿を見ているから、その分のストレス発散にもちょうどいいのかもしれない。
「ちょ、なんでこんな、攣る! 攣る!」
「攣れ! その先に見える境地が必ずある!!」
「なんだその理不尽!!」
あるいはここにヒナゲシが居れば、二人の頭をハリセンか何かで叩いていたかもしれない。
かがり火に照らされた宴は、笑い声を伴ってずっとずっと続いていく。
温かく、そして優しい。
アリサは今の自軍の環境がこうあることを、とても嬉しく思っていた。
「根性! 根性! 根性!!」
「こ、んじょおおおおおお!!! ……。……。……。いででででででで!!」
「おお、攣ったか!! さあここからが本番だ!!」
「鬼かよこの人ォ!!」
文官で、経理を担当するシャルルの才は頼もしいものがある。馬鹿相手に素直に付き合ってしまう難点はあれど、それも美点としてかぞえられるものだろう。
しかし、金髪の美形というのにも拘わらず汗だくで筋トレさせられている様は何と言うか、もの悲しい思いに浸らせる。
面々の中、こと文官の人間は物凄く可哀そうなものを見る目でシャルルを見ていた。
「こんじょおおおおおおおおお!!」
「貴方が耳元で叫ぶだけで腹筋が痛あああああああああああああ!!!」
夜の平原に響き渡るその声が、周囲の山々に反響したとか、していないとか。
そんな光景を肴に、酒の席は進む。
アリサはふと周りを見渡して、相変わらずこういう時に姿を見せない少年のことを、分かっていても聴いてしまった。
振り返り、どうかしたのかと首を傾げる細目の青年に問いかける。
「そういえば、リューキは?」
「アイツは、戦いの後は必ずいなくなるじゃないか」
「そっか……まあ、人にはどうしても割り切れないものがあるのは、分かってることだし。後で、私がちゃんと、励ましてあげないと!」
むふん、と胸を張るアリサ。部下を労うのは自分の役目。一人で落ち着く時間も大事だろうが、その後で人の温もりを感じる時間はもっと大切だ。
それは、村長が救援に来てくれたあの戦いで自覚させられたことだった。
強くも脆い少年。彼が根本から変わることは、これからもずっと無いだろう。しかしそれが短所かと言えば答えは否。あれはあれで、一つの美徳なのだろうから。
「それでも、整理をする時間があるだけで立ち直れるようになったあたり、リューキも強くなったよ」
「そう、ね。だからこそ、折れないように、私が居ないと」
「うん、あ~ちゃん頑張って。僕はあ~ちゃんを応援してる」
「?? それ、どういう意味?」
楽しげなグリアッド。アリサ自身は気が付いていない、年相応の笑顔。それが見られることそのものが、昔の彼女にはありえなかったことだ。
だからリューキという存在は大きいし、これからのアリサにも必要だ。
グリアッドはこれからも、アリサとリューキの関係が続けばいい、願わくば……その先も。そう、思っていた。
「ガイアス? どうしたんだい?」
「よ、グリアッド。んで、アリサ様、それなんですが……」
だから、突然、漫才に興じていたはずのもう一人の青年が眼前に現れたことに対して、驚きを隠せなかった。
ガイアスはぽりぽりと後頭部を搔いてから、破顔して言う。
「その役目は、もうさせちまいました」
「は?」
ガイアスが後ろ指で差す先。
宴の広場から少し離れた場所に、黒い人影が空を見上げて立っている。間違いなく、先ほどまで話していた渦中の人物、ナグモ・リューキだ。
さて。
では、その近くで、ちょこちょこと、恐る恐る進んでは話しかけようか迷っているようなそぶりをずっと続けているもう一つの小さな影は何だろうか。
「……あれ、ライカ?」
「ですなぁ。いや、やっぱりそこは兄妹水入らずのが良いかとね」
「……そっか。ちょっと残念だけど、うん……ライカならしょうがない、かな」
しょげたように俯くアリサ。そんな彼女に、すみませんとだけ頭を下げて、ガイアスは苦笑する。
そして、アリサの視線の届かないところで、火花が散り始めた。
(おいガイアスお前、どういうつもりだ)
(俺は弟子の味方だからな!)
(あ~ちゃんの幸せが第一だろう、何を妄言を吐いてる)
(いやぁ、アリサ様の思想は素晴らしいが、恋路は別だろう! ハッハッハ)
(……戦争か。良いよ。あ~ちゃんが笑顔でいる為なら、容赦はしない)
(アリサ様には悪ぃが、俺ぁあの二人が一番お似合いだと思うんでな!!)
