表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/14

第14話ギルド改革 アクス編④

アクス視点


ローが初めて相談に来てからもう5日は経つ。


夜の喧騒が嘘のように静まり返った昼下がりの酒場。

俺はカウンターにノートを広げ、昨夜セナが言った言葉と、それに対する自分の解釈を必死に書き殴っていた。


『体が全体的にふわっとしてる。左足が抜けてない』

セナが言ったのは、たったそれだけだ。

だが、その一言の裏には、元SSS級剣士にしか見えない「重心のブレ」や「予備動作の無駄」がすべて詰まっている。俺はそれを、ローのようなFランクの新人にも分かる具体的な体の使い方──『右膝の力を抜いた前傾姿勢』へと翻訳した。


「……なぁセナ。お前の頭の中、マジでどうなってんだ? 感覚が天才すぎて、凡人の俺にゃパズルを解いてるみたいだわ」


俺がぽつりと言いながらペンを動かしていると、酒場の重い木扉がギィと音を立てて開いた。


「よぉ、アクス。……腹が減った」


入ってきたのは、見上げるような大男。日焼けした浅黒い肌に、彫刻のように美しく鍛え上げられた筋骨隆々の体躯。そして頭には、相変わらずあのふざけた赤いプテラノドンの被り物。


このギルドが誇る作中ナンバーワンの国宝級イケメンにして、Sランク冒険者のストークだ。


「ストークか。悪いが営業は夜からだ。どうしてもってなら、余り物の冷えたスープくらいしか出せねぇぞ」


「構わない。あるだけ持ってきてくれ」


ストークはカウンターの椅子にどっかりと腰掛けると、プテラノドンの頭を揺らしながら、クールなイケボで言った。


俺はエールと、大鍋に残っていた10人前はあろうかという冷やしスープをボウルごと差し出す。ストークはそれを、真面目な顔で、しかし恐ろしいほどの猛スピードで胃袋へと収めていく。相変わらず引くほどの大食いだ。


「ふぅ……美味い。アクス、しかし昨夜は随分と面白い『出し物』をやっていたらしいじゃないか」


「……知ってたのか。まぁ、お前には一応言っとかなきゃな。今まで、行き場のない訳ありの女性従業員たちを俺の独断で拾ってきたこと……。前のギルマスのバルドルさんは黙認してくれてたけど、今回のセナの件はさすがに新しい最高顧問様……ミオさんを巻き込んで、大喧嘩になっちまったんだよ」


俺が少し気まずそうに頭を掻くと、ストークはスープを口に運ぶ手を止め、プテラノドンの嘴を傾けた。


「……ミオ? 誰だ、それは」


「は? お前、知らないのかよ!? 最近ギルドの事務作業が爆速になって定時退勤がどうのって、一階が毎日お祭り騒ぎになってるだろ。その仕組みを作った、あの『パルフェ』のミオさんだよ。ギルマスすらアゴで使う影の支配者って噂の……」


「知らん。俺は美味い肉を狩って、ここで食えればそれでいい」


ストークは至って真面目に、クールに言い放った。

本当にこいつは、自分の狩りとこの酒場だけで人生を楽しみ尽くしている。世間の流行りにもギルドの権力争いにも一ミリも興味がないのだ。


「まぁいいや……。そのミオさんにな、完膚なきまでに正論で殴られたんだよ。俺の優しさはただの無責任だ、亡くなった姉ちゃんの身代わりに女性をコレクションして安心したいだけだ、ってな……。正直、核心を突かれすぎて、怒りより先に頭が真っ白になった。本当に冷てぇ人だよ。一ミリの情もねぇ、冷酷な独裁者だ」


俺が悔しさを滲ませて吐き捨てると、ストークは最後のスープを飲み干し、ふっと被り物の奥の鋭い目を細めた。


「冷酷、ねぇ……。だがアクス、お前がそのノートに書いてる『それ』は、そのミオという女がやれと言ったんだろ?」


ストークが、俺の広げている翻訳ノートを指差す。


「だったら、その女はお前が言うほど冷たくはないんじゃないか。お前の『他人の話をじっくり聞く力』と、セナの『天才の目』を掛け合わせて新人用のマニュアルを作らせる……。お前が命を懸けるって大見得切ったから、その覚悟をそっくりそのまま120%利用して、一番打率の高い戦い方にハックしたんだろ」


