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好きやから。  作者: 咲田 七海


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2

付き合い始めた頃のツグヤは、よく甘えた。

「アサミ〜」

「なにぃ」

「好き」

「はいはい」

「なんやねん、その反応」

「いや、さっきも聞いたし」

「何回言ってもええやろ」

「もう分かったって」

人前では余裕そうに振る舞うくせに、二人きりになると子どもみたいになる。

アサミは、そんなツグヤを可愛いと思っていた。

ツグヤも、アサミといると気が楽だった。

アサミは思ったことをよく口にした。

ツグヤがアホなことを言えば笑うし、服が似合っていれば素直に褒める。

変に格好をつけなくても、一緒に楽しんでくれる。

ただ、ときどき笑われすぎて、ツグヤが少しだけ傷つくこともあった。


ある日、共通の友達と食事をしていたときだった。

ツグヤが漢字を読み間違えて、アサミが笑った。

「ほんまツグヤってアホやんなぁ」

周りも笑った。

ツグヤもその場では笑っていた。

けれど、帰り道。

「アサミさ」

「ん?」

「俺のことアホって言うやん」

「うん?」

「あれ、二人のときはええねんけどさ」

「……うん」

「みんなの前で何回も言われたら、ちょっと恥ずかしい」

アサミは足を止めた。

「……え、そうやったん?」

「うん。まあ、俺がアホなんも悪いけどな!?」

「いや、そんなことないって。ごめん」

アサミは素直に謝った。

いつも笑っているから、嫌がっているなんて思わなかった。

「ほんまごめんな。もう気ぃつける」

「ん。ありがとう」

ツグヤは笑って、アサミの手を握った。

アサミはその手を握り返した。

その話は、それで終わった。


ある夜、ツグヤの家で二人並んでソファに座っていたとき、ツグヤがふいに自分の過去を話した。

「俺さ、前の彼女に浮気されてん」

「……そうなん?」

「うん」

ツグヤは背もたれに頭を預け、天井を見つめたまま続けた。

「なんか、ずっと変やなって思っててん。でも聞いたら嫌われそうで、何も言われへんくて」

「……うん」

「最後、向こうから別れたいって言われて。あとから別の男おったって知ってん」

アサミは黙って聞いていた。

「それからさ、彼女が何してるか分からん時間とか、ちょっと苦手やねん」

「そっかぁ」

「アサミは、そんなことせえへんよな?」

「せえへんよ」

「ほんま?」

「ほんまやって」

アサミはツグヤの方を向いて、まっすぐ目を見て答えた。

「……よかった」

ツグヤは少し笑った。

でも、その笑顔はいつもより頼りなかった。

アサミは手を伸ばして、ツグヤの頭を撫でた。

「大丈夫やで」

ツグヤは何も言わず、アサミの肩に顔を埋めた。

こんなに格好いいのに。

こんなに誰からも好かれそうなのに。

本当は、こんなに不安になる人なんや。

そのことが、少し愛おしかった。

アサミも、自分の話をした。

昔から父親の機嫌をうかがっていたこと。

玄関のドアが開く音だけで、今日は機嫌がいいのか悪いのか考えていたこと。

昨日まで仲良くしていた友達が、ある日突然よそよそしくなって、理由も分からず悩んだこと。

「だからさ、うち、人が急に不機嫌になるん苦手やねん」

「……そうなんや」

「うん。何かしたかなって、めっちゃ考えてまう」

ツグヤはしばらく黙っていた。

それから言った。

「アサミって、結構我慢するタイプなんやな」

「えー、そう? うち結構言う方やと思うけど」

「いや、絶対我慢してるやろ」

「んー、まあ、めんどいことは嫌いやからかな」

「……俺には我慢せんでええからな」

アサミは顔を上げた。

急に格好つけて、と思って少し笑いそうになった。

「……何それ、急に」

「いや、ほんまに」

ツグヤは真面目な顔をしていた。

「嫌なことあったら言うてな。俺、アホやから言われな分からんかもしれんけど」

「……自分でアホって言うやん」

「アサミがいつも言うからやろ!」

二人で笑った。

アサミは少し泣きそうになった。

この人には、本当の自分を見せてもいいのかもしれない。

そう思った。


その夜、ツグヤが眠ったあと。

アサミはこっそりスマホを開いて、ツグヤの生年月日を占いサイトに入力した。

相性。

性格。

恋愛傾向。

出てきた文章を一つずつ読んでいった。

昔から、相手のことはなるべく知っておきたかった。

何を考えて、何が嫌で、どうすれば傷つけずに済むのか。

知っていれば、突然何かが変わってしまうことも減る気がした。

けれど、ツグヤのことは占いを読んでもよく分からなかった。

隣を見ると、ツグヤは口を少し開けて、気持ちよさそうに眠っていた。

「……ほんまアホな顔やな……なんぼかわいいねん」

小さな声でそう言って、アサミも眠りについた。

次回は11月7日(土)14:30に更新予定です。

以降、毎日14:30に更新してまいります。

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