無意味な戦いが、始まろうとしていることなど。アリサは全く気が付かなかった。
星が瞬く夜空を眺める人影が一つ。
平原のまっただ中にあって、かがり火の焚かれる営みの近くにあって、その光景は酷く世離れしていた。
ライカは知っている。北アッシア城防衛戦線以降の彼が、ああして戦いの後に自らへの折り合いを付けるため、毎回空を眺めているのを。
毎度毎度心が折れていたあの頃とは違う。あの日村長と言葉を交わしてから、リューキは変わった。
根底から性格が変化したというわけではない。成長というか、考え方を改めたというか。どうしても受け入れられない感情に対して、リューキは一人の時間を作ることで心を休めているように見えた。
結局のところ、作戦立案から実行まで、リューキ無しではとてもではないがアリサ軍は戦えない。彼もそれが分かっていて、その上であの掛け値なしに優しい心の置き場所を探している。
何人が、自分の理想の為に根絶やしとなったのだろう。
何人の未来が、自分に今のしかかっているのだろう。
何人を、これからも幾千幾百、刈り取れば済むのだろう。
たった一人の人間に、これは背負える業なのだろうか。
そんなぐるぐると鉛のようにのしかかる重荷に、リューキは今向き合うことが出来ている。
戦乱の中にあって生まれたライカには分からないが、リューキにとって戦いというものがどれだけ重いものなのか、それを推し量り察することくらいは出来る。
だから、最近のリューキには話しかけることが余りできなかった。
一生懸命なのが、必死なのが見てとれるから。覚悟を決めた彼の表情は、初めて出会った森の時とは似ても似つかないほど、変わっていたから。
『さあ行けライカ! お前が行かずに誰が行く! 根性! 根性! 根性!』
何が根性だマッスル馬鹿。
ライカは、心の中で自分の師に小さく毒を吐く。
今あの場所に居るのは、ライカとは比べものにならないほどの何かを背負った一人の英雄。
第二王女を救い、今また国をも救おうとしている軍の中枢。
「前だったら、何も考えずに飛びついてたんだろーな……」
うじうじ悩むのは自分らしくない。
分かってはいても、弱気の虫が顔を出す。思春期に入ってしまったライカだからこその葛藤だった。
気づいてしまった。
出会った時から懐いて、抱き着いて、それが心地よくて。
その感情が、ただの親愛ではなかったことに。養父ガルーダに対しての思いとは、また違っていたことに。
「……ライカ?」
「っ!?」
びく、と全身が反応してしまったことに気付いた時にはもう遅く。
空を見上げていたはずの少年の視線は、ライカの方を真っ直ぐにとらえていた。
「な、ななななんでもねーよ! む、迎えに来ただけだ!」
「ん、そうか。ありがとう」
「お、おう……」
違う、そうじゃない。
迎えに来たなんて、そんな簡単なお使いみたいなことをしにきたわけじゃないんだ。
分かっていても、口から言葉が出てこない。
前は、すんなり言えたのに。名前を呼んで、飛びつくだけで良かったのに。
なのにどうして、こんなに胸のあたりが痛くって、顔が熱くて、声が出ないんだ。
「ライカ?」
「え?」
「顔赤いし、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だって! あたしはつえーんだ! 心配すんな!」
「あ、ああ。いやでもほら、風邪とかだったらまずいじゃないか」
「へ、へーきだっての!」
「……そっか」
突っぱねるように言葉を重ねて、俯く。持っていた大斧を握りしめて、胸に書き抱いて。ちらりと上目遣いでリューキを見れば、どこか寂しそうに笑っていた。
「あ、いやその、嫌なんじゃなくて! 嫌なんじゃ、なくて……」
「あ、いや。ガイアスに言われたんだ。もう13歳だもんな。子供扱いして、ごめん」
「ちがっ……!」
そうじゃない! 余計なこと言いやがってあのマッスル! 脳筋! ファッキン根性!
