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婚約破棄系王子  作者: 風見 十理
第一王子の場合
3/7

2-2




***




 ぱたん、と扉を閉められた応接室は、物寂しいような静けさです。

 急な展開に驚き通しな私の頭は、しばらくぼうっとしたままでした。そこに急に手を引かれたまま、殿下が深いため息を吐いて座り込みます。

 不意に覚醒して、どうされたのだろうと慌てていると、殿下が顔をあげます。

 それは、普段の感情が読み取れない笑みでなく、極上の。さらに夜明けの眼は甘く溶けるように揺らぎ、誰もが頬を染めるに違いないような笑顔でした。


「やっと。……やっとです、私のお姫様」


 じわじわと紅潮していた私の頬がかっと熱くなりました。

 ケルナー様にもよく、僕のお姫様とは言われましたが、違います。殿下の言葉には、彼の何倍もの想いが込められていました。それが、先程とは全く違う、甘い響きの声に乗せられると、もう。


「あ、の」


「はい。……ああ、ちゃんと説明しなければいけませんね」


 助け出してくれた時からずっと握っていた手を離し、殿下は私を向かいのソファに座らせました。また息を吐いた彼が顔をあげた時には、すっかり元の状態に戻っており、残念に感じてしまいます。


「全ての始まりは、八年前。私が貴女への初恋を自覚したのが運の尽き……いえ、切っ掛けでした」


 どうしてでしょう。さらっと告白されたはずですのに、喜べないのは。運の尽きとは。

 八年前といえば、ちょうど私とケルナー様が婚約した時期です。ふと幼い時を思い出すと、なぜあの様になってしまったのかと悲しくなってきました。


「お気付きと思いますが、八年前はグローセスと又従兄弟殿が婚約した時です。私はその頃占術を嗜んでいましたから、すぐに貴女のことを占いました。するとじきに婚約をすると出まして、大変衝撃を受けました」


「まあ……」


「早速の失恋に打ちひしがれていた時です、……宰相がやってきたのは」


 あら。なぜここで父がでてくるのでしょう。

 そしてなぜでしょう。殿下の顔色がとても悪く見えるのですが。組んでいる手に力が入って白くなっていますが。


「結論から言いましょう――グローセス、貴女の父上は、今回の結果のようにゼクト公爵家を取り潰しにするつもりでした。彼はゼクト公爵が国家転覆、簡単に言うと国を乗っ取ろうとしていることを見抜いていたのです。しかし、ゼクト公爵家は陛下の母、私にとっては祖母を輩出した家です。またゼクト公爵も抜け目なく、反逆の証拠を綺麗に隠滅していました。同じ公爵といえど簡単に手を出せないと知っていた宰相は、使える駒を使ったのです。私と貴女です」


 すっと息が止まりました。

 私が駒というのは、ゼクト家が取り潰されることを前提とすれば、非常に簡単に想像がつきます。

 しかし、殿下が駒というのはまだ想像がつきません。


「当時の私はまだ表情を取り繕うことも下手で、淡い恋心などすぐに宰相に気付かれてしまいました。その娘への気持ちを利用しようと決めた彼は、すぐに貴女と又従兄弟殿の婚約を進め、私に自らの目的を語った後に貴女を盾取って協力を押し付け……いえ、求めました。貴女の婚約はそもそも破棄を前提とした、ゼクト家の不正を探す足掛かりだと。結婚させたくなければゼクト公爵家取り潰しに加担しろと」


「一体、父は何を殿下に求めたのでしょうか」


「たくさんありますが、表向きの大きなものは、王の品格と資格です。ゼクト公爵家はこの国を乗っ取る過程で、あの又従兄弟を傀儡かいらいの王にするつもりのようでした。そこで彼らの脅威となりうる次期国王に相応しい器を、宰相は私に求めました。その日から、宰相によるあの地獄の日々が……」


 あの、いつも冷静な殿下の声が震えています。今にも決壊しそうな声音です。

 父様。殿下に何をされたのでしょう。知りたくはありませんが。それにしても急な殿下の勤勉さには私が関わっていたなんて。


「そして二年前、ようやく私たちはゼクト公爵家の尻尾を掴みました。私は又従兄弟殿を呼びつけてさらなる証拠を吐き出させる為に、占いを大々的に宣伝したのですが、なかなかお二人が来なくて弱りました」


「えっ、ではあの婚約者占いは作戦だったのですか? 原因も……」


「従者の事故は本当です。彼は婚約祝いとして、私が当分封印していました占いをして欲しいと言われたのです。結果として確かに悪いものでしたが、彼らは不幸になると言われても笑顔で問題ないと、それでも共にあると宣言しました。本来婚約者とはそうあるべきだろうと深く感じ入りました」


 ですから少々試すようなことを、と小さく呟かれたのを私は聞き逃していませんでした。

 もしかして、殿下は私たちのように、全ての婚約者たちに別れなさいと言って試したということでは?

