薔薇です
竪琴が止まる。
夜が香る。
一瞬、静寂が降りた大公宮が、拍手と歓声に包まれた。
「すごい……!」
「誰、あれ!?」
「あんな可愛い子、いた!?」
「なんてちっちゃくて、可愛い百合──!」
皆の声と視線が集まる先は、ネィトらしい。
間違いなく、キーアじゃない。
顔も名前も声もないモブだから!
ネィトは高位貴族トリアーデ家の第三子だ。紫の瞳を見せたことからも、注目の的だろう。
おそろしいとか、おぞましいじゃなくて、拍手と歓声なのは、よかった!
が!
「薔薇です!」
そして
「ちっちゃく、ない!!!」
両手の拳を掲げるキーアの後ろから、あまい声がする。
「ぷぷぷ」
「そこ、笑わない、大公殿下!」
おこですよ。
成長途中なんだから!
しかしロデア大公国だからこそ、大公殿下にこんな口を利けるのであって、ネメド王国だったら打ち首だね、やばい!
ぷんぷんしてたら、腰の砕けるようなあまい声がした。
「次は僕と踊ってくれるかな、キーア」
はちみつの微笑みが降ってくる。
「ルゥイ殿下」
長い青磁の髪が流れて、とろけるようないい香りがする。
「俺と踊って、キーア」
「レォさま」
ありえないお誘いに、ぽかんとキーアは口を開けた。
現実にロデア大公国に暮らしていると、かなりありえないことだと思うけど、素晴らしいハイスペックで身分も高い攻略対象たちに、伴侶(予定)はいない。
『悪役令息と決闘だ!』は主人公と悪役令息の戦いを楽しむゲームだったから、悪役令息がいっぱいいたりすると、むかちゅきも分散しちゃうと思われたのか、ネィトひとりが頑張ってた。
その仕様のためだと思われるけれど、攻略対象に伴侶(予定)がいない、ということは、主人公がいない春の大公宮舞踏会は、フリーということなのです!
ありえないよね?
お暇だから誘ってくれたのかな?
──間違いない。
うむうむ納得したキーアの後ろから、低くてあまい声が降ってくる。
「身分の高い人から踊ろうね、キーア」
にっこり笑って手を差しだすのが、大公殿下なんですけど──!
後ろで大公配殿下が、おどろおどろしい凍気を放っておられます……!
何かが、ものすごく、間違ってる気がする──!
バグ?
バグなの!?
あ、ちがう、BLゲームがまだ始まっていないからか!
ゲームの登場人物たちは、お暇なんだよ!
主人公がいないから!
よし、解決した!
納得したキーアは、大公殿下を見あげる。
「畏れながら、大公殿下に申しあげます。
俺は、導かれる側を、踊れません」
終了のお知らせだよ。
だって、ネィトを、かんぺきに! リードすることだけを必死に叩きこんできたんだよ。
リードしかできないよ。
逆向きに踊るだけとか、簡単だろとか、即行で踊れて当たり前じゃね? とか言う人は、是非ダンサーになってください!
ということで、踊れません。
丁寧に頭をさげたら、大公殿下が引きつってる。
「……そ、そうなのか……?」
「残念ながら。ネィトさまと踊るための練習しかしませんでした」
「きーちゃん♡」
後ろから抱きついてくる伴侶(予定)が可愛いです。
大公殿下を、きちゃないゴミをポイ捨てする人みたいな目で見たルゥイが、キーアに向きなおり、はちみつの微笑みを浮かべる。
「僕は、どちらも踊れるから。踊って、キーア」
「俺も踊れる!」
レォまで手を挙げてくれるんですが!
「…………えぇ…………?」
ひかえめに、驚きを表現してみました。
「身分の高いほうから踊ろうね」
母上とそっくりな微笑みで、ルゥイが手を引いてくれる。
「いや、あの、ルゥイ殿下、ほ、ほんとに、俺と、おど、る……?」
大公宮舞踏会だよ?
ロデア大公国の一大イベントだよ?
貴族が皆来てるよ?
ロデア大公国の舞踏会で、家格が低い人(上位貴族以下)の場合(キーアの場合)
最初に踊る → 伴侶、もしくは伴侶(予定)、もしくは恋人
2番目以降 → 大すきも何にも関係なく、申しこまれた人々の家格が高いほうから踊らなきゃいけないので、順番は身分です。
大すきかどうかは、本人に聞いてね!
家格が高い人(高位貴族以上)の場合(ルゥイやレォの場合)
最初に踊る → 伴侶、もしくは伴侶(予定)、もしくは恋人
2番目に踊る → かなり大すき♡
3番目に踊る → まあまあ大すき♡
4番目と5番目 → お慕いしてる♡
6番目以降 → 義理だよ、身分高いほうから踊ってあげよう!
になる。
今、2番目です、ルゥイ殿下!
『かなり大すき♡』枠を、ちょこっと入学試験とかで仲良くしてくださったからといって、顔も名前も声さえもないモブにお使いになっても、よろしいのですか──!
心配しちゃうよ。
アタックチャンスだよ?
「もっと素敵な方がいらっしゃるんじゃ……」
大抵の人は、顔も名前も声さえもないモブ以上だと思うな!
「……僕と踊るの、いや……?」
はちみつの眉がさがって、しょぼんとしてる──!
ふわふわの可愛い犬の耳としっぽが、ぺしゃんとしてるみたいだよ……!
ちょ……!
ルゥイ殿下が、かわい──! です!
きゃ──♡
拝んだ。
ちいさく笑ったルゥイが、手を差しだしてくれる。
「僕と、踊ってください」
はちみつの髪を揺らして、不安そうに揺れる若葉の瞳で、かすかにふるえる声で、誘ってくれる。
秋の舞踏会のときのスチルより、輝かしいです、ルゥイ殿下──!
きゅんきゅんする……♡
きゃ──!
もだもだしたキーアは、あわあわ、しゃんとする。
「よろこんで」
断るという選択肢は、ない──!
家格的にもね。
差しだされたルゥイの手を、そっと握った。
「ありがとう」
とろけるように、笑ってくれる。
頬が熱くて、つながる指が熱くて、どきどきが、加速する。




