1.僕らの関係
芸能人×元専属マネージャー…はい、BLです。
甘く切なくほろ苦い感じになればいいなぁと思ってます。よろしくお願いいたします。
※作中出てくる芸能事務所とその仕事内容については、結構想像で描いてるところが多いです(ある程度は調べましたけど)。もし違う!って思ってもそっとしといてください。
例えば僕らが、世間的にノーマルな関係だったら。
通う学校での同級生だったりとか、勤務する会社での仕事仲間だったりとか、何らかの先輩後輩関係だったりとか、合コンやナンパなどで偶然出会ったりとか……。
ごく普通の男女――異性同士、だったりとか。
例えばもしそうであったとしたら、僕らは出会えていたんだろうか。ベストな形で出会った僕らは、互いにまるで当然のことのように惹かれあったりとか、していたんだろうか。
平凡な幸せに、身を寄せることができたんだろうか。
もうすでに確立された形で出会ってしまっている今、いくら考えてもキリなんてないって、それくらい分かってるんだ。それでもつい、そんなあり得るはずのない『例えば』に想いを馳せてしまう自分がいる。
そう告白したならば、お前は呆れるだろうか。相変わらず頭の回転が遅いね、なんて僕をからかうだろうか。
なぁ、お前は今、何を考えているんだ?
◆◆◆
『――さて、今日のゲストは……テレビの前の皆さんもお待ちかねではないでしょうか。今やメディアで見かけない日はないほどの人気者であります、俳優の小清水那智さんです!』
事務所の休憩室で何気なくつけたテレビに、無駄に整った顔とスタイルの男が映し出された。
『よろしくお願いします』
どうやらクイズ番組か何かに番宣で出演しているらしく、感激とばかりに目を輝かせた女性司会者に何やら様々な話を聞かれている。
その姿をぼうっと見つめながら、リモコンを片手で弄んでいた僕は、今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。
『さぁ、小清水那智さんといえば七月スタートの新ドラマ、「街中キャンパス」にご出演とのことですが……』
――小清水那智。
これまで細々とテレビ番組や舞台などで活躍してきた彼の人気は、この間まで放送されていた高視聴率ドラマに主演していたことがきっかけで、ここ最近急上昇している。
『大丈夫ですかね。これ、クイズ番組でしょ。完全に番宣コーナーになってませんか。大丈夫ですか』
『もう全然! 後ろの芸人達なんてほっといていいですから』
『『ちょっと待ってくださいよぉ!!』』
近頃はそのトーク力の成長も評価され、ドラマ以外の例えばバラエティー番組などにもよく出演しているのをよく見かける。
『えー……じゃあ、ちょっとお時間頂きます。僕も一応仕事で来てるんで』
『本音飛び出ちゃいましたね!』
『案外小清水さん、腹黒いでしょ!?』
『あはは、お恥ずかしい』
もともと決して少なくはなかった仕事量はこれまでの倍以上に膨れ上がり、一躍有名人だ。今や、テレビでその姿を見ない日はないと言っても過言ではないくらい。
『今回僕が出演させていただくドラマ「街中キャンパス」は、昨年十月より放送されていました人気ドラマ「街外れの塾にて」の続篇にあたる作品でして――……』
そして、僕は……。
「お、小清水那智」
後ろからの声に振り返れば、同僚の沢城が休憩室のドアに凭れるようにして立っていた。顔もスタイルもそこそこなので、そういう姿勢がひどく様になっている。トークもうまいのだし、何で芸能人として事務所に所属しないのだろうといつも疑問に思うのだが、本人いわく『裏方の方が俺には性に合ってるんだよ』とのことらしい。
そんな沢城は靴を脱ぎ、休憩室に足を踏み入れると、テレビ前の畳に陣取るようにして座っていた俺の隣に腰を下ろした。つけっぱなしになっていたテレビに顔を向け、「今やすっかり有名人になっちまって」と懐かしそうに、そしてどこか寂しそうに目を細める。
「つい十年ほど前までは、那智もあんなにヒヨッコだったっていうのになぁ」
「そうだね」
テレビの画面――ちなみに今はちょうど、七月スタートだという新ドラマの予告映像が流れている――からごく自然に目を逸らした僕は、小さく笑って答える。
畳の目に視線を落とした僕を一瞬だけ流し見た沢城は、まるで何事もないことであるかのようにこう続けた。
「お前も鼻が高いだろ。何せ全然売れてなかった新人時代のあいつをあそこまで立派に育てたのは、市橋、お前だからなぁ」
「彼が立派になったのは、僕のおかげなんかじゃないよ。むしろ、今のマネジメントがうまくいったからだろ」
もともとあの男が一躍有名人になったのは、最近高視聴率を記録したドラマの名演技が評価されたから。
それは確かに、事務所全体を挙げた売り込み戦略のたまものとも言えるだろう。けれどそれよりも、これまで本人が重ねてきたたゆまぬ努力が、今回運よく実を結んだのだと言う方が正しい。
そう。ただ、それだけのこと。
「僕はただ、彼の新人時代にちょっと専属マネージャーを務めただけにすぎない。むしろ僕が手放した後に、彼は花を咲かせ始めたじゃないか」
