五人め!
「……どうして、俺の名前を……」
耳にゾクゾクする低音のクノワの声は、BLゲームにそっくりだ。
思わずうっとり見あげてしまったキーアは、あわあわ頭をさげる。
貴族の敬礼は、いやみっぽいかなと思って、ふつうのお辞儀だよ。
「は、はじめまして、クノワさま、キピア家次期当主、キーア・キピアと申します。
大公立学園の魔法科に、大変優秀な方がいらっしゃると噂で聞きました!」
クノワの細い眉が、いぶかしそうに、ひそめられる。
「……いや、平民が噂になることなど、ないと思うが……」
さすが頭のいいクノワ先輩、脳筋のガダ先輩みたいに、あっさり笑顔で『だろ?』とか言ってくれなかった!
ちょっと考えたキーアは胸を張る。
「クノワさまの優秀さは格別です! 次期宰相候補、筆頭でいらっしゃるんですよね? 眼鏡がとってもすてきだって伺いました!」
輝かしいクノワの眉間に、けげんそうな、おしわが刻まれました……!
「その情報はどこから──」
余計に不審だったみたいです、ごめんなさい!
「入学式の受付でお忙しいところ、うるさくしてごめんなさい! 俺、もう行きますね」
後ろに新入生がたまってきたみたいなので、まぎれて立ち去ろうとしたら、クノワが手を挙げる。
「待ってくれ。仕事をする。きみは新入生か?」
手元に置かれた新入生名簿らしきものを開いてくれた。
キーアは、こくりとうなずく。
「はい」
「魔法科だな」
断定でした。
「騎士科です」
残念ながら、今はちっちゃな胸を張る。
えへん。
騎士科に合格したんだよー!
「………………は…………?」
透きとおる眼鏡の向こうの藍の瞳がまるくなる。
「騎士科」
ぽかんと開いた口で、クノワが新入生名簿を見つめた。
「……名前は……キーア・キピア?」
さっき名乗ったばっかりだからかもしれないけど、気に留めてくれていたんだ。
「覚えてくださって、うれしいです」
ふわふわぬくもる頬で笑ったら、長いまつげが伏せられた。
「……きみは……俺が、恐ろしくない、のか……?」
きょとんとしたキーアは瞬いた。
「あ、もしかして、やりたくない受付をやらされて、おこでした?」
BLゲームでは
『騎士科に入学しますか?』 → 『はい』の次が入学式で、首席合格なレォの新入生代表挨拶だった。
クノワ先輩との入学式の絡みは見たことがない。
『魔法科に入学しますか?』 → 『はい』の次も入学式で、首席合格なルゥイ殿下の新入生代表挨拶になる。
ゲームの簡単なチュートリアルがあって、入学式は終了だったよ。
騎士科だと、鍛錬場に移って
『ともに学ぶことになった、レォ・レザイだ。よろしく』
レォが握手してくれる、はじめましてスチルが出るよ!
魔法科だと、クラスに移って
『ルゥイ・トゥナ・ロデアだ。これから1年よろしくね』
はちみつな微笑みを浮かべてくれるルゥイの、はじめましてスチルが輝いてた!
BLゲームでは入学式ではクノワ先輩は見られなかったけど、今日は無理矢理、受付に座らされてるのかな?
首を傾げるキーアに、クノワは息をのむ。
「受付を、やりたくないとか、そんなことは……!」
首を振るクノワの声が落ちる。
「……成績上位者が、新入生を歓迎するのだが。……俺は愛想がないし。……緊張、して……」
ちいさくなって、かすれて消える声に、キーアは安堵の息をつく。
よかった、おこじゃなかった!
誤解されがちなクノワさま、見た目が冷徹に見えるだけじゃなくて、魔力も漏れちゃうからなんだね。
そこはBLゲームに描かれてなかったけど、魔力のオーラを描くのがめんどくさ……お金がなか……時間がなか……人がいなかっ……色々大人な都合があったのかもしれない。
キーアは大きく息を吸う。
「緊張して魔力が漏れてただけなんですね、さすがクノワ先輩、素晴らしい魔力量です!」
皆に聞こえるように、声を張ってみました。
隣の先輩が大声にビクっとして
「あ、あ、そうだったんだ? 無理に受付させちゃったって心配してたんだ。よかった」
ほっとしたように笑ってくれる。いい人だ。
「な、なんだ、激おこじゃないんだ」
「びっくりしたよー」
ビビっていた周りの人たちも新入生たちも、こそこそ喜んでる。よかった。
「……あの……」
キーアの大声の意図を理解してくれたのだろうクノワのまなじりが、ほんのり朱い。
「……ありがとう」
ちいさな、聞こえないくらいちいさな声に、ふうわり笑う。
「こちらこそ、新入生のためにお時間を割いてくださって、ありがとうございます」
丁寧に頭をさげたら、クノワは首を振る。
藍の髪が、さらさら揺れた。
「来年はきみだ」
「いやいやいや、成績上位者なんですよね? それはむつかしいと思います」
入学試験はBLゲームが始まってなかったし、悪役令息なネィトと一緒に入学することになっているだろうから、何とかなったのかもしれないけれど、悪役令息の伴侶(予定)だし、マイナス補正が入ると思って間違いない!
ネィトが何かするたびに
『あいつは何をやってるんだ!』
『ちゃんと監督しないか!』
『あんの伴侶(予定)!』
って攻略対象に叫ばれちゃうんだよ……!
──想像だけで切ない。
……はー、今、やさしくしてくれてるレォや、ルゥイ殿下も
『あいつサイアク』
みたいな目になっちゃうのかなー。
想像するだけで、泣いちゃう!
それでも、輝かしい攻略対象と主人公が恋愛を繰り広げるところを、特等席で拝みたい気持ちには、あらがえないのです──!
やってやるぜ、悪役令息の伴侶(予定)!
おー!
ちっちゃな拳を掲げてみた。
クノワ先輩が、きょとんとしてる。かわいい。




