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幸せのかたち


「姫さまー! どこにいらっしゃいますかー!」


 侍女たちの自分を探す声がする。シーラはじっと息を凝らして、見つからないように隠れた机の下で体をできる限り小さくした。


 シーラは五人兄妹の末っ子として生まれた。一番上の兄は九歳、二番目の兄と姉は双子でともに七歳、そして三番目の兄は六歳。一番末娘のシーラは五歳だ。


 上に沢山の兄弟がいるおかげで、放置されるよりも構われて育ってきた。母であるユリアナとそっくりなシーラは父であるフレデリックにも一番可愛がられている。


 愛されていることはとても嬉しい。

 世の中には家族に愛されない子供もいることをシーラは知っている。でも、だからといって何でもかんでも手を掛ける愛はいらない。


 初めはわからなかった。

 生まれた時から過剰な愛情の中で育ってきたし、これが普通だという兄たちの言うことを信じていた。でもそうじゃなかった。


 姉であるミーガンが参加した子供だけを集めた茶会をこっそり覗いたシーラは衝撃を受けた。誰も兄妹に付き添ってもらっていない。しかもシーラと同じぐらいの小さな子もいる。


「わたしと同じぐらいの子もいるのに……わたしも参加したかった」


 楽し気な場を外から覗いていることに寂しくなってくる。どういうわけか、兄たちはシーラを表に出そうとしない。羨まし気に見つめていれば、あることに気が付いた。


「ねえ、みんなの付き添いはどこにいるの?」

「付き添いが必要のないご令嬢ご令息たちが参加されていますから」

「え?」

「シーラ様もお茶会に参加できるようになれば、付き添いはなくなりますよ」


 気をつかってくれたのか、侍女がそう慰めた。その慰めで、シーラは気が付いたのだ。普通は兄弟の付き添いなしでいるものだと。


 その茶会の後からシーラはいつもと変わらない顔をしながら、姉のミーガンをとにかく観察した。いつもはポヤポヤしていてあまり気にしたことがなかったが、気を付けてみればミーガンは何でも一人でやっている。兄たちが彼女に付き添うことはない。


 ミーガンは散歩したいときに侍女を連れて歩くし、勉強だって、お茶だって、お昼寝だって一人でしている。時には護衛を巻いて、好き勝手やっている。慌てる護衛達を見ているのもまた楽しい。


 シーラの目には姉のその行動がとても自由で、キラキラして見えた。


 一人で散策してみたい。

 一人で座ってお茶を飲んでみたい。

 そして、お友達だって作りたい。


「わたしだって一人で大丈夫だもん」


 そして、決心する。大人になったことを示して、兄たちから自由を手に入れるのだ。ミーガンと同じようにすれば簡単に示すことができるはず。


 シーラはふんすと鼻息を荒くして、意気込んだ。



 フレデリックは執務室に入るなり、違和感に眉をひそめた。仕事の効率を考え、執務室にはマクレガーの他に文官たちが詰めており、部屋はそれなりに広い。ぐるりと部屋を見回してもいつもと変わるところはない。


 だが、何かが違う。

 その違いが分からず、フレデリックは何度も部屋を確認した。


「どうかなさいましたか?」


 マクレガーが入り口で立ち尽くすフレデリックに声をかけた。フレデリックはもう一度丁寧に部屋の中を見てから、首を左右に振った。


「いや、何でもない。気のせいのようだ」

「そうですか。本日中に確認してほしい書類は机に置いてありますので」


 にこやかに言われ、机の上を見ればたんまりと山になった書類がある。フレデリックはその山にげんなりとした。


「毎日毎日、それなりの量を捌いているのにどうして減らないんだろうか」

「仕方がありませんね。そういう風に義務付けましたから」


 前国王の時代、貴族たちが自分たちの裁量で勝手にやっていたため、書類は適当に書いた一枚だけという状態だった。今は国がお金を出すのであればそれなりの審査が必要となる。そのため裏付け調査内容や展望など様々な書類提出が求められるようになった。


 すでにマクレガーをはじめとした文官たちが中身を精査しているため、フレデリックが目を通さずともサインだけしてもいい。だが、フレデリックはきちんと上がってきた内容を確認する。ちょっとした緩みがいずれ前国王の時代のような腐敗に繋がると思えば、サインだけするなどできるはずもない。


