おかしい?
キーアの言葉に、ネィトは紫の瞳を瞬いた。
「……こーりゃく……?」
ふしぎそうな目には、初めて聞いた言葉に対する戸惑いだけがあった。
嘘も、隠してる素振りも『いひひひひ。知ってるよ』な、ほくそ笑みもない。
なるほど、ネィトは転生者じゃない。
オンライン小説王道の、転生者の悪役令息じゃないみたいだ。
悪役令息の伴侶(予定)が転生してるからね。
王道から、かなり外れてる。
理解したキーアは、かみ砕いて説明してみた。
「すんごく、かっこいー人を見ると『きゃー♡ きゃー♡』しちゃう?」
はっとネィトが息をのむ。
「反射……!?」
きもちわかる!
かっこいー人を見ると、つい拝んじゃうよね!
うむうむするキーアの前で、ネィトの眉が下がった。
「僕、きーちゃんが、だいすきなの。浮気とか、したくないのに、なんか、かっこいー人を見ると『きゃー♡』って、あたまのなかが、♡でいっぱいになっちゃって、自分の行動とか、言動とか、制御できなくなっちゃうの」
そ、それはちょっと、気持ちわかる範囲を超えてる……?
「……そ、そうなの?」
こくりとネィトは頷いた。
「かっこいー人に反応しちゃうんだと思ったの。でも、お兄さまとか、おじさまとか、大公殿下とか、何ともないの。頭が♡でいっぱいにならないし『きゃー♡ きゃー♡』したくならない。おかしくない?」
「おかしい」
キーアは深く頷いた。
前のキーアも、ぷよぷよんのお腹をひっこめたくなるほど、大公殿下は輝いていた!
肩、ぽんぽんしてくださったんだよ。
至福だったよ。
「見あげるだけで、ひざまずきたくなる顔面に『きゃー♡ きゃー♡』したくならないっていうのは、周りがすごすぎて、ネィトの感覚が間違ってる?」
首を傾げるキーアに、ネィトが涙目だ。
「ひ、ひどい、きーちゃん! そんなことないもん! ちゃんと、かっこいーのはわかるけど、『きゃー♡ きゃー♡』しないの」
反対側に、キーアは首を傾げた。
前キーアの知識によると、ネィトのおじさまは、ロデア大公国で、一番顔がいいと謳われる、ハゥザ大公弟殿下だ。
その次くらいに顔がいいと囁かれているのが、やっぱりネィトのおじさまであるロデア大公殿下だ。
その輝かしい大公殿下の末の弟が、ネィトのおかあさんだ。
魔法で子どもができるからね。
ルゥイ殿下は、ネィトのいとこにあたる。
だから今のところ、トリアーデ家が大公家に次ぐ家格となっていて、ネィトには誰も刃向かえないんだな。
それで文句が、伴侶(予定)に来ると!
BLゲームでは、ルゥイ殿下まで伴侶(予定)に文句を言いに来てたよ。
いとこが可愛くて、言いにくかったのかもしれない。
ルゥイ殿下が、いとこなんだよ?
すんごいよね?
もはや顔力の嵐じゃない?
周りが、あんまりにも輝かしい顔ばかりだから、ネィトの感覚がおかしくなってるのかな?
「誰に『きゃー♡ きゃー♡』したくなっちゃうの?」
きゅっと唇を噛んだネィトは、呟いた。
「……ルゥイと、レォさま」
なるほど、ルゥイ殿下は呼び捨てで、レォは『レォさま』か。
いとこって、素晴らしいな!
もだもだしたキーアは、そうっと聞いてみる。
「騎士科のガダ先輩には?」
紫苑の瞳が瞬いた。
「誰?」
「知らない?」
こくりと頷くネィトに、キーアはうなる。
「もしかすると、BLゲームの強制力が発動してる、のか、な……?
ネィトの意志と関係なく、攻略対象に『きゃー♡ きゃー♡』しちゃう?」
ネィトは細い眉をひそめた。
「『こーりゃくたいしょー』がわかんないけど、おかしいのは僕だけじゃないんだよ! きーちゃんだって!」
「……え……?」
きょとんとするキーアに、ネィトの紫苑の目がうるうるしてる。
「こんなに話してくれるの、どれくらいぶりか、わかってる?
最近なんて、ほんとに無言で、僕が、わざと酷いことを言おうと、やさしいことを言おうと、何を言ったって、何にも言ってくれなかったんだよ!