「……っ」


ストークの言葉に、俺は息を呑んだ。

ストークは世間知らずのド天然だ。だけど、数々の死線をくぐり抜けてきたSランクとしての、剥き出しの「本質を見抜く野生の直感」がある。


世界を綺麗事だけで見ていない彼だからこそ、ミオさんの冷徹な仕組みの裏にある、歪だけど確実な『救い』の形に気づいたのだ。


「お前たちの力を誰よりも正確に見抜いてる。恐ろしい女だな。……アクス、おかわりをくれ。肉が食いたい」


ストークはキメ顔で白い歯を見せ、真面目な顔で空の特大ボウルを差し出してきた。


「だから営業は夜からだっての! ……全く。敵わねぇな、どっちの天才にも」


俺が苦笑しながらノートを閉じると、医務室の方から、少し緊張した様子のセナが歩いてきた。右腕は相変わらず力なく下がっているが、その瞳には昨日のような絶望の影はなかった。


「アクス。……今日の、ローの解説、続きを……」


短い言葉。だけど、そこにはもう一度自分の価値を証明しようとする、静かな覚悟が宿っていた。


「おう、セナ。今ちょうどストークと話してたんだ。──よし、始めようぜ。俺たちの新しい戦いを」


二人の様子を見たストークは、満足そうにプテラノドンの頭を揺らすと、無言で立ち上がり、何故か再びキメ顔を見せて去っていった。その背中を見送りながら、俺はふと思った。


(……ミオさんのヤバさを見抜いたのは流石だけど、あいつ、ミオさんの顔も名前も明日にはまた忘れてそうだな……。あと、いい加減服を着てくれねぇかな……)


そんなツッコミを心の中で抱えつつも、俺とセナはノートを開き、次なる仕込みへと没頭していった。


午前中にダンジョンへ向かったローが、このギルドにどれほどの嵐を巻き起こして帰ってくるかも知らずに──。



美桜視点


夜──。

昼の静けさが嘘のように、酒場は熱気とエールの匂い、そして脳筋冒険者たちの怒号に近い話し声で満ち溢れていた。


昨夜の喧嘩を経て構築した『翻訳官バディプラン』。その初陣となる今夜、酒場の一角にはアクスとセナさん、そしてチサトちゃんが書いた『戦術・お悩み相談コーナー』の立て札がひっそりと掲げられている。


私はといえば、カウンターの特等席でエールを傾けながら、高みの見物を決め込んでいた。


「よぉ、アクス。……また腹が減った」


どよめく酒場の空気を切り裂いて、昼間と全く同じセリフと共に、頭に赤いプテラノドンを被った大男──ストークさんがフラリと現れた。当然のように上半身は裸だ。


「おい、ストーク! だからお前は極端なんだよ! ほら、そこの席、ミオさんたちが座ってるから──」


「構わない。俺はここで食う」


ストークさんはアクスの制止を無視し、私のすぐ隣の席へとドカッと腰掛けた。


私は一瞬、「ヒェッ」と身を引いたが、ストークさんの日焼けした浅黒い肌、完璧な横顔、そして彫刻のように美しい筋肉を間近で見て、心の中で素早くオタク脳をフル回転させた。


(……ちょっと待って。何この人、よく見たらものすごい国宝級のワイルドイケメンじゃない。顔立ちは文句なしのギルドナンバーワンだわ。頭のプテラノドンさえなければ、今すぐ王都のモデル事務所に売り飛ばして私の不労所得の源にしたいレベルの超絶レア人材……!)


私がそんな強欲な皮算用をしているとも知らず、ストークさんはアクスが運んできた特大のロースト肉(5人前)を、恐ろしい速度で、しかしどこか上品に平らげ始めた。引くほどの大食いだ。


「……ミオ、だったな。アクスから聞いた。お前が事務方をハックして、このギルドを快適にしたらしいな。感謝する」


ストークさんは肉を咀嚼しながら、クールなイケボで私に視線を向けた。


「あら……。私の名前、覚えてくださっていたのね。まぁ、私は自分の安全とホワイトな環境のために当然の管理業務をしただけですわ。……あなた、ストークさんと言ったかしら? 意外とお話ができる方で安心しましたわ(失礼)」


お、このムキムキプテラノドン、見た目の割に会話のキャッチボールができる常識人かしら。


私が少し嬉しくなってエールを口に運んだその時、私の隣でチサトちゃんが「あの、ストークさん! Sランクの調達導線についても、少しお聞きしたいことが──」と身を乗り出して話しかけた。


しかし、ストークさんはチサトちゃんの方を一ミリも見ようともせず、完全に気配ごと無視して、ひたすら肉を口に運び続けた。


チサトちゃんへの興味、完全に皆無である。冷酷なまでのスルー。普通に……というか、結構ひどい。


ただ、一心不乱に肉を食ってるのを見るに、恐らく彼は食欲に忠実すぎるのかもしれない。


しかし、ストークさんの鋭い視線は、再びアクスとセナさんのいる特設カウンターへと向けられていた。


ちょうどそこへ、酒場の入り口の扉が勢いよく弾け飛ぶようにして開いた。


「アクスさん、セナさん……っ! 聞いてください!!」


5日前まで、ボロボロで泥水を啜っていたはずのFランク新人、ローくんだ。

だが、その姿は昼とは明らかに違っていた。防具こそ薄汚れているものの、怪我一つない。それどころか、その小さな両手には、ずっしりと重そうな革袋が二つも握られていた。


「僕、さっき初層のゴブリンの群れ……5匹に囲まれたんです。でも、セナさんの言っていた『ふわっとしてる』の意味が、アクスさんの解説で完全に分かって! 敵の動きが、びっくりするくらいスローモーションに見えました!」


