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【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました  作者:   *  ゆるゆ


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ひさしぶり




 高位貴族トリアーデ家は、大公宮に程近い一角に、広大な邸を構えている。


 トマが操ってくれる馬車の車窓から覗いたキーアは、自分の胸をぽんぽんした。


「……はー、いつ来ても、でっかいなー……緊張するー」


 見えてくるだけで、こう、胃が、きゅうってなるよ!


「……キーアおぼっちゃまが、謝られることは、ないと思うのですが……」


 控えめなヨニの進言に、キーアは微笑んだ。


「ヨニが俺を思ってくれる気持ちは、すごくうれしい。ありがとう。でもやっぱり、食べることしかしなくて、何にも頑張ろうとしなくて、伴侶(予定)たるに、ふさわしくなろうとしなかったことは、今の俺は、ひどいと思うんだ」


「キーアおぼっちゃま……!」


 ヨニが涙ぐんでくれる。

 御者席に座っているトマにも聞こえたらしい、ヨニと一緒に涙の声で名を呼んでくれた。


「ヨニとトマにも、全然感謝してなかったでしょう。執事なんだから、従僕なんだから、お金を払ってるんだから、仕えてくれて、当たり前だって。そういうの、ほんとに、さもしい、さみしい、ことだと思って」


「キーアおぼっちゃま……!」


 泣いてくれるヨニを抱きしめて、ぽんぽんする。

 御者席で泣いてくれるトマを、抱っこして、ぽんぽんできない──!


「……俺、御者やろうか? 俺まで乗せてくれるなんて、この馬、すんごい馬力だね」


 涙で抱きあいたいのだろうと、御者を代わってくれそうなヤエが、やさしい!


 しかしこの馬車、四人乗ってた!


「キーアおぼっちゃまと俺で、ひとり分の体重くらいなのと、ヨニも軽いのと、ヤエ殿も軽いでしょう。客車がかなり軽く造ってあるので、何とか」


 御者をしてくれてるトマが、がんばってくれる馬の首をぽんぽんしたそうだ。


 キピア家では馬を一頭、養うのが限界なので、馬車もちっちゃく軽く造ってあるんだよ。一頭でもひいてもらえるように!


「ネィトまでは、さすがに乗れないよね」


「あの方は、トリアーデ家の馬車にしかお乗りになりません。みすぼらしいのが、おいやだそうで」


 ふんと鼻を鳴らすトマが、ちょっと、おこだ。ヨニも頷いた。


「いちおう、伴侶(予定)の義務として、お迎えにはゆくのですが、馬車はいつも別々です……」


 頭を激しく打ったから、記憶が混乱しているのだろうと教えてくれるトマも、ヨニも、やさしい。


「………………え。…………伴侶(予定)がいるの……!?」


 仰け反るヤエに、キーアは首を傾げる。


「言ってなかったっけ? その伴侶(予定)に、今までの非礼をおわびして、伴侶(予定)じゃなくなろうと思って」


「えぇえ……! 伴侶になっちゃうの──!?」


 涙目だよ、ヤエさま! どうしたの──!


 超絶イケメンの涙目、尊い──!


 思わず拝みそうになって、あわあわしたキーアは、ヤエの言動が、この間お見舞いに来てくれたネィトと一緒なことに、ちいさく笑った。


「伴侶(予定)を解消する」


 ベージュの瞳が、瞬いた。


「…………あ、お別れ?」


 こくりと頷くキーアと一緒に、ヨニも、トマも御者席で、深く頷いてる。


「なあんだ、よかったー。伴侶になっちゃったら、せっかく始まった俺との物語が、一瞬で終わっちゃうよねえ」


 ヤエさまの物語は、きっと悪役令息か主人公と続くのです!

 ……見つけられたらだけど。ハードルが高すぎて難しいけど、がんばれ、主人公!


 BLゲームは、まだ始まってもいないからね。

 これからだよー。

 がんばっていこー!

 最愛の推しに逢うために!