別人みたいになってく、きーちゃんに、逢いたくなくなって……」
「…………そう、なの、か……?」
ヨニとトマを、振りかえる。
ふたりはそろって、眉をさげた。
「……確かに、キーアおぼっちゃまは、ふさぎこんでいらっしゃるご様子で……」
「頷いたり、首を振ったり、意思表示はしてくださるのですが、どんどん口数が少なくなってこられていました」
「ネィトさまの暴行で頭が2倍になられたときは、ほんとうに心配したのですが、とてもお元気になられて、ちいさいころのキーアおぼっちゃまが、戻っていらしたようで……うれしくて……」
涙ぐむヨニを、抱きしめる。
「うわあん、ヨニ、心配かけてごめんね……!」
「……キーアおぼっちゃま、俺も心配していたのですが……さっきも、御者をしていたので、ぽんぽんしていただいていません……」
トマが涙目だよ!
「うわあん! トマ、ごめんね! 心配、ありがとう!」
ぎゅむぎゅむ抱きしめて、しなやかな筋肉で盛りあがったお背なをぽんぽんした。
「………………僕は……? ぼ、僕も、きーちゃんのこと、ずっと、ずっと心配してたんだから──!」
上目遣いのうるうる目のネィトが、悪役令息と思えないくらい、可愛いんですけど──!
「あれ、ネィト、悪役令息だよね? 可愛さ、振り切ってない? なにこれ」
もしゃもしゃの髪をあげたら、とんでもなく可愛いとか、王道だよ!
これは主人公と、真剣に闘える悪役令息だ──!
「ぼ、僕のこと、かわいーって言ってくれるの、きーちゃん、だけ、だよ」
ちょこんと小指を握られました。
「……だっこ……」
うりゅうりゅの涙目の、おっきな瞳の上目遣いで、見あげられました。
「え、ちょ……なにこれ……! 伴侶(予定)が、かわい──!」
ぎゅむ。
抱っこしてみた。
「ふぇえぇええ──! きーちゃんだぁあぁああ──! 戻ってきてくれたぁああ──!」
号泣が再開されました。
防水かっぽう着、装着だから、だいじょうぶ!
ちっちゃなお背なをぽふぽふしながら、キーアは考える。
「……口数が減って、無口になってた……?」
前のキーアの記憶は、ほんとうに、両手にドーナツを持って、食べかすをくっつけてることくらいしかない。
いくらドーナツを愛していて、どーなつのみで生きてゆく決意だったとしても、それは記憶としてあんまりにも偏りすぎていると思う。たぶん。
BLゲームで、文句を言われるくらいしか出て来なかった、悪役令息ネィトの伴侶(予定)をよくよく思いだしてみた。
主人公のルート確認や、攻略対象の親密度が上がったり下がったりする言動の振りかえり、悪役令息の行動ばっかり気にしてて、伴侶(予定)な顔も名前もないモブのことを、あんまり気にしてなかったよ。
あまりにもモブすぎるから、全く関係ないと思ってたけど……
うなれ、紀太の記憶──!
チカチカ、頭の奥が閃いた。
ルゥイ殿下が
『ネィトが奔放にふるまうのは、伴侶(予定)であるきみが、ネィトをしっかりつかまえていてくれないからじゃないかな?』
眉をさげて、残念そうに『なんとかして』訴えるのに、悪役令息の伴侶(予定)は
『………………』
レォが
『伴侶(予定)が、他の男に声をかけるのを放置するのは、どうかと思う』
凛々しい眉をしかめるのに、悪役令息の伴侶(予定)は
『………………』
ガダ先輩が
『ネィトの伴侶(予定)なんだろう? しっかりしてくれよー。俺が不倫してるみたいで、いやだー』
ちょっと泣きそうになってるのに、悪役令息の伴侶(予定)は
『………………』
そう、名前も顔もないモブは、声も削られていたのです!
フルボイスのゲームだったから!
どうでもいいモブのために、イケボの声優さんに声をあててもらうとか、ありえなかったから!
そういう理由で無言だよ。
モブキャラでも、従僕さんとか声のある人もいたのに!
悪役令息の伴侶(予定)に、声はなかった。
顔も名前も声もないモブ──!
BLゲームで悪役令息の伴侶(予定)が役目をきちんと果たすように、強制力で、前のキーアが無言にシフトしていったってこと?
何を言われても、ぼーっとして、無言の、だるんだるんになるように、強制力が働いてた?
それを、ネィトが、ごちんして、紀太の記憶がよみがえって、強制力がほころびはじめた……?
「僕もおかしいけど、きーちゃんもおかしくて……頭を打ったら、なんか、記憶がよみがえったりするって、本で見た、から……ぷんぷんした振りで、突き飛ばした、の……
あの……ほんとに、ごめんなさい──!」
記憶をよみがえらせようとしてくれたらしいよ。
ようやくだけど、ちゃんと謝ってくれたよ。
「きーちゃんが、戻ってきてくれて、うれしい」
腕のなかで、泣いてくれた。




