岡田家の話
十五の春。島にいる子どもは十五歳を迎えると、選択を迫られる。
どこの高校に進学するのか、だ。島に残るか、島を出るか。または、島から通学するか。人生で初めての、大きな決断を迫られるのだ。
うちの子は二人姉妹だった。二人の将来のことを考えて、年に数回は本土に赴き、どんなところかを体験させていた。そこに実際住むのと旅行は違うけれど、肌で感じるのは大事という方針だった。
そうした礎があったおかげで、澪は航くんから大きな影響を受けたのだと思う。
澪の前に、姉の尚の進学があった。高校は島内で進んだので、十八の春と言えるだろう。高校卒業後、本土の専門学校を選び、島を出た。
こんな風に単調に言ってしまうと、なんてことないごく平凡な子の成長に聞こえるが、詳細を思い出すといまだに胃がキリキリしてくるのだった。
尚については、一言で表すと危機一髪、だった。第一子ということもあり、右も左も分からないまま、とにかく不自由がないようにと先んじて回りすぎたおかげでのびのびと、育ち過ぎた。
苦労させなかったという点だけ。それだけはものすごく評価されてもいいと思うが、それ以外は失策である。
尚は面倒くさいことは周りがしてくれるという認識で育ってしまった。社会がどうやって回っているか理解しているのか甚だ疑問になるほどに。
専門学校、合格した。その報告の一言で沸いてきた感情は、喜びと不安だった。娘の希望が叶ったことは喜ばしく、前途を祝福する気持ち。娘の危うさを知っているから、前途を案じる気持ち。見事なまでに入り混じった状態だった。
手続きの書類は後から送られてくる、と聞いて、報告があった日はそれで終わりにした。澪も進学について考えるようになった頃合いだったので、優先順位が変わったのもある。成人しているし、もう任せても大丈夫だろうと思ったのだ。
それから二週間後のあの日。尚が恐怖の一言を発した。
「お母さん、入学金っているよね?」
「はッ?」
娘に向けるべきではない悪態をついたと思った。それくらい、信じられない一言だったのだ。
「まだ払ってないの?」
「なんもしてない」
「バカなの?!」
気付くと、大声で叫んでいた。尚が持っている書類を奪い、内容を確認すると支払期限の当日だった。血の気が失せた感覚を、よく覚えている。さすがに手が出そうになったがぐっとこらえ、急いで書類と通帳を持って、銀行に向かった。もし間に合わなければ、とりあえず家は出てもらおうと思った。さすがに一年ニートされるのは、澪にも影響がありそうなので、という考えにまで至った。
結果として、期日には間に合ったけれど。その日の夜は夫と二人で家族会議ならぬ、糾弾会議だった。
ついでに家も見つけないといけない。土日で行きたい、などと言われたときは怒鳴ってしまっていた。
まだ高校を出る前だったので、まあ親の責任の範疇かといろんな思いを飲み込んだ。
そんなこんなで、ひと悶着があって、尚は無事、島を巣立っていったのです。
「うわぁ…。お姉ちゃんそんな感じだったの…」
「驚きというより、恐怖よね…」
澪が尚について聞いてきたので、当時を思い出しながら話した。
「もう成人したから自分のことは自分でしてもらいます。母は見守ることに徹します」
「それはそうだね…」
「就職の時に身元保証人になるくらいしか出来ません」
「お姉ちゃんそろそろ就活なんだ?!」
「専門だからね~」
親としては、とりあえず国家資格を取ってくれれば御の字だなと思っている。
「澪も向こう行くし、寮が合わなければ二人で同居してもいいんじゃない」
「え? お姉ちゃんの面倒見ろってこと?」
「鋭い」
時間の融通が効く学生だからできている一人暮らし。それを社会人になっても同様にこなせるか心配である。しっかり者の妹も一緒にいてくれたら、と思いはした。
「多分、澪からしたら生活の枷になりそうだから冗談だけど」
「お姉ちゃん……」
あまりの言われように、姉を不憫がる優しい妹。しかし、身から出た錆なのである。
「元気で居てくれるならそれでいいんだけど…」
面倒ごとをしてくれる人がいない環境ならば、自分で対応していると信じたい。今のところ、各方面からの連絡はないので、このまま平和を願わずにはいられない。
「…きょうだいって、足して二で割ると一なのかもねぇ…」
しみじみ、我が子を見ていると思うのであった。