ローくんは興奮で顔を真っ赤にしながら、革袋をカウンターにドカンと置いた。中から溢れ出たのは、大量のゴブリンの耳。そして──。


「これ、奥から出てきたホブゴブリンの魔石です! 攻撃を全部紙一重でかわして、姿勢を崩したところに剣を叩き込みました。僕一人で、無傷で、群れを全滅させました!!」


「なっ……、嘘だろ……!?」


「Fランクのローが、単ソロでホブゴブリンを無傷撃破だと……!?」


酒場全体が、一瞬にして静まり返った。

本来ならベテランがパーティを組んで挑む初層の難敵を、昨日まで逃げ回るのがやっとだった劣等生が、たった一日で、それも圧倒的な実力差で屠ってきたのだ。これ以上ない、分かりやすすぎる『覚醒』の証明だった。


その大騒ぎを見つめながら、ストークさんは最後の一口を飲み込み、至って真面目なトーンで呟いた。


「……素晴らしいな。アクスの持つ『他人に寄り添い、言葉を拾い上げる力』、あれは本物の才能だ。俺は戦うことしかできないが、あいつは人を育てる。ギルドに最も必要なのは、ミオ、お前ではなくあいつだ。俺はあいつのあの泥臭い生き方を、誰よりも高く評価している」


「……は?」


私のエールを持つ手が、ピキッと止まった。

本人は至って真面目にギルドの戦力や未来の話をしているつもりなのだろうが、トーンが低くて妙に熱が入っているせいで、外から見ると地味に愛が重い。


「ストークさん……? あなた、今、何て言っ──」


私が引き攣った笑顔で問いかけようとした、その瞬間。

ストークさんは骨付き肉をガブッとワイルドに噛みちぎり、口の周りを少し汚したまま、私に向かって、バシィィィン!! と白い歯を光らせて完璧な『キメ顔』を作った。

プテラノドンの嘴が、不自然に私の鼻先で揺れる。


「アクスを愚弄する者は、俺がこのプテラノドンの力で粉砕する」


キリッ、と効果音がつきそうなほどのドヤ顔である。


(……あ、ダメだわこの人。やっぱり中身が致命的に変だわ。顔がどれだけ国宝級でも、アクスへの評価が偏りすぎてて怖いし、何より会話の合間に挟まるそのキメ顔が絶望的にウザい……!! なのになんでそんなに食べるのよ!? もう15人前は消えてるじゃない!!)


私は完全に真顔に戻り、そっとストークさんか

ら席を一つ遠ざけた。チサトちゃんも

「あはは……ストークさんって、本当に個性的だね、ミオさん……」と引き攣った笑顔で苦笑いしている。


「おい、ストーク! 俺をダシにして最高顧問様を脅すようなキメ顔すんじゃねぇ!! ほら、おかわりだ!!」


アクスが呆れて新しい大皿を叩きつけると、ストークさんは「む、ありがたい」と、再びクールなイケメンに戻って猛然と肉を食い始めた。ただの食いしん坊プテラノドンである。

しかし、私の視線はすでに、その奥の特設カウンターへと釘付けになっていた。


「おい、ローの奴、マジで一晩で化けやがった……!」


「アクス! セナ! 俺にも、俺にもそのマニュアルってやつを教えてくれ!!」



ローくんの劇的な強さの証明を見た荒くれ者たちが、手のひらを大回転させて特設カウンターへと押し寄せ、またたく間に大行列を作り始めていた。


アクスとセナさんは顔を見合わせ、力強く頷き合っている。


セナさんの天才の眼と、アクスの翻訳能力。あの二人のバディは、今この瞬間、ギルドの常識を完全にハックし始めたのだ。


(よし……最高の『現場の生々しい口コミ(実績)』の仕込みが完了したわね! 宣伝費ゼロ、ノーリスクで爆発的なブームが勝手に出来上がったわ。アクス、セナさん、やるからには私の安全と利権のために、骨の髄まで働いてもらうわよ。グフフ……これで私の不労所得ライフへのロードマップは、今日も極めて順調ね!)


大狂乱の酒場を特等席から見下ろし、私は心の中で悪魔の笑みを浮かべながら、そっとエールを飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