脳内では叫ぶほどに言葉なんて出てくるのに、それがどうして正面の彼に向かって出ないんだ。
それがたまらなく悔しくて、切なくて。
でもこの持て余した感情を、どうすればいいかも分からなくて。
「……でも、俺あんまりライカくらいの子とか……俺がそのくらいの時も、恥ずかしい話女の子と話したこととか余りなくてさ……不器用なんだ。傷つけてたら、申し訳ないなって」
「そんなことない! そんな、リューキが悪ぃことなんて、一つも……!」
勢いよく首を振って、否定の言葉は押し絞って出てきても、それでも何で。
昔みたいに、わいわいやって。一緒に遊んだり、手を引っ張ってどこかに行ったり。したいけど、したいけど恥ずかしい。
どうして、どうしてガルーダの時みたいに、養父の時みたいに、兄に向けるくらいの気持ちで終わらなかったんだ。
どうして、好きになっちゃってたんだ。
分かっているのに。分かっているのに、何も。
掌がじっとりと汗ばんで、顔も熱くて。
夜の平原に、風が吹く。
そよ風は耳をくすぐり、服をはためかせ、その火照った頬を撫でていく。
二人の間にある距離はちょうど、人が二人分くらい。
その中で、居た堪れなくなったようにリューキはあたふたと言葉を繰り出し始めた。極度の混乱状態にあっても言葉だけは回るのが、リューキのリューキらしい面でもある。
「えっとさ、ライカ。ガイアスにも言われたんだけど、なんかもし、俺に出来ることがあったら言って欲しいんだ。溜め込んじゃうのは良くないし、そういえば最近ライカが俺の部屋に遊びに来ないのも、もしかしたら遠慮させちゃってるのかなって」
「遠慮なんかじゃねーんだ……」
「え?」
力なく首を振るライカに、今度こそ呆けるリューキ。
だがだからと言って解決策など見当たらず、リューキはただライカの言葉を待ち続ける。
「あたし、がさ。なんか、勝手に距離感じちまって……分かってるんだ、リューキが頑張ってるってことくれー……」
「あたし、やっぱり一緒に居たくて。でも、どーすればいいかなんてわかんなくって」
「でも……それでも……あたしこれからは、リューキの隣に居たい」
「えっ」
「遠くてもやだ。後ろに居るのもやだ。あたしは、リューキの隣に居たいんだ」
「……」
リューキを見つめる彼女の瞳は、どこか不安に揺れていた。
勇気を振り絞って言った言葉はリューキに届いたのだろうか、そのことを確かめているのか、それとも拒絶されるのが怖いのか。
いずれにせよ、彼女にその不安定な表情を、いつまでもさせる訳にはいかない。
「……ライカの言いたいことが全部分かったわけじゃない。今までもずっと隣で戦ってくれていると思っていたし、だからこそ、遠慮もしないで欲しい。抱き着いてくるようなことはきっと、もう無いんだと思うとちょっと寂しい気もするけど……俺はライカに隣に居て欲しいと思うよ」
「……そっか」
そんな思いで連ねた言葉に嘘はない。
ライカとて成長して、13歳にもなった少女だ。子供ではない。特にこの、魔剣戦記の世界では。
だから彼女なりに思うことがあったのだろうし、どういう感情であれ距離を離すことだけはしたくなかった。
その想いは、伝わったのか、どうか。
恐る恐るライカを見れば、夜空に反射させた美しいマリンブルーの双眸を、小さく優しげに染めていて。
「……ありがと、リューキ。あたし、ちょっとおかしかったのかもしれねー。そうだよな、前からずっと、隣に居るよな」
「ああ、俺はそう思ってるよ」
「そう、だよな。ごめん、リューキ。あはは」
小さなてのひらは、それでも普段から大斧を握っているだけあって頼もしい。
彼女の瞳も、その表情も、するりと緊張が抜け落ちて、ふわふわと上気して可憐だった。
ガラにもなく恥ずかしいことを言ったと、リューキは不意に可愛らしい姿を見せた妹分から視線を外し、ふと思う。
もう、妹分ではないのかも知れない。歳下には変わりなく、妹的存在であることは変わらないけれど。それでも、どこか認識を変える必要がありそうだ。
そう思えるくらいに、破顔した今の彼女は魅力的で。
「な、リューキ」
「ん~?」
「これからも隣に居るね」
「あ、ああ」
女性的な一面をこうして前に押し出して来られると、案の定リューキはたじろいでいた。屈託のない童女の笑みから、幼くも少女の微笑みへ。
気づかないうちに、ガイアスの言うとおり成長していたのだろう。
何かを吹っ切ったようなライカの表情は明るく、するりと大斧を持っていない方の手をリューキの腕に滑りこませて。
「じゃ、いこーぜ! 呼びに来たのも、ほんとなんだ!」
「お、おう」
少し恥ずかしげに頬を染めながらも、ライカは相変わらずリューキを引っ張る。
変化したのは、手を繋ぐところから、腕を組むところへ。スキンシップも、何だか一段少女になった。
されるがままのリューキは、いつの間にか自分の感情が癒されていることに気付く。
戦場に居た荒んだ心を落ち着かせる為、外に出た数刻前。翻って今は、昔と同じようにライカに癒され、昔と違って少し、たじろいでいる。
これは少し、自分の方が態度を考えるべきかも知れないと思った。
そうでなければ、これからの戦いに集中できなくなってしまいそうで。
最後の戦いが、始まるその数日前の出来事だった。
近々短編集の方で、ライカ妹end書きます。