 仕方がないと思いつつも、ため息を漏らす。だるい気持ちを抱え、自分の執務机へと近づいた。


「ん?」


 いつもなら綺麗に仕舞われている椅子が戻されていないことに気が付いた。使用人の落ち度とは考えにくい。首をひねりながら近寄ったが、確認する前に足が止まった。


 廊下が騒々しい。


 その騒音は次第に近づいてきて、フレデリックの執務室へと飛び込んできた。


「父上! シーラを見ませんでしたか?」

「アーロンか。何を慌てているんだ」

「シーラが部屋にいないんです! いつもならこの時間は庭で散策する予定なのですが」


 長男であるアーロンが青ざめた表情で訴えてくる。どうしたものかと、悩んでいれば、ふと執務机の下から小さな手が出てきた。その手は激しく横に振って断れと訴えてくる。

 一体どんな状況なのだろうかといぶかし気に思いつつも、アーロンを宥めた。


「シーラもたまには一人でやりたいこともあるのだろう」

「そうかもしれませんが! シーラはすごく可愛いんです。一人でふらふらするなんて危なすぎる」

「……過保護だな」

「シーラに暗部の人間を三人もつけている父上に言われたくありません」


 納得できないのか、アーロンが唇を尖らせた。暗部の存在に気が付いていることに驚きつつも、きちんと間違いを訂正する。


「子供たちを守るのは親として当然だ。それに大切なのはシーラだけではない。お前たちにもちゃんとつけているぞ」

「え! それって僕にも付けているってこと?!」

「そうだ。当たり前だろう」


 何を言っているのだと眉を顰めれば、アーロンががっくりと肩を落とした。


「僕はミーガンと違って護衛を巻きませんよ」

「関係ないな。俺が必要だと思ったからつけているんだ。俺よりも剣の腕が上になったら考えてもいい」

「うわ、藪蛇」


 剣のことを持ち出せば、アーロンは顔色を悪くした。フレデリックによく似た顔立ちをしていたが、体つきはユリアナに似たのか、やや華奢だ。剣の腕も悪くはないが、ごく一般的。

 ついでに一言、二言言ってやろうと気を引き締めた。


 アーロンはフレデリックの態度が改まったのを見て旗色が悪くなったと思ったのか、すぐさま挨拶して飛び出していった。その慌ただしい後姿を見送り、ため息をつく。


「あれは誰に似たんだ。落ち着きがない」

「陛下じゃないですかね。アーロン殿下は見た目も陛下にそっくりですし」


 マクレガーが手を止めずにしれっと答えた。フレデリックは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「俺はあんなにも騒々しくない」

「そうですか? よく似ていらっしゃると思いますよ」

「アーロン兄さまはお父さまに似てとてもステキな王子様なの。淑女のご令嬢からモテモテよ」


 可愛らしい声が下から聞こえた。フレデリックはため息をつくと、執務机の側でしゃがみこむ。机の下を覗き込めば、シーラがにこりと笑った。


「シーラ。いつからここにいたんだ?」

「うふふふ、ナイショ。乙女のヒミツよ」


 よいしょ、とクマのぬいぐるみを抱えて出てきた。ユリアナによく似たプラチナブロンドの癖のない髪に、大きな緑色の瞳をした末の姫だ。アーロンだけでなく、他の兄姉たちも末の妹のことを可愛がっている。アーロンは特にユリアナに似た妹を溺愛していた。


「アーロン兄さまの魔の手から救ってくださってありがとうございます」


 立ち上がって、スカートの裾を整えると、シーラはスカートを摘まんで、ちょこんと可愛らしくカーテシーをする。フレデリックは娘の頭を雑に撫でた。


「護衛はどうした」

「お母さまと違って、わたしは淑女なの。ちゃんと理由を言ってから、ここに来たのよ」


 えらいだろうと両手を腰に当て、胸を張った。フレデリックはどうしようかと悩みつつ、再び頭を撫でる。


「陛下、今日はシーラ殿下にお付き合いしてあげてください」

「しかしだな」

「一日ぐらい、大丈夫ですよ」


 どうやらシーラはマクレガーをすでに口説き落としていたようだ。そこまで言うのならと、フレデリックは立ち上がると、シーラを抱き上げた。


「それで、俺のお姫さまは何がしたいんだ」

「一人でお散歩と、お茶と、お友達を作りたいのですわ!」

「……俺がいたら一人ではなくなるが」

「お父さまは特別にわたしの勇者にしてあげます。だから問題ありませんわ」


 勇者がなんであるかよくわからないが、とりあえず彼女の中で問題がないようなので聞き返さなかった。フレデリックはシーラを抱きかかえて、執務室を後にした。



 王族の居住区域を目指して、ゆっくりと廊下を歩く。シーラは楽しそうにおしゃべりを続ける。


「それでね、いつもアーロン兄さまやジェフ兄さまが付いてくるから、わたしにはお友達がいませんの」

「二人がいても令嬢たちは寄ってくるだろう?」

「そうですけど。皆さま、お兄さまたちに近づきたい人ばかりなのでお友達にはなりませんわ」


 澄ました顔で言われて、首を傾げる。


「お前は一体どこからそういう話を覚えてくるんだ」

「ミーガン姉さまを観察していたらわかりました! お姉さまに近づく令嬢も、お兄さまたちと仲良くしたくて近づいてくるみたい。いつもすごい笑顔で追い払っているわ」

「……なるほど」


 今、三人の王子がいる。誰が次の国王になるのかは決まっていないが、有力なのはアーロンだ。次男のジェフは頭を使うよりも剣を振っていた方がいいタイプのため、恐らく国王にはならない。三男のデニスは二人の兄を見て上手に世間を渡っていきそうで、こちらも国王をやりたくないタイプだ。


