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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第一章 春、夏、秋
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第6話 選挙対策

 九月初めになった。

十一月中旬に院長選挙が行われる、と公式に予告された。

そのころの涼しさが想像できないほど残暑がきびしかった。

立候補受付はその頃になるが出馬する人は今から予想できた。

二人の副院長だ。

比良野副院長は心の中で叫んだ。


「よし、やるぞ!」


 比良野は、この病院は大きな問題を抱えていると思っていた。

経営母体は自治体だがその内部で謎めいた暗闘が続き荒れた状況が病院にも影響していた。

病院でももめ事がしばしば起こり経営は動揺し、一部で資材の横流しの噂もあった。

現院長は収拾できずなぜか急に退職を表明してしまった。

理事長は無力だった。

紆余曲折の末に病院関係者による選挙を今回初めて行い強い権限を持った院長兼理事長を誕生させる、となった。

選挙はさらに対立を強める場合もあるが、到底話合いではまとまりそうもない上に自治体のもめごとも世間から注目されているのに密室で決めるのは良くないと判断された。

 消化器内科の比良野副院長の対立候補は彼よりかなり若い脳外科の権威、布沢副院長だ。

布沢が副院長に昇任した当初は対立もまだ表面化しておらず、人当たりが良かったので人格も立派と勘違いされ一部では将来の院長として期待されていた。

ところがまもなく布沢は露骨に比良野外しを始めた。

比良野の発言に何でも文句をつけた。

人の好い比良野は昇進したばかりの彼は注目を集めたいのだろうと思い、始めのうちはむかついても表情に出さず穏やかに対応していた。

やがて不在の時に勝手な決定をされ事後承認に追い込まれることが起こり始め、それが次第に頻発するにおよび布沢を疑い始めた。

オレの追放を企んでいるのではないか。

そう思うと今まで聞こえていなかった噂が聞こえるようになった。

布沢は派閥を作るとか裏から手をまわすとかが好きらしいとか、さらには横流しに関与しているとの噂まで聞こえはじめた。

だが証拠は見つからない。

もし布沢が院長になれば今までのように不愉快なやつだ、だけでは済まされない。

全ての疑惑に蓋がされる。

さらにそれから先何をされるか判ったものではない。

たとえば布沢が自治体を揺るがしている組織と手を結んでいたとしよう。

官僚的な組織ではトップを決める戦いに負けた方は外部に去ってしまうのが慣例だから比良野も病院を去ることになる。

誰も止める者がいなくなりいずれ資材の横流しくらいではすまなくなる。

 比良野は院長選挙に出て勝ち、外部と繋がる闇勢力を一掃しならなければならないと思った。

選挙運動は彼等の全貌を知りるチャンスでもある。

そのため協力してくれる組織を作ろうと思った。

比良野には以前から気心の知れた二人がいた。

小松女医と高岡医師だ。

彼等は堂々と副院長室に出入りしたので比良野の対立陣営にも知られていた。

二人はここでの勤務歴が長いので顔は効いた。

しかし人の入れ替わりが多い職場なのであらためて人脈の構築が必要だ。

対立候補側の様子は全く判らない。

 二人を呼んで比良野は言った。


「布沢側の組織は最近外から入って来た人も多いようで全貌がわからない。彼等は今回の選挙で何か陰謀を企むに違いない。何もせず仕掛けにひっかかれば我々は負ける。彼らが勝てばこの病院に正義が無くなりおびただしい害悪を流す。そこで情報収集の仕組み、すなわち一種のスパイ組織のようなものを君たちに作ってもらいたい」


いつものように陰気に聞いていた篤子はやる気があるのかないのか。

ところが比良野の言葉が終わると微笑してごく丁寧に言った。

丁寧すぎて卑猥に聞こえそうだった。


「私、副院長先生のしもべのつもりでございます。どんなことでもご奉仕いたしますわ」


彼女は見かけによらず組織を動かす才があった。

しかし自ら表立って演説をはじめると、どんどん聴衆が減っていくのが常だった。


高岡医師は普段どっしりしているように見えるが


「私は忍者部隊月光になります。(さん)っ!」


彼は昭和三十年代後半のテレビドラマ〝忍者部隊月光〟のファンだった。

しかも剣道の有段者だった。

高岡が口にした〝散〟という号令は持ち場に散れ、という意味だった。

二人は帰りかけた。


「ちょっとまて」


比良野に〝あけぼの機関〟のような巨大スパイ組織を作って動かすなんて出来るわけがない。

考えられる活動は相手側の不穏な行動や情報の収集、噂の流布や偽噂の鎮静化、敵方の仕掛けてくる工作の防御などだ、と言った。

それでは忍者と同じではないか。

比良野は、二人がこれからそれぞれ作る小規模な組織を持つことになった。

スパイ機関は複数を併用するのがいい、という話にもかなっている。

高岡医師は隠れて密かに、篤子は本人が望まないにもかかわらず目立ちながら情報網を拡げていった。

 不正なカネの流れの尻尾(しっぽ)は薬剤部か栄養科にあると比良野は見ていた。

鼠のようにいつもキョロキョロしている薬剤部長は布沢と関係がありそうだ。

体は小者だが見かけによらずしたたかな人物なのかもしれない。

カネの流れは副院長比良野自ら調べることにした。


 どうしても楽しいことが起こりそうな気分に見えるほど落ち着いている二人に


「君たちも危険にさらされるかもしれない。注意してくれ」


といった。

後日外部の友人有嶺から実際に邪悪な陰謀が企てられている、と知らされた。

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