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[登場人物紹介]

沢田弘樹 主人公。三十二歳。転職したばかりの内気な男

森    沢田が勤める会社の社長

白川   会社の同僚の女性。事務を担当する

西山   会社の同僚の女性。退職の為、沢田に業務を引き継ぐ

谷津   会社の同僚の男性。眼鏡をかけた、がっしりとした体格

中山君  沢田の中学校時代の同級生。スポーツ万能の男子

大沢君  沢田の高校時代の同級生。ツンツン頭の男子

僕と彼の淡い恋の物語


「おはようございます」

 僕はドアを開けて二階の居室に入ると、部屋の入り口で挨拶をした。やや緊張しつつも、僕の転職第一日目が始まった。

 居室の窓からは、川沿いに咲く桜の花が見えた。

 初日ということで早めに出勤したのもあってか、居室には社長を含めてまだ人影もまばらだった。

 着馴れていない白衣姿の僕を見て、事務担当の白川が歩み寄って来た。

「沢田さん、おはようございます。出勤されたら、こちらの札をひっくり返してくださいね」

 白川はそう言いながら、戸口の横にずらっと並んだ出欠札の中から僕の名前が書かれた札を手に取ると、赤色から白色にひっくり返した。


 僕の名前は沢田弘樹。年齢は三十二歳。これまでに二度転職し、今日から人生三つ目の会社での勤務がスタートする。

 僕は関西で理系の科目を専攻して大学を卒業後は、そのまま向こうで就職した。しかし、技術的にも精神的にも限界を感じて実家に帰ってきた。四年前のことだ。

 その後、今の言葉でいうニートというものも経験し、半ば引き籠りのような生活を終え就職したが、会社の勤務形態が僕に合わず、今回の転職となった。

 ちなみに、僕は自分のことを俺とは呼べない。理由は自分でも考えたことはない。そういう性格なのだろう。


「えー。次に、今日からこちらで働いてもらう、沢田君です」

「今日からお世話になります。沢田と言います。いろいろご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 社長の森から紹介され、僕は朝礼で挨拶をした。

 さっきまで数人しかいなかった居室は、八時半の朝礼の時間には二十数名の社員が円を描くように集合していた。その全ての視線が僕に集まっていると想像するだけで、僕はとても緊張して鼓動が速まっていた。社員の顔を見渡すほどの気持ちの余裕もなかった。

「沢田君の家は床屋さんだそうです。もし社員が髪を切りに行ったら安くしてもらえますか?」

 森は笑みを浮かべて僕のほうに顔を向けた。

「あ。えっと、ちょっと親に相談してみないと」

 やや強張った面持ちで、僕はボソッと答えた。社長が僕の緊張をほぐそうと、わざと冗談を言ってくれたのであったが、その時の僕には逆効果だった。

「ははは。じゃあ、今日からよろしく。仕事は西山さんから教えてもらってください」

「はい」


 朝礼後、各々が持ち場へ移動する中、僕はその流れの中にポツンと取り残された。そこへ、一人の女性が近づいてきた。

「今日からよろしくお願いしまーす」

「よろしくお願いします」

 白衣の名札に目をやると、西山と書かれていた。その女性は、若さを感じさせる柔らかな言葉使いで僕に話しかけてきた。

 僕は、この西山から業務を引き継ぐことになっていた。面接の際に、彼女は数ヵ月後に退社し、結婚する予定だと聞いていた。

 西山は僕とそれほど歳も離れておらず、社長から説明されていた通り、この会社自体、社員は半数以上が年齢三十歳代までの若手だった。その女性は若いながらも、僕が配属されたチームのリーダー的な存在で、チーム内の業務全体を取り仕切っていた。


 朝礼の後、僕は彼女に各チームの部屋へと案内されて挨拶をしたり、社員の名前を教えて貰ったりした。その後、僕はノートにメモをとりながら簡単な部類の業務のやり方を教わった。