 フレデリックの父である前国王が腐敗させた国はこの十年で風通しが良くなった。腐った貴族たちの世代交代も進み、あれほど着手できなかった教会も、ユリアナの祖国の聖職者の手助けによって膿を出し切った。今では本来あるべき姿を取り戻しつつある。


 次の時代はフレデリックのように戦場に出て剣を振るう必要がなくなる。周囲を押さえつける力を示す必要はない。そのため息子たちの誰が国王になってもそこそこ統治できるだろうから、フレデリックはあまり心配していなかった。


 シーラと他愛もないことを話しながら、フレデリックは初めて自分の歩んできた道を振り返った。信用できる臣下がいて、守るべき家族がいて。


 フレデリックの人生はとても過酷で、兄弟といえば殺すか殺されるかといった関係だ。すべての異母兄弟を斬り捨て、国民の疲弊を見ずに戦いばかりを行う暗愚な父王を殺した。そして国王の地位を手に入れ、腐った貴族を処分し、ようやく自分を殺そうとする人間を排除出来た。

 そんな血塗られた道を歩いていたフレデリックは自身が大切に思える家族を持つなど考えられなかった。


 人生の転機はユリアナとの結婚だったな、とフレデリックはぼんやりと思った。ユリアナの暢気な笑顔を思い出し、言葉にならない何かが胸を圧迫する。


「お父さま、どうしたの?」


 黙ってしまった父親の顔を不思議そうに覗き込む。


「何でもない。ただ平和だなと思ってな」

「そうなの?」


 よくわからなかったのか、シーラは目を瞬く。何を思ったのか、小さな両手でフレデリックの頬を押えて、ちゅっと頬にキスをしてきた。驚いて目を見開けば、シーラが笑った。


「大好きのチューよ」


 うふふと笑う娘に涙が出そうになる。


「ありがとう。俺もお前を愛している」

「嬉しい! 相思相愛ね! お母さまよりも愛している?」

「それはない。お前たちはユリアナの次だ」


 素直に答えれば、シーラがむっと唇を尖らせた。


「お父さまったら、そこは嘘でもお前が一番だというべきよ。もっと雰囲気を大事にしてほしいわ!」


 娘の無茶な言い分に、ついつい笑う。


「シーラ! どうしてお父さまと一緒にいるの?」


 突然ミーガンの声が割り込んだ。二人で振り返れば、ミーガンが呆れたような顔をして立っている。


「ミーガン姉さま」

「さっきアーロン兄さまが探していたわよ」

「お兄さまには黙っていてください。わたしは今お父さまとデートなの」


 いつの間にデートになったのか。


 フレデリックは苦笑しつつ、黙っていた。ミーガンは妹の言葉に怒りをあらわにする。


「ズルいわ。わたしだってお父さまとデートしたいのに!」

「うふふふふ。ダメです、お父さまとのデートはわたしが勝ち取った権利です」


 シーラは両腕をフレデリックの首に巻き付けた。ミーガンはすがるような目をフレデリックに向けてくる。


「お父さま!」

「シーラ、ミーガンも一緒でもいいだろう?」

「えー」


 不満そうに声をあげるが、本気で嫌がってはいない。シーラを片手で支え直し、ミーガンへと空いた手を差し出す。


「ほら、行くぞ」


 ミーガンは嬉しそうにフレデリックの腕にしがみついた。娘二人を連れて、フレデリックは再び歩き始めた。ぽんぽんと会話を飛ばしながら、二人の話を聞く。半分以上何を言っているのか、わからなかったがそれでも楽しそうな顔を見ているだけで、穏やかな気持ちになるのだから不思議なものだ。


 奥の庭にたどり着くと、木陰の下にテーブルを置いて本を読むユリアナがいた。その隣には勉強道具を広げているデニスがいる。


「あら、珍しい組み合わせね」


 三人を見て、目を丸くする。


「お母さま!」


 シーラはフレデリックの腕から飛び降りると、そのままユリアナに抱き着いた。ミーガンはフレデリックの手を握ったまま離さない。問うように彼女を見下ろせば、ミーガンは照れたように笑った。


「あー! こんなところにいた!」


 ほどなくして、息を切らしたアーロンとジェフがやってくる。ジェフは途中でアーロンに巻き込まれたようだ。シーラは兄たちの元に行くと何やら説明しはじめる。


 自然と家族が集まっていくのがとても不思議だ。笑い合う子供たちを眺めていれば、いつの間にか隣にユリアナがいた。ユリアナは少しだけフレデリックに体をあずける。


「楽しい?」

「そうだな、楽しいな」

「それはよかった。ねえ、もう一人産んでもいい?」

「……」


 お手軽な感じで言われて、思わずユリアナを見る。ユリアナは上目遣いでにこりと笑った。


「なんか、できちゃった気がするの」

「そういうのは早く言え」


 フレデリックは怒りながら、すぐさまアレシアに侍医を呼ぶようにと指示をした。


Fin.


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