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例えば、僕らが  作者:
2/13

2.僕らの過去:前篇

 僕――市橋(しのぶ)と小清水那智が初めて出会ったのは、もう十年以上前になるだろうか。

 那智は当時高校を卒業したばかりで、僕は事務所に入社してまだ二、三年ほどしか経っていない、いわゆる若手社員という立場だった。


 ミーハーかつ親バカなおばさんが『ほら、うちの子どう?』などと言いたげに我が子を事務所に直接連れてくるようなことはこのころ何度かあって、那智もそうやって自らの意に反して無理矢理連れて来られた哀れな子供のうちの一人だった。

 那智の母親は彼に、高校卒業後すぐに俳優として活躍して欲しかったらしく、その後の進路(大学とか)を全て蹴らせてからここに連れてきたのだと宣った。まったく、今考えてもものすごい親だと思う。

 そういう勘違い親子は大体上層部の方が、形ばかりのオーディションを行って切り捨てていくというのが常であった。当然芸能界はそのような甘い考えで生き残れるような世界ではないし、そういう風に連れてこられた人間には大抵才能がないからだ。

 が、那智だけは違った。上層部がどこをお気に召したのかは知らないが、落選率百パーセントのはずの仮初めオーディションに見事合格し、十八歳で我が事務所の所属俳優となったのだ。

 それでも、合格したからといってすぐに売り出していくわけにはいかない。社長いわく、芸能界で活躍できる人間となるためにはやはりそれなりの技量やルールの遵守(じゅんしゅ)が必要であり、所属俳優にそれを教え込むことは避けて通れぬ道なのだそうだ。

 そんなわけで、一番初めに彼のマネージャー……事務所での世話役、教育係へと任命されたのが僕だった。当時、事務所内で彼と一番年が近いのが僕だったからという、何とも不本意な理由で。

 いくら仕事とはいえ、まだ高校を卒業したばかりの年下のガキ――だいぶ言い方が悪いけれど、僕だってまだ考えが幼稚だったのだ。勘弁してほしい――を相手にしなければならないなんてあんまりだ、と当初は思ったものだ。

 その上、このガキ――那智はなかなかに曲者で、こちらになかなか心を開いてくれなかったし、最初などは僕と口さえもきいてくれなかった。こちらから何を話しかけても、むすっとした顔で黙ったまま。

 それでもめげずに何度も話しかけ続けたところ、僕のしつこさに折れたのか、何とか口だけはきいてくれるようになった。

 ……が、親に相当甘やかされて育ったのかひどく気分屋で、ひとたび口を開けばわがままばかり言う。その上いつでも上から目線で、年上である僕に対する敬意などひとかけらも感じられなかった。

 確かにいきなり親にこのようなところに連れて来られて、意志と反する道を歩まされていることに対して不満を抱く気持ちは分かるし、その点に関しては同情する。けれどこの態度はあんまりだ。どうにもならないストレスを、こちらにぶつけてこられたって困る。

 それに……仮に目指すものが俳優じゃなかったとしても、あまりにマナーがなってなさすぎる。今からこのようなことでは、こいつはきっと将来苦労することになる。せっかく俳優として大成しても、すぐに干されるに違いない。

 腹が立った僕は、本格的にこの少年を鍛え直すことにした。実家が旅館だったので、これでも幼い頃から接客態度とマナーだけはみっちり教えられてきたのだ。

 決意したその日から僕は、これまで下手に出ていた態度を改め、那智に対して少々厳しめに接することにした。気持ちはすっかり教育ママだ(男だけど)。

 小さい頃から僕に厳しく接してきた両親の気持ちが、その時一番よく分かるような気がした。


 まず、それまで事務所の寮に住んでいた那智を僕のアパートに住まわせ、共同生活をすることから始めた。自分のことは基本的に自分でやらせ、掃除や食事の用意など、家事の分担に関する当番も決めた。

 もちろん、那智は反発した。大方、何でも自分の思い通りになると思い込んで育ったようなクチだろうし、日常生活のことから何から、何でも親にやってもらっていたのに違いない。

 話がどういう風に伝わったのかは知らないが、彼の両親からも『うちの子を無下にするような真似はおよしください』などと不本意な文句を言われた。なるほど、これが子供を調子に乗らせる親の典型か……そんな風にしみじみ思ったものだ。

