第1話 これぞ異世界ファンタジー…
気づけば、俺は見知らぬ草原に立っていた。
——死んだはずの俺が。
青い空、地平線まで続く緑、遠くで風にたなびく森。
ひと狩りするゲームのオープニングみたいな風景だ。
「……これが異世界転生、ってやつか?」
自分の口からそんな言葉が出るなんて、昨日までは想像もしなかった。
俺は確かに死んだ。32歳の平凡なサラリーマン。出世には興味が無く、残業とコンビニ飯が日常。
そんな俺は、病気で半年の入院生活の後にあっさりと人生を終えた。
それなのに気がつけば、この絵に描いたような異世界に放り出されていた。
半信半疑のまま、俺は試しに身体を動かしてみる。
拳を握り、腕を振り抜く、軽く跳ねる。
「……っ!? なんだこれ……」
身体が異常だ。武術の達人か!?
爆発的な筋力なのに体が軽い。
近くの木の幹に手を当て、力を込めてみた。
——メキメキメキッ。
まるで発泡スチロールでも握り潰したみたいに、木の表皮が潰れ、幹に指がめり込んだ。
呼吸するだけで肺に酸素が溢れ、胸が焼けるように熱くなる。
視界は冴えわたり、草の揺らめき一つ一つ、遠くの鳥の羽ばたきまでがスローモーションのように見える。
死の間際で薄れゆく意識の中でそいつに出会った
「自称神様とやらが言ってた“最強の肉体”って……こういうことかよ」
笑いが漏れる。
憧れた漫画やゲームの主人公みたいな力が、今は確かに俺の中に宿っていた。
広い草原を歩く。見たことの無い色の鳥。インパラのような獣
地平の彼方、飛竜のような生き物も飛んでいる。
少なくとも日本ではない。
遠くに人影のような物が見える。
他にすることも無いので近づいてみる…
「——誰か助けてーっ!」
はっきりと視認できる距離になり、悲鳴が聞こえた。
冒険者らしき若者たちが数人、オークらしき怪物に追われていた。
剣は折れ、盾は砕け、彼らの表情には絶望が張り付いている。
立っているのがやっと、といった様子だ。
俺は思わず足を止めた。
助けるべきか……?
いや、俺はこの世界に来たばかりだ。
事情も知らない。関わればトラブルの種になるかもしれない。
けれど——。
「……クソッ、やるしかないか!」
理屈よりも先に、身体が動いていた。
大地を蹴った瞬間、視界が一気に流れる。
たった一歩で数十メートルを駆け抜ける脚力、次の瞬間には怪物の前に立っていた。
多分オークだ…身長2.5m前後200kg以上はありそうな巨体
「テンプレ展開かよ!」
拳を軽く振る。
——轟音。
大気が震え、オークらしきデカブツの身体に穴が開いた。
死体が転がり流血したのち固まり黒い灰になって赤黒い結晶を残して消えた。
この世界は魔石?をドロップして消えるタイプか!
そして静寂。
冒険者たちは呆然と俺を見つめていた。
やがて震える声が揃って言葉になる。
「す、すごい……あなた、名のある冒険者様ですか!?」
俺は苦笑した。
冒険者? 昨日まで満員電車に揺られていた男だぞ?
だが、ここで「ただの素人です」なんて言ったら余計に面倒になりそうだ。
「ははっ……まぁ、えっとそちらは無事ですか?」
とりあえず笑ってごまかす。
胸の奥が高鳴っていた。
これだ。これが俺が夢に見てきた冒険のはじまりだ。
強大な敵との命懸けの戦い、仲間との友情、心躍る大冒険。
ここから何が始まるんだ?
どんな仲間と出会えるんだ?
どんな敵と戦えるんだ?
こうして俺の異世界初日は幕を開けた。
最強の力を武器に、夢のようなファンタジー世界を駆け抜けるために。
そんな妄想で頭が一杯だったが、一度現実に戻ろう。
「……とりあえず、街まで案内してもらえませんか?」
そう言うと、冒険者たちは慌てて頷いた。
彼らの安堵と警戒の入り混じった表情が、なんだか少し可笑しかった。
——ただ、この時の俺はまだ知らなかった。
俺が得た最強の肉体はとんでもない代償を支払って得た力であることを…