 むんと両の拳を握るキーアに、ヨニもヤエも、3歳のお子さまを見守る目になってる。




 優秀すぎるトマが、がんばってくれる馬も貧相な馬車も、できるかぎり揺れなく操って、なめらかに止まってくれる。


「キーアおぼっちゃま、トリアーデ家に到着いたしました」


 しゃっと御者席から降りたトマが、さっと扉を開けてくれた。


「ありがとう」


 キーアの笑顔は、そびえ立つトリアーデ家の鋼の門に、強張った。


「……はー、緊張するー。開口一番『伴侶(予定)を解消しよう』はひどいかな?」


「キーアおぼっちゃまの頭を2倍にしておいて、謝ることさえしなかった方には『こんにちは、伴侶(予定)を解消しよう』でよろしいのではないでしょうか」


 ヨニが、おこみたいだよ。


「そうです、キーアおぼっちゃま、ここはガツンと!」


 トマも、ごつごつの拳を握ってくれる。


「わ、わかった、『こんにちは、伴侶(予定)を解消しよう』じゃ、なかった! 最初に今までごめんねって謝るんだよー!」


 あわあわするキーアの髪と服を、ヤエがやさしく直してくれる。


「パリっとしたよ。だいじょうぶ。がんばっておいで」


 頬を撫でてくれるヤエの指があたたかくて、微笑みが、声が、やさしくて、キーアは跳ねる胸を押さえる。


「がんばる」


「参りましょう、キーアおぼっちゃま」


 ヨニとトマが先導してくれる。


 トリアーデ家の見あげるほど高い鋼の門が、開いてく。





「やあ、いらっしゃ、いィイ──!?」


 応対に出てくれた従僕に続いて、迎えに出てくれたのはネィトのお兄さん、トリアーデ家の第二子ティトだと思うけど、仰け反ってひっくり返ってるよ。だいじょうぶ?


 紀太の記憶が強くなりすぎて、前のキーアの記憶が飛び飛びだったりするんだけど、第三子の弟のネィトがきっつい分、お兄ちゃんのティトは、ふわふわのくるみの髪に、くるみの瞳の、癒し系、だったと思う、たぶん……!


 弟の伴侶(予定)なキーアにもやさしくしてくれてたと思う、たぶん……!


 

「……うわあ。……も、もしかして、キーア・キピアちゃん?」


「はい、ティト・トリアーデさま、お久しぶりでございます。ネィトさまのお迎えに参りました」


 いちおう、ネィトのほうが身分が上だからね。ちゃんと外向きには、尊敬語だよ。


 うやうやしく貴族の敬礼をしたキーアに、ティトがさらに仰け反った。


 フィギュアスケートの技みたいだよ! 柔軟性がすごい!

 拍手するキーアに、トマもヨニもヤエも、3歳のお子さまを見守る目になってる。

 


「ひゃ──! 別人だよ! すんごいね、どうしたの!」


 キーアの拍手より、驚きのほうがすごかったらしい、ぽかんとするティトに、キーアの眉がさがる。


「反省しました」


 くるみの瞳が、瞬いた。


「……な、なるほど……?」


『何を?』って聞かないところが、ティトのやさしさだよね。



「あまりにも可愛くて見違えたよ! 昔のキーアちゃんに戻ったみたい」


 くるみの瞳を、やわらかに細めて笑ってくれる。


「こんなにきれいに、おめかしして、お迎えに来てくれたのに、ごめんね。……ネィト、舞踏会に行きたくないって言ってて……」


 うわあ。


 ヤエさまがつくってくれた服が、全くお披露目できなくて、宣伝できないとか、最悪なんですけど──!


 いいや。伴侶(予定)を解消して、ひとりで行こう!

 よし!


「お話だけ、させてもらえませんか。すぐ帰りますから」


「……たぶん、ほんとに、お話だけになっちゃうと思うけど……どうぞ」


 ティトが軽く手を挙げるだけで、さっとトリアーデ家の従僕が、こうべを垂れてくれた。


 邸のなかを案内してくれるのかと思ったら、先導してくれる従僕は邸の扉を開けることもなかった。

 見あげるほど大きな邸を無視するように、邸を取り囲む庭の奥へと踏み出した。


 ネィトが暮らすのは、トリアーデ家の本邸からかなり離れたところにある、ぽつんとちいさな家らしい。

 トリアーデ家のものと思えないほど、こぢんまりした離れだった。


 ……はっきり言うと、みすぼらしい。


 公都のキピア邸は、トマとヨニがとても丁寧に手を入れてくれているので、ちっちゃいけど、ぴかぴかだよ!


 そのキピア邸よりちっちゃい離れには、誰も何も手を加えていないらしく、屋根で緑の草が揺れていた。



「……ちょっと頭を強く打って、記憶が混乱しているようなのですが……ネィトさまは、こんなところにお住まいでしたか……?」


 前に遊びに来たときも、こうだった……?


 聞いたキーアに、ついてきてくれていたティトが眉をさげた。


「…………おとうさまが、何かあったときのためにって…………」


「……何か?」


 首を傾げるキーアの向こうで、ちいさな家から声がする。



「いやだ、いやだ、いやだ──! 舞踏会になんて、もう行かない!

 あんなの、きーちゃんじゃない……!

 だって、きーちゃんは……きーちゃんは……!」


 涙の叫び声だった。


 跳びあがった従僕が、あわてて扉を開ける。


「ネィトさま、キーアさまがお迎えに──!」


「い、行かないんだから──!」


 もしゃもしゃの黒髪が、見えた。


 前髪が長すぎて、どんな表情をしているのかも、わからない。



 従僕に着せられたのだろう、夜会服に身を包んだネィトが、キーアを見た。



「…………………………きーちゃん………………?」



 ネィトの声が、ふるえてる。



「うわぁあぁあぁあああん──!


 きーちゃんだぁあぁあァアア──!


 逢いたかったよぉおおおおオオオオ──!」




 泣いてる。









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