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華甲二年の再会  作者: 有嶺 哲史
第一章 春、夏、秋
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第1話 春の排気孔

 有嶺哲史(ありみねさとし)が定年退職して二年経った六十二歳の春だった。

会社にいた頃は最後の日までいつもと変わらず連日深夜まで働いた。

退職すると一転、何事にも追い立てられないのんきな日々が訪れた。

ここまで平凡な日々に迎えられるとは若い頃全く予想しなかった。

街には平日の昼間に出る。

すると見かけるのは自分より高齢の人々ばかり。

それでもゆっくり映画を見られる特権は嬉しい。

ここは大阪梅田。

時間待ちで映画館ビルの屋上にいた。

この街に初めて来た昔、このあたりは車の排ガスがよどみ息苦しい場所だった。

何十年も経った今、嘘のようにきれいな空気になった。

寒いが良く晴れて気持ちよく、人影のない屋上だった。


 そのとき急に排気孔から女の話し声が聞こえた。


「……あちらも本心では逃げたいから裏切らないでしょう。知り合いだとバレてもうまくごまかします」


「じゃあ、これからあそこにしばらく潜入しながら様子を報告してね」


「はい」


何だと? 有嶺は聞き耳を立てた。


「信じても……油断は禁物よ」


「はい」


「親玉は相当高齢だけどあの世界では伝説の切れ者だからよくよく気を付けるのよ」


「わかりました。あの種の家に入るのは二回目だから怖くありません」


スパイの打ち合わせだろうか。

有嶺はいつの間にか集中していた。


「デブは相手が油断するからいいわね」


「そうですけど、それはお褒めの言葉ですか?」


「それから、あの人にも接触して仲間に引き込むのよ。今回のキーマンにするのよ」


「え?」


「ほら昔あなたとよく一緒にいた」


「あっ、あらあやっぱり。先輩の忘れられない片想い。フフ……わかりました。がんばります!」


「違うわよ! そんなもの遥か昔に排気口に捨てたわよ」


「じゃあ私が頂いてもいい?」


「どうぞっ!」


話は変になっていった。新作のスパイ映画の音声みたいだ。

誰かがデブ女の餌食になる、か。

おれとは何の関係もない。


 そのうち季節はあっという間に進み、春は排出されたようにすぐ暑くなった。

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