つまり、彼の俳優人生に僕は初めから必要なかったってこと。
わかった? と問えば、沢城は形の良い眉――まぁ、言ってもあいつの無駄に綺麗な顔には敵わないが――を不満そうにひそめた。
「でも、」
「はいはい。僕、そろそろ休憩上がりだから行くよ。仕事しなくっちゃ」
「ちょ、待てよ市橋! お前休憩室に入ってからまだ五分も経ってねぇじゃんか!」
よっこらせ、と小さくオッサンのような掛け声をかけて立ち上がった僕は、半ば逃げるようにして休憩室を出る。後ろで沢城が何やら叫んでいたが、無視を決め込んだ。
今日は夕方ごろに新人女優の橘陽菜子が事務所に来るって言ってたから、準備を整えておかなくちゃいけないな……などと、腕時計を見つめながらわざと大きな声で独り言を言う。自分の心に生まれたモヤモヤとか、よみがえりそうになる過去の感触とか、そういうのを全て取り払ってしまうかのように。
けれど、ドアが閉まる間際に沢城が呟いた一言が、嫌にスムーズに耳へと入ってきてしまって、僕は閉めきったドアの前で、不覚にも動きを止めてしまった。
「昔はお前ら、あんなに仲良かったのに」
……別に仲が悪くなったとか、そういうわけではない、と思う。
ただ、あの日以来――僕が彼の専属マネージャーから外れ、複数の営業マネージャーがつくことに決まったあの日以来、なんだか顔を合わせにくいだけだ。
僕はもう一つ溜息を吐くと、締め切った休憩室のドアを背にぐったりと凭れかかった。中からはまだ、先ほどのバラエティー番組が微かに聞こえてくる。何やら面白いコーナーでも始まったのか、それに時折沢城の小さな笑い声が混じった。
はっきりと耳に届く、特徴的なあいつの低い声。
何気なく聞いていただけのはずなのに、腕時計をつけた方の手は、自然と口元に伸びていた。男にしては頼りない、ちょっとしたコンプレックスのもとである自らの指で、ぼんやりと唇をなぞる。
目を閉じれば、今よりほんの少し若く幼いあいつの顔が浮かぶ。脳裏のあいつは、怒ったような表情とは対照的に、今にも泣き出しそうなほどに弱気な目で僕を見つめていた。
『市橋さん……』
あんなに切なそうに、俺のこと呼んだくせに。人のこと、自分勝手に弄んだくせに……。
なのにそういう自分は、こっちが手を離したとたんに一人で飛び立っていきやがって。今や芸能界という大海原に居場所を見つけて、毎日自由気ままに過ごしてんだ。ホントに、いい御身分だよ。
あいつがめったに事務所に顔を出さないのは、単に現場での仕事が忙しいからか。それともあんなことした手前、僕と顔を合わせづらいのか。
僕は断然、後者だけど……。
そこまで考えて、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う。
きっとあいつの中に、もう僕はいない。若かりし日のほんの一時、行動を共にしていただけの人間のことなんて、少しも覚えていやしないんだ。
だから、僕がただ一方的にあいつを避けているだけにすぎない。きっと向こうは何とも思っていないだろうに――むしろ覚えてすらもいないだろうに、僕が勝手に気まずくなって、頑なに顔を合わせようとしないだけ。
そりゃあ、何年も顔を合わせてなければいずれは忘れるだろう。それに、近頃の仕事量を考えれば、そこまで頭が回っているはずもない。
……何だろう。考えていたら、また胸が苦しくなってきた。
近頃はあいつの姿を色んなところで見ることが多くなったから、この胸の苦しみはいつも感じるようになっている。
あいつはたかが事務所に所属する一俳優――いわば一つの商品にすぎないのに。いつまで自分は、それに執着するつもりなんだろう。いつまで、感じなくていいはずの気持ちを抱き続ければ気が済むんだろう。
「……馬鹿らしい」
自己嫌悪に陥り、思わず一人ごちる。
「おーい、市橋。もうすぐ橘陽菜子が来るから、用意手伝ってくれ」
「あ、はい」
その時ちょうど、奥の給湯室から出てきた先輩が声を掛けてきたので、僕は慌てて凭れていたドアから背を離した。今までの考え事や胸のモヤモヤを振り切るように、勢い良く首を横に振る。
「早く来い、市橋」
「今行きます!」
わざと元気よく返事をした僕は、先輩のところへと急ぐ。駆けながら腕時計をチラリと見れば、もうすぐ午後四時を指すところだった。
橘陽菜子が来るまで、あと三十分くらいといったところか。とりあえずお茶の用意は先輩がしてくれてるし、客間を整えて……あ、そういえば来週のスケジュールを彼女の専属マネージャーに渡しとかないとな。オファーもいくつか来てるから、今日のうちに是非を聞いておかなくちゃ。
ぶつぶつと口に出して呟き、僕は働きづらい頭を無理矢理フル回転させ、脳を完全仕事モードに切り替えた。
那智が主演するというドラマ『街中キャンパス』、あとその前作にあたる『街外れの塾にて』は、凛が前に書いてたお話のタイトルです。コレにあと『街を巡る手紙』というのが加わると、『街恋物語』というシリーズになります。
よろしければそちらの方も是非。
…っていう、ちょっとした宣伝(笑)




