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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第三章 翌年の夏、その後
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第36話 春風の女王

 有嶺は夢の中にいた。

晴れて薄雲が広がり、春先の風が天を吹き抜けていた。

人けのない大きな土手の上を歩いていた。

土手は高くて視界をさえぎられることなく、左側は海で遠くには低い山並みが見えていた。

右側の眼下には奇をてらった建物が沢山並んでいた。

地上と天の狭間にある土手は低い草で覆われ、花が咲いていた。

その中央にウッドデッキの遊歩道があり遥か彼方まで続いていた。

いつかどこかで見た風景だった。


 そのとき春の日は銀粉を撒いたように栗色の髪を光らせた。

若い女が振り返り


「私よ、ミーヤよ」


と言った。

妹のような親しみに溢れた微笑みを見せた。

美矢子によく似た女は、元は異界の人だった。

しかも肥満する前の若く美しい頃の姿だった。


「このお花畑は、この世とあの世の狭間なのよ」


「するとおれは臨死状態かな。しまった、何も片づけていなかった。あ、物凄かった肥満はどうやって解消したの?」


「昔、地球から私の故郷の中間界にあなたがやってきた。その世界が崩壊し始めたので中間界人みんなが地球に転生した。地球であなたが彼らを没落させてくれたので家の呪いが解けた。それで肥満が治ったの」


「彼等、とは怪しい人々の頭目だったオジキとその妻で、彼等も元は異界人だったのか?」


「そうなの。彼等はそこの支配者だった。本来中間界の支配者になるべき王家の血筋は私、ミーヤだった。しかし祖父の時代に家臣だった彼らの先祖に政権を簒奪されたことを私は知らなかった。それどころか私は彼女の護衛官をやっていた。知らぬ間に屈辱を抱えたまま敵を護衛し、仇を取らなかったことが呪いになったの」


「おれと比良野の華甲二年の戦い、いやおれの人生そのものが君を元に戻すためにあったような」


「中間界にいたとき、敵公爵と通じた主君フリアーナ様にあなたは命を狙われていたのよ。どんなに心配したことか」


「気づかなかった……そういえば、どこかでそんな警告を聞いたような気がする」


「でもよかった。あなたは私のもの。もう誰にも渡さない!」


「しかしそれとは別におれ固有の人生の宿題、あったかどうか思い出せないが、ほったらかしだ」


彼女はおれの眼を見ながら笑って言った。


「いいわよ。宿題を忘れたことはぜんぶ先生が許してあげる」


異界ではアニメの女騎士みたいに尻丸出しだったが、今は若い女教師のようなスーツ姿が眩しい。


「その格好は先生みたいだね」


「相対性理論の勉強をして物理の女教師をやっているのよ」


いろいろ思い出してきた。

彼女はあの異界でおれに相対性理論の概略を聞いて興味をもった。


 それよりもっと大事なことがあった。

中間界でミーヤはおれに抱かれたいと言った。

しかし異界人とは体の構造が違うので性行為ができなかった。

それを言うと彼女は


「もし中間界が存続していて私が女王ミカエラだったら、あなたは私の旦那様であるサティオス王配殿下よ。でもあちらでは体の構造が違うから……今同じ地球にいる、ということは、ひょっとしたら」


スーツ姿のミーヤは背を向けておれにもたれるように立った。

体温と甘い女の香りを感じる。

背中からやさしく抱こうと思ったとき、彼女はスカートに包まれた丸い尻を押し付けてきた。

春先のやわらかく冷たい風の中であたたかい尻はゴムまりのように弾力がある。

のけぞった彼女は微笑し、揉むほどに胸はふくよか。

目を閉じて嬉しそうに笑った。


そのときおれは気づいた。


「おや、乳首がある。ということは」


「ああ、うれしい」


彼女の念願が叶い、二人はめくるめくエクスタシーに到達できる可能性が出てきたのだ。

遊歩道の上で時を忘れて熱く抱き合っていた。



日は落ちて間もなく、あたりはまだ明るかった。ミーヤは遊歩道の上で四つん這いになって言った。


「私に乗って。これから新しいニルマーナラティに行って私たちはそこで子孫を産み増え、地に満てるのよ」


乗ると彼女は天馬となって飛び上がった。

春風の中を上昇してゆく途中、下を見ると土手は巨大なリング状になっていた。

音楽や人々のざわめきは遠ざかりつつ、らせん状にリングの上空を高く上がっていった。


高くなるにつれ地上には華やかな照明に照らされて光る建物群の真ん中に


〝THIRD OSAKA EXPO 2061〟


と、大きく光る文字で書かれているのが見えてきた。

2061年にはハレー彗星が大彗星となって帰ってきている……登るにつれ西の空に再び上がってきた夕陽は卵の黄身のように鮮やかだった。

見上げると五色の彩雲をシュッと貫く白く巨大なサーベルが西から東へと全天を二分して明るく輝いていた。

さらに上昇を続けるとサーベルは希薄になって見えなくなった。



普通に目が覚めた。大彗星を自分の眼で見るまで生きて認識したいと思った。



(第二部 華甲二年の再会 終わり)

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