 けれど僕は、そのようなものさえも意に介さなかった。また、新人若手俳優の扱いに相当困っていたのか、事務所からも咎められることはなかった。ただ『お前に任せる』と、そう告げられただけだ。いわゆる丸投げというやつである。

 一生を芸能界で過ごすにしても過ごさないにしても、ちゃんとした大人になるためにはこのままではいけないのだ。一刻も早く、彼の中から勘違いを抜いてやらなければならない……そんな使命感が、その時の僕を支配していた。

 そんな頑固な考えを抱いていた僕に何を言っても無駄だと諦めたのか、那智は渋々ながらも決めた当番をこなした。当然、鬱陶しいまでに多い文句つきで。

 僕はといえば、そんな那智の文句に苦笑しながら、それでも回数を重ねるうちにだんだんと器用になっていく那智の手つきを、子供の成長を見守る親のような気持ちで眺めていた。


 仕事の方は、僕と同じ時間に那智を起こし、ともに事務所へ顔を出すことから始まった。それからスケジュールを念入りに確認して現場へ行き、地道に仕事をこなして夜に帰宅する、というルーティーン。

 その頃入ってきていたのは、ドラマのエキストラや舞台の裏方など、地道かつ体力を使うような、低給与の雑用じみた仕事ばかり。途中で嫌気がさして帰ろうとしたり、人目を気にせず不平不満を漏らしまくったりするので、当然僕の仕事内容は、那智を叱り飛ばすことと現場プロデューサーに頭を下げることが主だった。

 すぐ拗ねる那智に腹が立つこともあったし、自分は何をしているのだろうとぼんやり思ったことも一度や二度ではなかった。

 けれど、それでもたまに『今日はいい仕事してたよ』とか『うまくできたじゃないか』なんて褒めながら頭を撫でてやったりすれば、『そうだろう、俺は天才だからな』なんて可愛くないことを言いながら得意げに笑ってくれるので、これもこれで悪くないかなと思い直したりもしたものだ。


 二、三年ほど経つと徐々に質のいい仕事が増えてきて、那智もやりがいを感じているような、生き生きとした表情で取り組むようになってきた。

 生意気な物言いも、生活を続けていくうちにだんだん素直で可愛くなってきた。どうやら、少しずつ僕に心を開いてくれるようになったらしい。

 仕事が上手く行った時には『このようなことがあったんだ』とニコニコしながら一番に報告しに来てくれたり、時には悩みを打ち明けてきたり、それに対して僕がアドバイスしたり。

 相変わらず不平不満を漏らすことも多かったけれど、現場を重ねるごとにさすがに場をわきまえるようになったらしく、徐々に表立って言うことはほとんどなくなってきた。

 ……まぁ、その代わり僕が唯一、そういったことの掃き溜め場所にさせられることになったわけだが。


 やがて様々な仕事をこなすようになった那智の姿を見ているうちに、僕は彼の中に一種の才能があることに気が付いた。これまで本人はおろか、ここへ彼を連れてきた母親でさえきっと気付いていなかった、もはや天賦とも言うべき、演技の才能。

 上層部はオーディションの時点で、それを見抜いていたのかもしれない。それで、彼を事務所に入れることにしたのかもしれない。

 もちろんそれは直接聞いた話じゃなくて、あくまで僕の推測に過ぎないけれど……マネージャーとして彼を見守りつづけてきた僕は、どうしてもそう思わずにいられなかった。

 それを那智に話してみれば、彼の思考回路とは至極単純なものだったらしく、心の底から嬉しそうに笑ってこんなことを言った。

「じゃあ俺、このまま仕事続けてみるよ。それで、みんなに――もちろん市橋さんにも認めてもらえるような、立派な俳優になるんだ」


    ◆◆◆


 出会って五年も経った頃には、僕と那智の間にもすっかり信頼関係が出来上がっていた。

 僕たちを見た仕事仲間のマネージャーや他の芸能人たちは、口々に『本当に仲がいいんだね』とか『自分たちも君たち二人のような関係性でありたい』などと言った。そのたびに僕と那智は、揃って胸を張ったものだ。

 その頃は周りのみんなも、そしてきっと那智自身も、信じて疑っていなかった。小清水那智のマネージャーはずっと市橋忍であり、二人はずっと寄り添いあいながら、支え合いながら活動を続けていくのだ、と。僕と那智は一心同体で、決して離れることなんてないのだと。


 僕だって本当に、確かに心からそう思っていたんだ。

 ――三年前の、あの日までは。

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