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付き合い始めた頃のツグヤは、よく甘えた。
「アサミ〜」
「なにぃ」
「好き」
「はいはい」
「なんやねん、その反応」
「いや、さっきも聞いたし」
「何回言ってもええやろ」
「もう分かったって」
人前では余裕そうに振る舞うくせに、二人きりになると子どもみたいになる。
アサミは、そんなツグヤを可愛いと思っていた。
ツグヤも、アサミといると気が楽だった。
アサミは思ったことをよく口にした。
ツグヤがアホなことを言えば笑うし、服が似合っていれば素直に褒める。
変に格好をつけなくても、一緒に楽しんでくれる。
ただ、ときどき笑われすぎて、ツグヤが少しだけ傷つくこともあった。
ある日、共通の友達と食事をしていたときだった。
ツグヤが漢字を読み間違えて、アサミが笑った。
「ほんまツグヤってアホやんなぁ」
周りも笑った。
ツグヤもその場では笑っていた。
けれど、帰り道。
「アサミさ」
「ん?」
「俺のことアホって言うやん」
「うん?」
「あれ、二人のときはええねんけどさ」
「……うん」
「みんなの前で何回も言われたら、ちょっと恥ずかしい」
アサミは足を止めた。
「……え、そうやったん?」
「うん。まあ、俺がアホなんも悪いけどな!?」
「いや、そんなことないって。ごめん」
アサミは素直に謝った。
いつも笑っているから、嫌がっているなんて思わなかった。
「ほんまごめんな。もう気ぃつける」
「ん。ありがとう」
ツグヤは笑って、アサミの手を握った。
アサミはその手を握り返した。
その話は、それで終わった。
ある夜、ツグヤの家で二人並んでソファに座っていたとき、ツグヤがふいに自分の過去を話した。
「俺さ、前の彼女に浮気されてん」
「……そうなん?」
「うん」
ツグヤは背もたれに頭を預け、天井を見つめたまま続けた。
「なんか、ずっと変やなって思っててん。でも聞いたら嫌われそうで、何も言われへんくて」
「……うん」
「最後、向こうから別れたいって言われて。あとから別の男おったって知ってん」
アサミは黙って聞いていた。
「それからさ、彼女が何してるか分からん時間とか、ちょっと苦手やねん」
「そっかぁ」
「アサミは、そんなことせえへんよな?」
「せえへんよ」
「ほんま?」
「ほんまやって」
アサミはツグヤの方を向いて、まっすぐ目を見て答えた。
「……よかった」
ツグヤは少し笑った。
でも、その笑顔はいつもより頼りなかった。
アサミは手を伸ばして、ツグヤの頭を撫でた。
「大丈夫やで」
ツグヤは何も言わず、アサミの肩に顔を埋めた。
こんなに格好いいのに。
こんなに誰からも好かれそうなのに。
本当は、こんなに不安になる人なんや。
そのことが、少し愛おしかった。
アサミも、自分の話をした。
昔から父親の機嫌をうかがっていたこと。
玄関のドアが開く音だけで、今日は機嫌がいいのか悪いのか考えていたこと。
昨日まで仲良くしていた友達が、ある日突然よそよそしくなって、理由も分からず悩んだこと。
「だからさ、うち、人が急に不機嫌になるん苦手やねん」
「……そうなんや」
「うん。何かしたかなって、めっちゃ考えてまう」
ツグヤはしばらく黙っていた。
それから言った。
「アサミって、結構我慢するタイプなんやな」
「えー、そう? うち結構言う方やと思うけど」
「いや、絶対我慢してるやろ」
「んー、まあ、めんどいことは嫌いやからかな」
「……俺には我慢せんでええからな」
アサミは顔を上げた。
急に格好つけて、と思って少し笑いそうになった。
「……何それ、急に」
「いや、ほんまに」
ツグヤは真面目な顔をしていた。
「嫌なことあったら言うてな。俺、アホやから言われな分からんかもしれんけど」
「……自分でアホって言うやん」
「アサミがいつも言うからやろ!」
二人で笑った。
アサミは少し泣きそうになった。
この人には、本当の自分を見せてもいいのかもしれない。
そう思った。
その夜、ツグヤが眠ったあと。
アサミはこっそりスマホを開いて、ツグヤの生年月日を占いサイトに入力した。
相性。
性格。
恋愛傾向。
出てきた文章を一つずつ読んでいった。
昔から、相手のことはなるべく知っておきたかった。
何を考えて、何が嫌で、どうすれば傷つけずに済むのか。
知っていれば、突然何かが変わってしまうことも減る気がした。
けれど、ツグヤのことは占いを読んでもよく分からなかった。
隣を見ると、ツグヤは口を少し開けて、気持ちよさそうに眠っていた。
「……ほんまアホな顔やな……なんぼかわいいねん」
小さな声でそう言って、アサミも眠りについた。
次回は11月7日(土)14:30に更新予定です。
以降、毎日14:30に更新してまいります。