 やはり勤務一日目となると、何をするにも普段より疲れるのだろう。密度の濃い一日を終え、久しぶりに味わった足の疲労を感じながら僕が更衣室へ行こうとすると、僕の目は一人の社員に留まった。

 作業着を着た一人の男性。僕が緊張していたからか、朝礼でも顔を見なかったその男性は、短髪でがっしりとした体つきで、眼鏡をかけていた。僕が笑顔で会釈をすると、その男性も僕を見て微笑みながら会釈をした。胸元の名札には、谷津と書かれていた。

「谷津さんか。いいな」

 僕は心の中でそう思いながら、家路についた。

 そう。僕はまだ大切なことを述べていなかった。僕は転職をするたびに、いい人に巡り合わないかなと淡い期待をしていた。ただし、その対象は異性ではなく、同性の男性であった。僕はいつの頃からか同性に興味を抱いていたのだ。


 それは、僕が中学生の頃から始まっていた。中学校の土曜授業は午前で終了し、午後からは半ドンであったが、部活動のために僕が教室で弁当を食べていると、いつも来てくれる男子がいた。中山君だ。

「一緒に弁当食べよ」

 そう言って僕の前の席の椅子を引き、それに跨ってこっちを向いて座ると、彼は僕を気にすることもなく、ガツガツと弁当を食べ始めた。その食べっぷりを、僕は羨ましく見ていた。

 彼は運動会でいつもリレーの選手に選ばれるような子で体もがっしりしており、声も大きく積極的で、僕の正反対のような男の子だった。

 それに対して、僕は周囲からの視線を感じると弁当を食べるのも緊張するような、あがり症で無口な、おとなしい子供だった。そしていつしか、僕は中山君に憧れていた。

「僕も中山君みたいな人になりたいな」

 そう思っていた中学時代であった。体格的にも性格的にも彼に憧れていた。しかし、それは恋愛対象としてではなく、既述したように憧れであったように思う。好きという感情があったかは今の僕にはわからない。


 話のついでに言っておくと、高校時代には、同じように同級生のむちっとした体格の一人の男子に興味を抱いていた。体育の授業の前、休み時間中に着替える時、僕は大沢君の着替え姿をいつも気付かれないように、こっそりと見ていた。彼の股間の膨らみに興味があったのだ。

 僕は小学校の頃からずっと、友達同士での下ネタや性的な会話は苦手で避けてきていたが、その頃になるとそれなりに体も発達し、僕は惹かれる男性の性器に興味を感じていた。

 僕は大沢君の白いブリーフの膨らみを記憶に留めつつ、家での自慰行為に励む日もあった。つまり、その時には同性に性的な感情を抱いていたことになる。

 部活動をしていた僕は、部に未所属の大沢君と帰る時間が重なることはほとんどなかったが、テスト期間中は、何度か大沢君と駅までの数分間を一緒に歩いたときがあった。

 ツンツン頭で、やや短めの襟カラーの学生服を着た大沢君は、手を大きく振りながら僕の隣を歩いていた。ちょっと高く鼻にかかったような特徴のある声は可愛らしくもあり、僕の心はときめいていた。僕は彼にほのかな恋心のようなものを感じていたのだった。


 しかし、高校生にもなると、僕は自分が他の人とは違うのではないかと考えるようになっていた。友人達との会話では、同じクラスの女子が隣のクラスの男子と付き合っているとか、初体験をしたとか、そういう話題を聞くこともあったが、僕は異性にそれほど興味もなかった。また、当時の男子が持っているだろう性交の知識すら持ち合わせていなかった。

 同性に興味がある僕は変なのだろうか? それとも、単に性の知識が遅れているから男子の性器に興味があるのだろうか? 自分でもよくわからなかった。

 わずかな不安を抱えた僕はその気持ちを誰かに話すこともできず、僕の恋心のようなものを大沢君に伝えることもできず、高校生活は過ぎていったのだった。



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