偶然か、必然か
翌朝――
スマホが耳元で鳴っている。
ぼんやりと手を伸ばし、音を止める。
「……ん……今、何時……」
画面を見る。
7時30分――
「!?」
一瞬、固まり、
慌ててベッドから起き上がる。
制服に袖を通し、部屋を飛び出す。
階段を駆け下りて洗面所へ向かう。
顔をざっと洗う。
「……やば」
寝ぐせを軽く整え、キッチンへ向かう。
母さんが振り返る。
「母さん!なんで起こしてくれなかったのさ!」
「何度も起こしたでしょ!」
「え……?」
「3回は起こしたわよ!」
「……マジか」
棚の上の腕時計に目が止まる。
「……まあ、つけていくか」
腕につける。
カチッ。
「おっピッタリじゃん!」
「紫音ー!遅れるわよ!」
「やべっ」
食パンをくわえ、カバンを掴む。
カバンは半分開いたまま、靴を履いた。
「行ってきまーす!」
「ボタン、ちゃんと止めなさいよー」
「へーい」
軽く返事をしてから外に飛び出した――
教室――
息を切らし、何とか席に滑り込む。
「……セーフ……」
「ギリギリかよ!」
後ろから大地の声。
「朝は弱ぇんだよ……」
そう言って机に突っ伏す。
「……ねむ……」
そのまま目を閉じる。
担任の声が耳元で聞こえた気がしたけど
意識はすぐに沈んでいった――
昼休み――
チャイムが鳴り、
大地から、肩を揺すられる。
「いい加減に起きろ、昼休みだぞ?」
「……ん」
寝ぼけたまま、顔を上げる。
「もう授業終わったのか?」
佐藤信樹、通称ノブが
「担任が耳元で怒ってても起きなかったからな」
山田直之、通称ナオが
呆れた顔で言う。
「お前ほんとすげぇわ、大物だわー」
「てか飯食おうぜ」
「あ、ああ……」
カバンを探る。
「……ん?」
手が止まる。
「……ない」
「忘れたのかよ?」
「……みたいだな」
「珍しいじゃん」
大地がニヤっとする。
「紫音でもそんなことあるんだな」
「うるせぇ」
小さくため息をつく。
「購買行ってくるわ。先食ってて」
大地が手をひらひらさせる。
「おう、頑張ってこい」
佐藤が笑う。
「購買部は戦場だぞ」
「マジかよ」
軽く返して教室を出る。
購買部――
そこは、人で溢れていた。
「ちょ、押すなって……」
人の隙間を縫って進みながら、手を伸ばす。
コロッケパンを掴む。
そのまま抜けようとして、
ふと視線が止まる――
少し離れたところに、一人の女子。
押されて前に出れないみたいだ。
「……」
ため息をつく。
もう一度、人の中へ潜り込み
メロンパンを掴んだ。
カウンターに向けて話す。
「おばちゃん、二つ」
「はいよー!」
パンを受け取る。
(……パン一個じゃ足りねぇけど)
(まあ、金欠だし仕方ねーか)
女子の前へ――
「ほら」
「……え?」
「何で……?」
目を丸くしてこちらを見ている。
「いや、メロンパンめっちゃ見てたから」
「……!」
顔が赤くなる。
「あ、ありがと……」
「別に」
手を振り、そのまま去る。
その女の子はパンを見つめる。
「……あっ、お金……」
「どうしよ……」
そう呟きながら、
彼女はメロンパンを両手でそっと包み込んだ。
放課後――
大地が机に突っ伏している。
「……どうすっかな……」
シャーペンを回しては止める。
また回して、落としている。
「……はぁ……」
(……何やってんだ、あいつ)
「……声かけるか」
立ち上がった、その時――
「黒川くん」
「ん?」
声のするほうへ振り返ると、
少し緊張した様子で昼間の子が立っていた。
「あの、昼間のパンのお金、返したくて……」
その声に反応して、大地が顔を上げる。
目に入った瞬間――
「し、白石……っ」
大地の声がわずかに裏返った。
一瞬、空気が止まる。
「……ん?」
俺はその名前を頭の記憶から探した。
(白石……って、たしか……)
大地の顔を見ると
明らかに動揺している。
視線が泳ぎ、落ち着きがない。
「……ああ」
小さく納得する。
(なるほどな)
白石に、言葉を返す。
「そんなの、いいって!
ついでって言っただろ?」
「でも……」
白石が何か言いかけて、言葉を飲み込む。
俺は横目で大地を見た。
期待に満ちた表情。
(……分かりやす)
小さく息を吐く。
「んー、じゃあさ」
「帰り、時間ある?」
「えっ?」
「ちょい帰り、付き合ってくれない?」
「……な?」
少しだけ間を置いてから
「な?大地?」
俺は大地に相槌を求めるように言った。
それ聞いて、大地が少し顔を潤ませながら
「……あ、うん!」
慌ててうなずく。
白石は戸惑ったまま、何も話さない。
(頼む……頼む……!)
大地が、心の中で強く願う。
白石が、小さく息を吐いた後
「……うん、わかった」
と、小さく頷いた。
その瞬間――
「やった!!」
教室の後ろから、大地の声が響く。
「うっせー!声でけぇよ!」
俺は呆れたように大地に言った。
「……っ!」
大地が慌てて口を押さえる。
静かな教室に、少しだけ余韻が残る。
「じゃあ、行こうぜ!」と
俺は二人に声をかけた。
校門を出る時、
何故か背筋がゾクッとした。
誰かの視線?
振り返るが、そこには誰もいない。
「……」
「どうした、紫音?」
「いや……何も」
「行こうぜ」
「ああ」
(……気のせいか)
そのまま、三人で歩き出した――
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