 疑惑の目を向けると、殿下はすっと目を逸らしました。


「それは一旦置いておきまして。先日、遂にゼクト公爵家の動かぬ証拠を得て、糾弾の準備が整いました。婚約破棄は決まっていたことではありますが、はやる気持ちを抑えられず、あの時貴女に婚約破棄をお願いしました」


 あのいきなりの婚約破棄はそういう過程でのことでしたか。説明してくだされば、と思いましたが内容故にあの状態では難しい話だったでしょう。

 先程からすっかり王太子候補としての完璧な姿がなりを潜めている殿下は、身動ぎして言い辛そうに口を開きます。


「……貴女にとって婚約破棄しなさいというのは辛いことだったかと思います。裏で行ってることは悪にしろ、又従兄弟殿は貴女を大切に愛していたでしょうから。私と彼は同じです。私たちは宰相に、娘には王妃の器がある故に王となる相手しか認めないと、懇々と言われていました。それはお互いにとって王太子、ひいては国王を目指す原動力でした」


 ……父様、確かにいつもお前には最高の婿をと言っておりましたが、まさか未来の国王を候補に考えているとは思っておりませんでしたよ。しかも自らの手で仕立て上げるなんて。

 私はふるふると首を横に振りました。


「いいえ、殿下。お気を病まれないで。私のような家の娘は、家の意向の政略結婚が当然です。また婚約破棄も同様です。そこには感情など不要です」


「立派な矜持です。ですが、やはり家に囚われず、求め求められ、幸せに暮らせる縁談が一番宜しいでしょう。グローセスをようやく解放できたのですから、策略とはいえ婚約破棄させた手前、きちんと責任は取らせていただきます」


 心休まる夜明け色の双眸が緩やかに細めれられます。慈しむようなその目に、これからくるだろう展開に、胸が高鳴ります。

 殿下が立ち上がって、私の手を取り--紙の束を置きました。え、と殿下を見ると、目で頷いてくるので、疑問符でいっぱいのままその紙を捲ってみます。

 そこには、男性の名前が。


「婚約者占い等で集めました、貴女の為の婚約者候補一覧です。皆健全で将来的にも問題がなく、人柄も及第点の優良物件です」


「……」


「残念ながら、私の占術では誰が一番貴女と相性がいいか分かりかねまして。いえ、そもそも占術など、たかがあやふやな可能性にしか過ぎません。私はもう占術など信用しておりませんから、しっかりと私がこの目で判断しました」


 改めて殿下の顔を見上げれば、彼は本気でした。あの時のケルナー様のようです。

 いえ、そんなことよりも。


「あの、殿下。殿下は、その……私が初恋だったのですよね?」


「はい」


「父の強制とはいえ、王太子を目指した時、私の存在が原動力だったと」


「ええ」


「私の婚約破棄の為に尽力してくださって、責任を取ると」


「はい。ですのでそちらを」


「……婚約者は殿下でよろしいのでは?」


「は……」


 殿下は言葉を失って、目を見開いていきます。

 まさかそんな、考えもしていなかったのでしょうか! この話を始める前のあの甘い笑顔はなんだったのでしょう!

 私は思わず彼を睨みつけてしまいました。


「殿下。殿下は一体何のために今まで頑張ってこられたのですか」


「……それは、貴女の婚約破棄の為に。貴女を婚約から解放させることを目標にしていました。それからは貴女が幸せに暮らせるようにと」


「ええ、今回ゼクト公爵家が取り潰しになるので、私の婚約は無くなりました。父様が、王になる者にしか私を任せられないと言っていたそうですね。候補が二人いらっしゃったうち、一人が候補から降りてしまったのですから、もう一人の方と婚約するのが私の一番の幸せではないでしょうか?」


「それはあくまで親心であって、なにも王座に座る者でなくても、グローセスが幸せになれる相手なら誰でも良いでしょう」


 あら父様。あまりに(しご)き過ぎたせいか、殿下の考えがおかしくなっていますよ。

 父の考えに触発されたのか、初恋をこじらせに拗らせたのか。いずれにせよ、私が頬を叩いて差し上げなければいけないようですね。

 私はラインヘッセン公爵が娘。胸を張って、第一王子殿下に向かって言い放ちます。


「殿下は、私の事、お好きですか?」


「好きです」


「では、私、グローセス・ラインヘッセンと婚約してくださいませ」


 堂々と言い切った私は、すっと殿下の前に手の甲を差し出します。

 ……言ってやりました、逆求婚。本来は令嬢が、ましてや公爵令嬢ともあろう者がこのようなことをするなど、あり得ないことです。きっと今日の私の行動を話せば、家の者は皆倒れてしまうでしょう。

 殿下は、しばし硬直したまま私の手の甲を見つめています。

 私ははしたなさにくらくらしながら、引っ込めたくなる手を自分に叱咤激励して維持しました。


「そうですね」


 声がした、と気付いた時には手の甲に柔らかい感触を感じました。

 私の手を取って顔を向けた殿下は--いつもの微笑みを称えていました。しかし、その目は。


「私は八年間も、貴女に縛られました。そもそも貴女が私を虜にしなければ、私は宰相に目を付けられることもなかった。王位なんて興味なかったのですから。全て貴女のせいですので、責任とっていただきましょう」


 夜明け色の眼の奥にはじりじりと、炎が燃えたぎっていました。怒りか欲望か、その暑過ぎる熱量に私は後ずさりました。

 これは、私、少しまずいものを引き出してしまったかもしれません。

 殿下は、目を私から少しも外さずに、流れるように膝をつきました。


「グローセス・ラインヘッセン公爵令嬢。私、リースリング・フォン・アウスレーゼは貴女に婚約を申し込みます。――尚、この婚約について、解消はなく、不幸にならないものとします」



第一王子の場合 完

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